SP1:キコエルカネノネ
あんな芝居じみた告白を、ついオーケーしちゃってからもう直ぐ五ヶ月が経とうとしている。
そりゃあ、元々憧れてたし、私の為にあそこまで頑張ってくれたことにあの時は素直に感動していた。
先程、告白をついオーケーしたと言ったが、それは私の悪い癖で、言葉の綾――照れ隠しだ。
本当はそのまま彼の胸に飛び込みたいくらい、嬉しかったんだから――
「なあ爽風! この後どっか寄ってくか?」
下校途中、そんな私の気も知らずに、隣でにこやかに話し掛けてくる彼…
「明日から冬休みだろ? 爽風は年末年始どっか行ったりするのか?」
いつでも行きたいのはあなたとのデートです!
何が年末年始よ。その前にもっと大事なものがあるでしょ? 恋人たちのイベント的なやつが!?
そんな鈍感な彼の言葉を私は意地悪に無視して、少しだけ歩調を速める。それに気付き彼が慌ててまた私の隣までやってきて
「おい爽風、歩くのはえーって!」
と言いながら私の手を握った。
私は彼の手に握られた自分の手を直視した途端、やかんが沸騰する様に急速に血圧の上昇と顔面の紅潮を認識する。
「ッ………はぅぅン!」
私は耳まで紅くなり脱力して、今度は彼の手に引きずられる様に彼の後をついて歩く。
そんな彼の顔を見ると尊いくらいにニコニコで、彼の笑顔は私の厭な気持ちを全て浄化させてくれるのだ。
詰まる所、私、岸爽風と桃田司郎くんは、部活公認の恋人同士となって五ヶ月経った今でも、進展という進展はせず、手を繋いだだけでお互いに幸せな気持ちになってしまえる程の“おぼこいカップル”なのであった。
「司郎くん、クリスマスって、何か用事ある?」
私は彼の手をしっかり握り締め、紅い顔を悟られないよう俯きながら単刀直入に訊いた。そんな司郎くんは「んー…」と、少し考えながら
「クリスマスは、爽風とデートじゃねーの?」
とそんな風にまた無自覚に、そして無邪気に言ってくる始末。そんなだからいつも怒るに怒れないンじゃない! もう! 可愛いなあッ!
「そ、そうね…」
私はこの大型犬の可愛さに心底メロメロにされていた。でも何故かそれを彼に知られるのは恥ずかしい気がして、いつも素っ気ない素振りをしてしまう。これも私の悪いところだ…
――彼には性欲とかないのかしら? 女の私だって、もっと司郎くんとくっつきたいとか、イチャイチャしたいとか考えるのに……
私は男子と付き合うのは司郎くんが初めてなのだが、男子ってもっとがっついて来るものかと思っていたから、正直今まで身構えていた私自身が何だか人よりえっちな気がして自己嫌悪に陥ることもしばしば。
むっつりスケベ――今の私を表すには最適な言葉かも知れない。情けないことに……
「なあ爽風、今までのどのデートも楽しかったけど、今度のクリスマスのデートは今までで一番楽しいデートにしような!」
その言葉に私はつい振り向き彼の顔を見てしまった。
キュン、と私の胸が詰まる。
彼はいつものように爽やかな笑顔で私を包み込むように見下ろしてくれている。身長差二十五センチのこの距離がとてつもなく愛おしい瞬間だ。
「……今までで、一番?」
彼の手の温もりを感じながら、それを堪能していることをひた隠し、私は潤んだ瞳で訊き直す。
「そ。プレゼントは何がいいかなあ……なあ、爽風は欲しいものとかあるか?」
「欲しいもの……」
司郎くんともっとラブラブしたい!
と言ったりしたら流石に引かれるだろうか。それ以前にカッコつけの私に言えるわけもないのだけれど……
私はまた彼を見上げ、彼の真意を探るようにその純真な眼差しを捉える。
欲しいもの……そうね、ちょっと背伸びして夜景の見える小洒落たお店でディナーなんて素敵ね。司郎くんは少しムード読んでキリッとしてて、いつもより少しだけ格好良く笑ってくれるの。そうしたら、私は――
「…司郎くん……」
「え?」
「司郎くんが欲しいの……」
「えッ! 俺ェ!?」
「へ? あ! 今私何か変なこと言った? ご、ごめん! ちょっと違うこと考えてたかも! ごめんね!?」
私が一人でトリップしていたせいで、危ないことを口走ってしまった。
でも、あの鈍感な司郎くんのこと。きっと今のも軽くスルーして――
「…俺が、欲しいのか?」
――してくれなかったッ!!
私はどう取り繕っていいか、頭をフル回転させる。脳内麻薬が時間の経過を遅く感じさせ、私の脳はフル回転どころか、オーバーヒート寸前だった。
「えと……その……ち、違うの! そうじゃなくて! あの……」
私はもう何が何だか分からなくなってしまい、ただあたふたするしかなかった。司郎くんはそんな私を不思議そうに見ている。
もうダメだ……終わったわ。カッコつけてた私さようなら。ようこそ、むっつりな私――
「なあんだ! 爽風も俺と同じ気持ちだったんだな!」
彼が相変わらずの明るい口調でとんでもないことを言った気がする。
「同じ気持ち……?」
私は彼の言っている意味が理解出来ず、思わず訊き返していた。
「そう。俺さ、爽風のこと知れば知るほど好きになっていって、世界中で爽風ほど可愛くて、自分に嘘のつけない奴いないだろうなーって思ってたんだ」
え? 私が世界一可愛い?
それは意訳し過ぎかも知れないが、頭がショートしている今の私に正常な言葉の判断は難しく。
「俺は、女子と付き合ったのは爽風しかいないんだけど……」
………何か、大事な話しをしようとしている?
「この先、爽風以上に誰かを好きになることなんて考えられなくてさ。まだ早いかとも思ったんだけど……」
「…………」
どうしてそんな真剣な顔をしているの?
いつものように他人事みたいに冗談で吹き飛ばしてよ……
司郎くんの目が私の目を真っ直ぐ捉えて、気付くと私はその視線を更に見つめ返していた。
「爽風! 結婚前提で付き合って欲しい!!」
「はやーーーーーいッ!!」
ハッ! つい漫才のツッコミのようなテンポで返してしまった……
司郎くんのことだから本気で言ってくれたはずなのに……!
私は慌てて「ごめん」と言って続けた。
「あの、結婚前提っていうのはまだ早いと思うの……私たちまだ高二でしょ? だからもう少し、高校生らしい付き合い方で……」
私がそう説明すると、彼は真面目な顔で考え出して訊いてくる。
「爽風は、俺のこと、嫌いか?」
「嫌いなわけないでしょ! 大好きよッ! 図体デカいくせに優しくて、鈍感なくせに頼もしくて、黒髪に戻った今も格好良くてッ! ハッ!」
勢いに任せてつい熱く司郎くんを語ってしまった気がする! 恐る恐るゆっくりと彼を見ると、それはまた良い笑顔でいらっしゃること……
「へへっ、そこまで言われると照れるな」
だから! そう言う仕草も可愛いくて好きなのよ! 照れて頭の後ろを掻くなんて、漫画とかでしか見ないやつよ!
「爽風も俺のことを好きでいてくれて嬉しいよ。誰かに自分のことを好きって思ってもらえるのって、何だかとてもくすぐったくて、ありがたくて、尊く感じないか?」
司郎くん、やっぱり素敵な感受性……ううん、彼の倫理観や哲学って言った方がいいのかな。私はそういう司郎くんの優しい考え、好き。
「……この先、もっともっと多くの人と出会って、私より素敵な人がいるかも知れないよ?」
私の悪い癖、ネガティブ思考…
「この先も、ずっとずっと爽風と一緒にいれば、爽風以上に素敵な子なんて出てこないさ」
彼の悪い癖? ポジティブ思考…
「そんなこと言って……じゃあ、もし私が司郎くんを振っちゃったら、どうするの?」
そんな意地悪な質問をする私に、彼は少し考えてから答えた。
「……そうだなあ……もう一度好きになってもらえるよう、頑張る。嫌いにさせないよう、努力する」
彼の言葉はいつだって真っ直ぐで、素直に私の心に突き刺さる。
「じゃあ………」
私はまた何か言おうと口を開けたのだが、何故かそれ以上言葉が出てこなかった。
代わりに、私の瞳からは大粒の涙が溢れだしていた。
そんな私を司郎くんは優しく上から包み込むように抱きしめてくれる。私はその優しい温もりの中で改めて自分の気持ちに付箋を貼る。
私は、この人のことが、本当に大好きなんだ、と――
ゆっくりと歩いてきたつもりだったが、私が乗る駅まで着いてしまった。
「今日はこの後お母さんと約束があって。ごめんね。次はクリスマスかな?」
「そっかあ。じゃあクリスマスまで会えないのか」
司郎くんが少しだけ残念そうな顔をする。彼は本当に表情豊かで、そんな些細な変化に気付く度、私は嬉しくなる。
「あのさ爽風、さっき俺が言ったこと、本気だから」
彼はまた真剣な顔で私を見る。
「うん、分かってるよ」
私は微笑んでそう答えた。
「じゃあまたね!」
そう言って私は司郎くんに手を振った。彼は笑顔で手を振り返してくれる。かと思いきや、そのまま私の手を取り、もう片方の腕を腰に回して私は彼に引き寄せられ――
行き交う人々が入り混じる駅の構内で、私は彼にそっと唇を塞がれた。
僅かばかりの時間の後、私の唇からふわっと彼の唇が離された。
胸が張り裂けそうなくらい脈打つ。何故か股間の辺りがジンジンと熱い。
初めてのキスの余韻も冷めやらぬ内に彼が私を抱きしめて言った。
「少し早いけど、爽風のクリスマスプレゼント、貰ったよ…」
「司郎くん……」
そんな歯の浮くような台詞も、彼の真っ直ぐな瞳で見つめられると全て真実で、私の心は鷲掴みにされてどうしようもなくなる。
私はそのまま何も言えず、ぼうっとする頭でただ彼を見つめていた。
「爽風、いつも好きでいてくれてありがとな」
「…うん……司郎くんも、私を好きでいてくれて、ありがとう……」
「爽風が言う、高校生らしい付き合い方って、キスまで?」
「へ?」
「爽風はさ、ほんとはもっと先までご所望なのかと思ってさ」
「えっ……と……」
私は自分の気持ちを素直に吐露していいのか分からなくなり、言葉に詰まる。そんな私を見て司郎くんは意地悪く笑いながら更に続けた。
「爽風はスケベだなー」
「ッ!!」
その一言で羞恥心が臨界点に達した私は思わず彼を突き放した。そして顔を真っ赤にしながら抗議する。
「そ! そんなんじゃないから!」
もう! デリカシーのデの字もない男! そんなんじゃ将来奥さんに愛想尽かされるんだから!
「バカ司郎ッ! せいぜい私に愛想尽かされないようにねッ!」