夏 2-9
波の音が絶え間なく響く。
潮風が頬を撫で、遠くで子供たちのはしゃぐ声が交じる。空は夏の青に染まり、陽射しはじりじりと肌を焼いていく。
クリスは砂浜に腰を下ろし、目を細めながら水際の少女たちを見つめていた。
ミツキは勢いよく水を蹴り上げ、リサは最初こそ遠慮がちだったが、次第に笑顔を見せ始めた。シオンは少し離れて、そんな2人を穏やかに見守っている。
──まるで夢みたいね。
クリスは静かに息をついた。
何もかもが美しくて、儚い。まるで手を伸ばした瞬間、指の間から零れ落ちてしまいそうな光景だった。
「……センセ」
砂の上に視線を落としながら呟く。
少し離れたところに立つセンセは、相変わらずじっと海を見ていた。パーカーを脱いだ下には、ラッシュガードが身体を覆っている。
──傷を隠してるんだ。
クリスは先ほどの会話を思い出した。
『いや、そうじゃなくて……昔ケガしたときの傷が酷くてな。アイツらが見たら気を悪くするかなと思って……』
だから隠す。
優しい。 いや、違う。
センセは、ただ「自分の痛み」を、ひたすらに閉じ込めてるだけなんだ。
「ねぇ、センセ」
クリスは砂の上に手を伸ばし、指先で小さな円を描く。
「本当は、アンタもこっちに行きたいんじゃないの?」
センセは、少しだけ間を置いてから返した。
「……いや、オレは見てる方が性に合ってる」
「へぇ」
クリスは小さく笑い、砂を握る。
「そういうとこ、すごくセンセらしいワネ」
「どういう意味だよ」
「さぁ?」
軽く肩をすくめる。
──でも、センセのそういうところが、嫌いじゃない。
クリスはふと目を細めて、センセの横顔を見つめた。
「ねぇ、センセ」
「……?なんだよ」
クリスは波打ち際を見つめながら、ぼんやりと呟く。
「こんな時間がずっと続けば良いわネェ」
ミツキとリサがはしゃぐ声、コウリはあわあわ
と波に飲まれている。穏やかな笑み、遠くで弾ける波の音。焼けた砂の感触、潮風の匂い、空に浮かぶ白い雲──全てが、まるで夢みたいだった。
「……そうだな」
センセの返事は短かった。
クリスは横目で彼の顔を盗み見る。どこか遠くを見つめるような、寂しげな目をしていた。
──センセも、わかってるんでしょ?
こんな時間が、永遠に続かないってことを。
だからこそ、願わずにはいられない。
「ねぇ、センセ」
クリスは砂をすくい上げ、それが指の間からさらさらとこぼれ落ちていくのをじっと見つめた。
「このまま、どこかに消えちゃいたいって思うこと……ない?」
冗談めかした口調だった。でも、その言葉の端には、どこか本音が滲んでいた。
センセは少しの間、沈黙していた。
波の音だけが、静かに響いていた。




