夏 2-16
「会ったって……雪って……藤原雪のことか?藤原は入院中のはずだろう?」
オレの問いかけに、コウリは当然のように頷いた。
「そーなんだけど……居たんだよ」
「オレはよく知らないが……そのVR世界ってやつにか?」
「だから、そうだってば」
この時点で、オレの背筋に違和感が走る。病院にいるはずの人間がVR世界にいた?普通に考えれば、何かの誤解か、誰かが藤原雪のアバターを使っていたか、だろう。
「その……疑いたくはないが、それは本当に『藤原雪』だったのか?」
「……え?」
コウリの表情がピクリと動く。
オレは慎重に言葉を続けた。
「病院にいるはずの藤原が、どうしてゲームの世界にいるんだ?アバターならば、本人かどうかも分からないだろう?」
その瞬間、コウリの顔がカッと赤くなった。
「わっ……分かるに決まってるだろう!?ボクを舐めるな!!」
鋭い声が車内に響いた。オレは思わず息を飲む。
「……あの」
気まずい沈黙を破るように、リサがオドオドと間に入ってきた。
「私もコウリちゃんも、雪ちゃんに会ったことがあるんです。」
「……! そうなのか?」
リサはコクリと頷く。
「はい。前に少しだけ、偉い人に言われて怪人を倒すお仕事を一緒にしました。私は……足手纏いだったんですけど」
そう言って、恥ずかしそうに俯く。
「ボクだって……雪ちゃんには助けられたんだ。それから、仕事の手伝いをしてた。だから、間違うはずがない。あれは雪ちゃんだ」
コウリはまっすぐに言い切った。その目には迷いがない。
……オレは頭を掻きむしる。
「なら、怪我が良くなったならなんで学校に来ないんだ?なにか訳でもあるのか?」
「それは……分からないですけど……」
リサは困ったように目を伏せる。
分からない。
だからこそ、妙な違和感だけが残る。
病院にいるはずの人間が、VR世界にいた。
しかも、コウリが『間違うはずがない』と言い切るほど、本人だった。
「……藤原雪って、どんなやつなんだ?」
オレがそう尋ねると、リサの顔がぱっと明るくなった。だが、その顔に浮かんだ高揚した表情に、どこか違和感を覚えた。
リサは少し間をおいてから、声を震わせながらも、誇らしげに言った。
「雪ちゃんは、とっても強い子ですよ!魔法少女の憧れ!」
その瞬間、オレはリサの瞳に何か異常な輝きを感じた。普通の憧れなんてレベルじゃない。まるでその言葉が、リサの心の中でひとつの神聖な真実として刻み込まれているかのような強い執着がある。
微笑みながらも、その瞳の奥には、どこか冷徹で歪んだ情熱が滲んでいるように見えた。オレはその視線に一瞬、背筋が凍る思いがした。
リサは言葉を続けたが、その声にもう不安の色が混じってきた。
「雪ちゃんは、本当に……すごいんです。私、ずっと雪ちゃんに憧れてたんです。」
その言葉には、もう冷静さはなかった。どうしてもその瞳の奥にあるものが、ただの憧れではない気がしてならない。リサの目はどんどんと輝きを増しているのに、どこか異様な狂気を感じさせた。
オレはその不安感を胸に押し込めながらも、何とか冷静を保とうとした。リサがそんなふうに語る藤原雪――いや、その言葉を聞いているうちに、雪という存在がどうしても気味悪く感じ始めた。
「……本当に、そんなにすごいのか?」
オレはそう聞き返すが、リサの瞳の中に浮かぶその異常な憧れが、ますます鮮明に浮き彫りになった。
いや、これはただの憧れなんかじゃない。
オレの胸に不安が広がっていく。リサの反応は、雪をただの「強い魔法少女」として捉えているようには見えなかった。そこには、何かしら狂信的なもの――本能的に感じる不安――が潜んでいるような気がしてならない。
「……そうか」
オレはその場の空気に耐えきれず、思わず言葉をつぶやいた。
雪、藤原雪。
オレはその名前を頭の中で繰り返す。
リサが語る彼女の姿が、どうにも穏やかに感じられない。むしろ、恐ろしいものを感じる。
リサのはしゃいだ笑顔がだんだんと不気味に見えてきた。オレはその微笑みの裏に何か隠されている気がしてならなかった。
おやおやおやおや




