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春 1-3

新学期が始まってから数週間。


魔法少女3人とオレだけの、異様に静かな教室での生活が淡々と続いていた。


3人は同じ空間にいながらも、互いに最低限の距離を保ち、仲良くなることは決してなかった。

無理に話そうともしないし、険悪なわけでもない。ただ、それぞれが互いに深く関わることを避けているようだった。


他の生徒たちが談笑しながら廊下で歩いているが、魔法少女たちは黙々と席に座り続ける。

教師としては気になるが、彼女たちの事情を考えれば無理に踏み込むのも違う気がした。

だからオレも、あえて普通に接することを心がけていた。


そんなある日、職員会議で春のHR合宿の話が持ち上がった。軽井沢の施設で、一般生徒たちが交流を深めるための恒例行事が開催されるのだ。だが、そこで”問題”が浮上した。


「……ええ、つまり、一般生徒の親御さんから“配慮して欲しい”という声が多数上がっていまして……」


会議室に重苦しい空気が流れる。


「それはつまり……彼女達を連れてくるなってことですか」


一様に下を俯く教師達の中で、オレの声だけが静まり返った会議室に響いた。


「まぁ、なにかあったら学校としても責任は取れないし……文部科学省の通達にも」

「何かって……なんですか」

「ええ……実際に能力を使うつもりがないとはいえ、普通の生徒とは違いますし……」

「いや、それを言い出したらキリがないでしょう」

「ですが、万が一のことを考えると……」


教師たちが言葉を濁す。

誰もハッキリ「ダメ」とは言わないが、「できれば連れて行きたくない」という空気が漂っていた。


オレはその会話を聞きながら、内心で煮えくり返っていた。


──何かあったら怖い?

──彼女たちは化け物か?

──誰よりも傷つきながら、それでも戦ってきた人間を、ただの”厄介者”みたいに扱うのか?


「…………」


そのとき、オレは立ち上がった。


「なら、オレが連れて行きますよ」


会議室が静まり返る。

全員が一斉にこちらを見た。


「……え?」

「だから、オレが責任を持って引率します。一般生徒と日程をずらせば問題ないでしょう?」


静寂が続く。


「……し、しかし……」

「魔法少女たちの指導も教師の仕事ですよね? それに、彼女たちを”危険”と決めつけて排除するのは教育的とは言えません。違いますか?」


オレは淡々と言った。


「彼女たちは”普通の生徒”としてここにいるんです。それなら、“普通の生徒”として合宿に行く権利もあるはずでしょう?」


誰も何も言わなかった。

オレは教師たちを見渡し、最後に静かに言った。


「……オレが責任を持って、彼女たちを守ります」


その言葉を残し、オレは席に座り直した。

会議室には、まだ重苦しい空気が残っていたが……もう関係ない。


魔法少女たちを”排除”する理由なんて、オレは絶対に認めない。


◇◆◇◆


本来なら立ち入り禁止の場所で、オレはタバコに火をつけていた。無論、学校内の敷地は教師であっても喫煙は禁じられている。

──ったく、会議なんて出るもんじゃねぇな。

クソ真面目な教師連中の顔を思い出しながら、煙をくゆらせる。


「……へぇ、先生ってば意外と不良じゃん?」

「うおっ!?」


思わずむせそうになった。

声のした方を見れば、ミツキが腕を組んで立っていた。


「お前、なんでここに──」

「クリスとトーマスの目をかい潜ってきたに決まってんじゃん。」


ミツキは屋上の柵にもたれながら、ニヤッと笑う。


「てか、センセこそなんでいんの?」

「先生も1人になりたいときがあるのっ」

「ふーん……」


ミツキはじっとオレのタバコを見て、首を傾げる。


「てか、先生って健康に気を使うタイプかと思ってたのに、そんなもん吸うんだ?」


「まぁ、たまにな」

「ふーん。……ねえ、それ一本もらえない?」

「バカ。ダメに決まってるだろ」


即答すると、ミツキは「チッ」と舌打ちした。


「まぁ、別にいらないけどー」


そう言って、軽く肩をすくめる。

ミツキはゆっくりと空を見上げ、しばらく無言になった。


──そして、ぽつりとつぶやく。


「……マウンテンから聞いたんだけど、他の先生と揉めたんだって?」

「マウンテンって……山口のことか?」


山口コウリ。魔法少女の中でもかなり特殊な能力を使い、オンオフ関係なくあらゆるデバイスの中に“潜り込める”と聞いた。

あの会議室には監視カメラでもあったのだろうか。いや、スマホ一つでも持ち込んでいれば山口コウリにとっては耳同然として使える。


「そうそう」

「名前で呼んでやれよ」

「今その話したないしー」

「お前なぁ……」


オレはタバコを一口吸い、煙を吐き出す。


「別に私たち望んでないじゃん。なんでそんなことすんの?」


ミツキはオレを真っ直ぐに見つめながら言った。その目は、少しだけ冷ややかで、少しだけ興味深げだった。


「……あー……」


なんでだろうな。

別に深く考えたことはなかった。

ただ、気づいたらそう言ってたんだ。


オレはふっと笑って、灰を落とす。


「オレがお前たちの“先生”だからだよ」


ミツキの目がわずかに見開かれた。

意外そうな顔。


……まあ、オレ自身が一番意外だったんだけどな。


ミツキは少しだけ沈黙して、それから笑った。


「へぇ……ふーん、そっか」


そして、ゆっくりと屋上の扉へ向かう。


ミツキが一歩後ろを歩きながら、オレはタバコの煙を吐き出し、携帯用灰皿に捨てた。


「ねぇ、センセ。」

「ん?」

「タバコ吸ってたの黙っててあげるから、購買で焼きそばパン買ってよ。」

「……担任を恐喝すんなよ。」

「いいじゃん。ケチー。」


オレは肩をすくめ、屋上へ繋がる扉を静かに閉めた。その音が響くと、二人の足音がひときわ大きく聞こえた。

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