夏 2-3
「ねぇねぇ、ねぇっクリスぅう!」
「ダメ」
「まだ何も言ってないのに!?ひどくない!?」
「言わなくても分かる」
ミツキの声が部屋中に響く。クリスはため息をつきながら、フライパンの上のソースを木べらでかき混ぜた。ガーリックとトマトの香りがふわりと広がる。うん。いい匂いだわ。
「ねぇトーマスぅ〜!」
ミツキはキッチンの壁にもたれかかるようにして、トーマスのほうを見た。だが、トーマスは一瞬、動きを止めると、すぐに踵を返した。
「……」
無言で部屋を出ていこうとするトーマスを見て、クリスは思った。
あ、逃げたなアイツ。
「ちょっと、トーマス!」
「……任せた」
「」
トーマスは早々に撤退し、キッチンにはミツキとクリスの二人だけが残る。
「ねぇクリスぅ、お願い!」
「アンタ分かってるの?軽井沢の一件があったばかりデショ」
クリスは鍋の中のパスタを湯切りしながら、鋭い視線を向けた。だが、ミツキは全くめげた様子がない。
「で、でも、リサがね、海に行ったことないって言ってたの!」
「だから?」
「だから、リサを連れて行ってあげたいの!」
クリスは手を止めた。しばらく無言のまま、じっとミツキを見つめる。
「……」
「ねぇ、お願い……?」
「……」
じわじわとプレッシャーが増していく。ミツキはぷるぷると唇を震わせて、上目遣いになった。
「……仕方ないわねぇ……」
ぽつりとクリスが言うと、ミツキの顔が一気に輝いた。
「やったあああ!!!」
彼女の歓声が、キッチンに響き渡った。クリスは「はぁ……」と深い溜息をつきながら、パスタを皿に盛りつける。どうせこうなるって分かってたのに、なぜ断れないのか。
まったく、世話が焼ける……。
これでは警護というよりも、子育てである。
そんなことを考えながら、クリスはいつものようにミツキの分の皿をテーブルに置いた。




