夏 2-1
「裏切らないで。魔法少女よ。
キミたちは、選ばれた。
その力を失えば、もう二度と戻れない。」
蝉の声にかき消されそうなほど儚い囁き。
熱気の中で、まるで警告のように、胸に焼き付いた。
◇◆◇◆
『藤原雪』は夏になっても学校に姿を現さなかった。
高校入学前の怪獣討伐の任務のせいで怪我をしたと聞いていたが、入学してから4ヶ月も入院していることになる。
さすがに日本トップ魔法少女が4ヶ月も入院しているのだから続報がニュースになっても良さそうなものだ。しかし、その気配は一向に感じられなかった。
誰もが気にしているはずなのに、誰もその話題に触れようとしない。まるで、藤原雪が最初からいなかったかのように。
最近、テレビのニュース番組を騒がせているのは、国内ではなく、海外で起きている魔法少女の能力“消失”事件だった。
魔法少女たちが次々とその力を失っていくという異常事態が発生し、各国で対策が求められているという話が朝のニュース番組で流れていた。
日本でもその問題を無視できる状況ではなく、政府がこの事態にどう対処するか、ますます注目されているというが……そんな騒ぎとは裏腹に、とうの魔法少女本人達はテストの真っ最中だというのだから、そのギャップに思わず苦笑いをしてしまう。
「はーい!そこまでだ」
すっかり聞き慣れたセンセの声に、ミツキは顔を向けた。コウリからリサへ、リサから私に渡された答案用紙を、センセに渡す。
「ちゃんとできたかー?赤点だと夏休み中に追試になるんだからな」
「そこをなんとかするのがセンセの役目でしょー」
「ミツキ、あのなぁ…」
軽井沢のHR合宿から、みんなの交流が少し深まった気がする。リサは私のことを「さん」呼びではなく「ちゃん」呼びになったし、コウリは目を合わせるようになった。
「それじゃあ、これで全教科の試験は終わったが、あんまり羽を伸ばしすぎないように」
「はーい!ヤッター終わったぞううう!」
「……最後まで話を聞けミツキ」
センセは急に真剣な顔をした。それを見ると少しだけ胸がどきりとした。
「軽井沢の時みたいに、怪獣や怪人がいつ現れるか分からないからな」
その言葉に、ミツキはふっと顔を引き締める。しかし、すぐに大きな声で答えた。
「大丈夫だって!今回は怪獣も怪人もいないよ、きっと!」
ミツキが手を振りながら、センセを見て無邪気に言うと、センセは小さくため息をついた。
「おい、ミツキ。それじゃあ、お前が万が一、怪獣に遭遇したらどうするつもりだ?」
「もちろん、全力で戦うよ!センセも来てくれるんでしょ?」
センセは一瞬、固まったが、すぐに顔をしかめて言った。
「お前、また調子に乗ってるな。俺が行ったところで、怪獣には勝てないだろ」
「そんなことないよ!センセも、あたしと一緒に戦えばきっといけるって!」
「お前、俺をどんだけ過信してるんだ」
リサがその会話を横で見て、少し困ったような顔をした。
「この前みたいな怪獣が出たらやだなぁ……」
「大丈夫だよ!私たち、3人そろえばどんな敵だって倒せちゃうんだ……」
「ミツキ」
その言葉に、センセの表情がいつもとは違う、真剣そのものに変わった。言葉が少し硬く、響くように続く。
「危ないことは、しないように」
「……はーい」
ミツキがすぐに返事をしたが、その顔には少しばかりの真剣さが浮かんだ。センセの目は、それほどまでに鋭く、冷静だった。心配がそのまま言葉になっているのを感じ取ったのは、ミツキだけではなかった。リサもコウリも、自然とその場の空気が変わったことに気づいた。
センセの心の中で、あの時の怪獣事件がまだ引きずっているのだろう。だが、それを生徒たちにどう伝えるべきか、言葉を選んでいるようにも見えた。
その視線に、どこか本気の心配を感じ取ったからこそ、ミツキも少しだけ黙り込んだ。




