夏 2-17
バスの中の騒ぎを感じ取って、助手席で眠っていたクリスがゆっくりと目を覚ました。
「……? あら、ヤダ。私、寝ていたの?」
ぼんやりとした意識のまま、自嘲するように呟く。
「……ああ、初めて見たな」
隣でハンドルを握る同僚が、ちらりとクリスを一瞥する。その表情は相変わらず無愛想だが、珍しく言葉をかけてきたことに驚いた。
クリスは軽く息を吐き、両手で顔を拭う。警護の最中に寝てしまうなんて、失格もいいところだ。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
(そんなに疲れていたの? いや、それは言い訳にしかならない)
そう自分に言い聞かせたとき、同僚が低く呟くように言った。
「……やはり、本国に交代を申し出た方が良いんじゃないか」
「……私、そんなにヤバそうに見える?」
「少なくとも、オレには」
助手席から運転席を見つめる。相変わらず彼の表情は読めないが、その声音はどこか気遣っているようにも聞こえた。
普段はほとんど会話を交わさない相手にここまで言わせてしまうことが、クリスの胸をチクリと刺す。
(交代を申し出るべきなのか? いや、私の代わりなんていくらでもいる)
あの国には、優秀な人材が揃っている。自分がいなくなったところで、ミツキの警護が滞ることはないはずだ。
けれど――。
ここで自分が手を引くことは、ミツキを、あの子の両親と同じように見捨てることになるのではないか?
その考えが頭をよぎった瞬間、心の奥底に鈍い痛みが走った。
(それだけは、絶対にできない)
クリスは静かに拳を握りしめた。




