春 1-2
昼休み、廊下の自販機で缶コーヒーを買う。ボタンを押すと、鈍い音を立てて缶が落ちてきた。カチャリと取り出し口からそれをつかみ、プルタブを開ける。
今日もいろいろあった。まだ始まったばかりなのに、すでに気疲れしている自分に少し苦笑しながら、苦いコーヒーを喉に流し込んだ。そのときだった。
「先生、少しお疲れのようね~」
軽やかで、どこか芝居がかった声がすぐ後ろから降ってくる。振り返ると、そこにはクリスが立っていた。
……でかいな。おそらくクリスと顔を合わせる人間の印象はほとんどこれだろう。オレも180あるが、クリスはそれよりも頭ひとつ背が高い男だった。
金髪を短く整えたその姿は、まるで雑誌の表紙から抜け出してきたかのように整っている。顔立ちは芸能人顔負けで、目元は深く、唇は少し薄め。だが、それがかえって洗練された印象を与えていた。彼のような男が立っているだけで、平凡な学校の景色がまるで映画のワンシーンみたいに見えてくる。
それでも、クリスの存在がこの場に馴染んでいるのが不思議だった。異質でありながら人の懐に溶け込む。そういう才能があるらしい。だからミツキの警護を任されたのかもしれない。オレはそう解釈した。
恵まれた体格と、ふくよかな筋肉を持ちながらも、無理のない優雅さをまとっている。まるで舞台の上に立つ俳優のように、すべての動きが計算されているような──そんな洗練された佇まいだった。
だが、それがむしろオレには不穏に感じた。
「まあ、魔法少女だけのクラスを担任を任されたら大変よねぇ。しかも、あの子たちを相手にするんだから。お仕事、お疲れさま♡」
クリスは柔らかく笑う。けれど、その笑顔の奥に、何か別のものが見え隠れしているように感じられた。
オレは缶コーヒーを片手に、彼と真正面から向き合う。
「教師っていうのは、誰かを守る仕事ですから」
オレは努めて冷静に、そう返した。
「まあ、素敵。でも、先生」
クリスはすっと肩をすくめる。
「守るだけじゃダメよ? ちゃんと管理しないと」
「……あいにく、オレは生徒を管理するつもりはありません」
「ふふ、そう? でも……先生って、ずいぶん怖い顔なさるのねぇ?」
彼の言葉に、心臓がわずかに跳ねた。だが、オレは表情を崩さない。むしろ、缶コーヒーをもう一口飲み、わざと肩の力を抜いた。
「教師は、多少生徒に怖がれる存在にならないといけませんから」
「まあ、それは確かに。でも……」
クリスはくすっと笑う。その笑みの奥にあるのは、まるで獲物を試すかのような興味深げな色。
「先生って、なかなか面白いわねぇ」
その言葉が、ただの社交辞令ではないことをオレは直感で理解した。
クリスはニヤリと笑って、ゆっくりと背を伸ばした。オレはその瞬間、彼の目の奥に、何か見透かされているような気がしてゾッとした。
けれど、表面上は何も感じていないように振る舞うしかない。クリスの笑顔は、相変わらず無邪気で、どこか楽しげだった。それが逆に、オレには不安を掻き立てる。
「じゃあねぇ~先生。またお話しましょうね~?」
軽く手を振りながら去っていくクリスを、オレは無言で見送った。
……想像以上に愉快な学校生活になりそうだな。
顔を引き攣らせながら、オレは小さく呟いた。