春 1-16
緊急車両のサイレンが遠くで鳴り響いている。
「助かったわよ。トーマス」
バスのタラップに腰掛けたトーマスは、無言のまま会釈した。
クリスがバスの中を覗くと、もう一人の魔法少女、山口コウリが車酔いでぐったりしているのが目に入った。クリスは少し息をつき、視線を戻す。
「ねえ、あなた……どう思う?」
「……いい奴だ」
トーマスはサングラスを外し、ポケットからハンカチを取り出して埃を拭う。
再びサングラスをかけ、視線を正面へと向けた。
そこには、怪獣を倒し、街を救った二人の魔法少女と、彼女たちを抱きしめる教師の姿があった。
「そうじゃなくて、怪獣よ」
クリスの声に、ほんのわずかに陰りが差す。が、すぐにそれは消える。
「なんだか……妙な動きだったと思わない?」
「……」
トーマスは何も答えず、ただ両手を広げて肩をすくめる。それが「さあな」という意味なのか、「気のせいだろう」という意味なのかは分からない。
クリスはバスの車体に背を預け、しばらく無言で腕を組んだ。周囲の騒音や動きが遠くに感じられる一方で、頭の中は静寂とは裏腹にざわついていた。
ロケットランチャーを発射した瞬間、確かにその決断が最良だと思った。敵の動きは予測できなかったし、何よりミツキの周囲の「特例」という枠組みが、ほかに選択肢を許さなかった。しかし、その後に何が待っているか、十分に理解していた。
発射の瞬間、その場で起きた一切が「合法」だったとしても、これが続けばどうなるのか。果たして、今後どれだけの説明が必要になるのか。治外法権の名のもとに動くことのリスク。それに対して彼はどれだけ準備ができていたのか、自分でも疑問だった。特例が「適用される」ことを知っていても、その適用範囲がどれほど不安定かは想像もつかない。
クリスは目を閉じた。
あの一発で、敵は退けられたかもしれない。しかし、次はどうなるのか。もし、この国が「それは過剰反応だった」と指摘してきたら、どう説明すべきか。上司への報告が頭をよぎり、そのプレッシャーが胸を締めつける。
日本政府はミツキを「派遣」として受け入れたが、その真意を理解しているのか。特例が本当に長続きするのか。上層部の意図が、時にクリスには見えにくかった。
クリスがここに派遣されている理由も、彼に与えられた役目も、明確な線引きがあるわけではない。それでも、彼の任務は「問題を解決すること」に尽きる。そのためには、時にルールを越えることも覚悟しなくてはならない。
でも、心の中で、何かが引っかかる。
発射した後に見た、ミツキの表情は無理にでも笑顔を作っているように見えたが、その奥に浮かんだ疑問は消せなかった。果たして、彼女を守るための行動がこれで“本当”に正しいのか。正当化されるのか。彼自身が自分の行動を、どう証明すべきか、その確信が持てなかった。
長い沈黙の後、クリスは目を開けると、目の前にある景色をぼんやりと見つめた。
魔法少女達だ。そしてもう1人、魔法少女達の頭をぐしゃぐしゃと撫でる男の姿も。
「センセはね、いい人よ」
その言葉は、少しだけ響いた。トーマスは答えなかった。クリスはそのまま目を伏せたままで、静かに呟く。
「……とても、いい人。」
けたたましい緊急車両のサイレンが響く中、クリスは目を閉じた。
あの笑顔を、ミツキの笑顔が守られたのならば、それで良いと思いたかった。自分にそう言い聞かせるようにして、クリスはふっと笑った。




