EP1-8:パステルサマー
その日の帰り道、掛かり付けの整形病院に来て定期診断を受けていた。
「うん。若いから治りも早いね。まだ激しい運動は厳禁だけど、もう三角巾は要らないだろう」
先生はそう言って俺にレントゲン写真を見せてくれた。
「ありがとうございます!」
そんな俺の様子に先生は微笑んで応えると、俺の目を見て続けた。
「桃田君。君は良く頑張ってるね。筋力の衰えも感じられない。隠れて相当筋トレしていたろう? リハビリも継続するが担当PTの言う事はちゃんと聞くように」
俺は苦笑いしながらそんな先生に頭を下げてお礼を言ったのだった。
病院の待合室にいた岸と合流して俺たちは病院を後にした。
腕の固定が取れた俺は久し振りに自由になった自分の両腕を大きく振って歩いしまう。
そんな俺の右側に岸が並んで歩いてくれる。
「固定、取れて良かったね。良くなってるんだ」
そんな岸の言葉に、俺は苦笑いで応えた。
「ああ。この分なら完全に元に戻るのもそう遠くないだろうって」
俺の言葉に嬉しそうな顔で応える岸。
「そっか……本当に、良かった…」
そんな岸の笑顔に俺も笑顔で返す。
「ああ! 早く泳ぎてー!」
そんな俺の発言に岸はハッキリとした声で言うのだった。
「うん! 司郎くんならきっと大丈夫!」
次の日、俺は早速作戦を実行に移した。鬼頭が噂を流した張本人じゃないことは分かったが、俺のやる事は変わらない。
噂の発信源は水泳部だ。中でも女子たちに思い知らせてやる必要がある。
「あ〜…みんな聴いてくれて! 一年も先輩がたも!」
準備運動を終えた部員一同に向かって俺が声を掛ける。
女子の列に岸がいることを視認し、俺は続けた。
「長い事怪我で休んですいませんでした! 昨日固定が取れたのでまた段々と一緒に練習していけたら嬉しいっす! よろしくお願いしますッ!」
周りからどっと声が上がる。
祝福の声、懸念の声、冷やかしの声。色々な声が聞こえたが、その中に俺の復帰を貶める声は聞かれなかった。
「あざっす! それと、もう一つ報告があります!」
俺はそう続けて、岸を見つめて言った。
「岸さんのことです!」
周りの女子部員たちがざわつきだす。
「実は……俺は……岸のことが……」
心臓がここに来て早鐘のように鳴り出す。
「……俺は、岸が……」
そんな俺の様子を見ていた女子部員たちがざわつきだす。
「え? 何? 桃田告るの!?」
「えー! マジで!? あ、もしかして岸ちゃん狙いって桃田だったの!?」
そんな声が耳に入ってくる中、俺は意を決して言ったのだった。
「好きだーーーーーッ!!!」
俺の声と目は岸を射貫いた。
岸はこっちを見て両手で口元を押さえていた。
俺の告白に部員たちがどよめく。
何を言い出すんだこいつは、と言わんばかりな視線が俺に集中していた。
俺の告白がただの冗談だとでも思ったのだろう。
そんな周りの女子部員たちに俺はさらに続けたのだった。
「俺は岸が好きだッ!!」
俺の二度目の告白にその場は騒然とした雰囲気に包まれていた。
岸を見ると周りの女子から色々言われているが、視線は向こうも俺を射貫いて逸らそうとしない。
「ねー? あー言ってるけど応えなくていいの?」
「ヒュー! 妬けちゃう!」
「桃田かー。実際、アリだよねー?」
そんな周りの野次にも、岸は俺から目を離さずに無言で俺を見つめている。
俺はここぞと畳み掛ける。
「俺は皆のことを……この水泳部の皆のことを仲間だと思ってる! 俺が怪我で情けなく塞ぎ込んでる時も怪我早く治せって、皆応援してくれてて……それを素直に好意として受け取れないでいた俺がガキだった! 皆! 今まで嫌な思いさせて、ごめんッ!!」
俺は深々と頭を下げる。
「でも! 心を入れ替えられたんだ、岸に会って。もう一度、皆と水泳部で切磋琢磨させて欲しい。お願いします!」
俺は頭を下げながらそこまで言い切った。
「桃田……お前……」
そんな俺の様子と言葉に、水泳部員たちは互いに目配せしあいながら何やらざわついていた。
そんな様子に、俺は頭を上げて言った。
「俺、岸が好きだから……これは水泳部内の恋愛だから、みんなにも応援してもらいたいんだ」
俺のその言葉に女子部員たちがざわつきだす。
「え? マジで桃田先輩告ったの!?」
「えー!? ちょっとショックー」
そんな声が耳に入ってくる中、俺は再び岸を見て続けたのだった。
俺の視線に今度は全員の視線が岸に向けられた。
岸は水泳部中の視線を一身に浴び、少したじろいだ様子だったが、それでも俺から目を離さずに言ったのだった。
「私も……司郎くんのことが、ずっと、好きでした…」
そんな岸の言葉に周りの女子部員たちがザワつきだす。
「おおー!」
「やったー!」
そんなざわめきの中、芳樹が俺に近付いて来て言ったのだった。
「良かったな司郎! あと一押し、行くぞ!」
俺は嬉しさ絶頂の中、そんな芳樹に笑顔で応えた。
「ああ!」
そして、岸に向き直って続ける。
「付き合ってくれ、岸! 他の誰でもない、俺とッ!」
そんな俺の発言に周りから歓声が上がる。芳樹が先だって声を出し祝福してくれている。
女子部員たちが黄色い声に包まれる中、岸は俺に笑顔を向けて応えたのだった。
「こちらこそ……よろしくお願いします」
そんな俺達二人の様子を見て周りの部員たちはどよめいたが、胸の内から込み上げてくる喜びを今は抑え、俺は続けるのだった。
「……ありがとう、岸……本当に嬉しい……そして、ありがとう皆! 一緒にやってきた皆にはどうしても包み隠さずいたくてさ! こんな騒動に巻き込んで済まんです」
そして、俺は頭を下げる。
「……皆応援してくれて本当にありがとうッ! 俺、これから岸の彼氏として見合うよう頑張ります!」
そんな俺の感謝の言葉に部員たちから拍手が起こるのだった。
それから間もなくして、岸の悪い噂は跡形も無く聞かなくなり、代わりに俺のとても恥ずかしい武勇伝が水泳部に語り継がれる事となる。
「今度ね? 鬼頭さんとプールに遊びに行く約束をしたんだ? 乾君も来るみたい」
そんな爽風の言葉に俺は少し驚いたが、直ぐに笑顔で応えた。
「そうか! 鬼頭も色々と気を遣ってくれてるんだな!」
俺のそんな反応に爽風は頬を赤らめながら、何故か上目遣いに言うのだった。
「司郎くん……鬼頭さんね? ダブルデートはどうかって言ってきたんだけど、どう、かな?」
少し照れて俺をチラ見しながら言う爽風。そんな仕草もいじらしく可愛く思えて俺は思わずドキッとしてしまった。
「ああ、もちろんいいぜ! まだ左腕は余り使えないからフォロー頼むな? 爽風」
俺の言葉を聞いて爽風は安心したように微笑む。
「うん! 任せて司郎くん!」
一学期終業式が終わり、夏休み前最後の部活。
俺は医者から許可された一日の練習量を既に終わらせてしまい、いつかの時と変わらずプールサイドにいた。
「芳樹! また記録更新だ! 頑張ってんなッ!」
芳樹がサムズアップと笑顔で返してくる。
「乾! さっき飛び込む時少し顎上がってた! 勿体ないから小さくまとめて行こうぜ!」
乾も素直に手を振り返す。
「おう! よく見てたな! 俺もそんな気がした。サンキューな桃田!」
「おーい、そこの二年女子! 秋津と志藤か。ゴールしたならくっちゃべってないで早くあがれー。いい泳ぎだったぞー!」
「何よー桃田。彼女できたからって調子に乗らないでよー。羨ましいなー!」
「そうよー。岸ちゃんに言ってしつけてもらうよー? この幸せもんがー」
そんな俺達のやり取りを爽風がプールサイドから見ていた。
「司郎くん? 随分と元気になったじゃない?」
俺はそんな嫌味に笑顔で応える。
「まあな! 俺達を受け入れてくれた皆に、俺も何か返さなきゃなって思えてさ! 今まで塞ぎ込んでた分、まずは応援からでも返していけたらなって!」
そんな俺の発言に爽風は細い目を更に細くし微笑みながら呟く。
「…おかえりなさい、司郎くん」
「あ!? 何か言ったか爽風?」
爽風はまた「ふふっ」と短く笑う。
「ううん、何でもない! ほらっ、次もタイム録るんでしょ? 頑張って!」
そんな爽風の言葉に俺は満面の笑みで応えたのだった。
「ああ! 任せとけ!!」
水飛沫があがり、夏の陽に照らされた水滴の一つ一つが、まるで硝子細工のような透明できらびやかな彩色を乱反射させる。
「キャッ!」と誰かが声をあげた。その声すら今は心地いい。
そんな水辺で俺は爽風を見付け、向こうも俺を見付けるや否や、幸せそうに微笑んでくれる。
雫に映るパステルカラーと合わさり、俺たちを取り巻く世界はより一層輝きを増した。
【エピソード1 完】
ご覧いただきありがとう御座います。
気の向くままに書き下ろした短篇では御座いましたが、思いの外長くなってしまいました。
ボーイミーツガール的な青春ものは好きなので、これからも気分転換に書いていきたいです。
できれば、もう少し文量を抑えて……
少しでも感じて頂いたところ御座いましたら一言でも構いません。ご意見ご感想いただけますととても励みになります。
現在SF長編を連載しておりますのでご興味御座いましたらそちらも是非ともご覧いただけたらと存じます。
普段はXにおりますのでお気軽にお声がけください。
乱文失礼致しました。