秋 3-2
オレは無理に笑顔を作り、養護施設を後にした。
外に出ると、空気が妙に重い。まだ昼過ぎのはずなのに、どこか薄暗く、空は曇天に覆われていた。湿った風が吹き抜け、肌にじっとりとまとわりつく。
オレは深く息を吸い込み、すぐに吐き出した。
胸の奥に、鈍い違和感が残る。
藤原雪――あの子を追い続けることが、どんどん苦しくなっていく。
ただの行方確認のはずだった。なのに、彼女の痕跡をたどるほどに、何か見えないものに追われているような感覚に陥る。
それでも、彼女の存在を確認すれば、少しは気が晴れるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、オレはメモを見た。
○○区△△町。
都内の一等地。格式ある家々が立ち並ぶ、高級住宅街の名が記されている。
タクシーを拾い、藤原家へ向かう。
ガラス越しに景色が流れていく。都会の喧騒を抜け、緑の多い静かな住宅街へと入ると、そこだけ時間の流れが違うように感じられた。
タクシーが停まったのは、黒塀に囲まれた屋敷の前だった。
鉄製の門には、見慣れない家紋が彫られている。インターホンを押すと、しばらくして扉が静かに開いた。
現れたのは、一人の老人だった。
背筋の伸びた老年の執事。年のせいか髪は白く、目尻には深い皺が刻まれている。しかし、その瞳は鋭く、ただ者ではない雰囲気を漂わせていた。
「お待ちしておりました、先生」
オレは思わず息をのんだ。
まだどこの誰か名乗ってもいないのに、向こうはこちらを知っている。
この屋敷に、藤原雪はいるのか?
オレは、ぎゅっと拳を握りしめた。
執事に案内され、オレは応接間へと通された。
静かすぎる部屋だった。高価そうな調度品が整然と並び、窓の外には手入れの行き届いた庭が広がっている。けれど、人の気配が感じられない。まるで空間ごと切り取られたような、そんな静寂だった。
やがて、執事がオレの前に腰を下ろし、深々と頭を下げた。
「雪さまはこちらにはおりません。わざわざお越しいただいたのに申し訳ございませんが、雪さまの状況は把握しておりますので、ご安心ください」
「な……藤原さんに会えると思ったから来たんですよ! これではあまりにも……」
思わず声を荒げる。だが、執事は微動だにしなかった。
「先生のご心配には及びません。雪さまの勉学も、こちらで適切に対応しております」
「そんな……せめて顔だけでも会えませんか? 無事を確認するだけでも……」
必死に食い下がるオレを前に、執事は静かに首を振った。
「雪さまはお会いになりませんし、此処にもおりません」
その言葉は、妙に強調されたように聞こえた。
オレは拳を握る。
「……それは、本人が会いたくないと言ったんですか?」
執事は一瞬だけ目を伏せ、それから、ゆっくりとオレを見た。
「そういうことだと受け取っていただいて結構でございます」
この瞬間、オレは執事の目を見た。
白髪の老人。その皺深い顔に、感情らしきものは微塵も浮かんでいない。
まるで、用意された答えをただ繰り返す人形のようだった。
淡々とした声が、広い空間に妙に遠く響いた。




