EP1-7:スキトコイト
「はあ!?」
鬼頭の頭に大きなはてなマークが浮かんだように見えたが、そんなのお構い無しに俺は続ける。
「実はさ! 俺女子の友達あんまいなくて、同じ水泳部の乾に聞いたら鬼頭なら相談にのってくれるんじゃないかって聞いてさ!」
俺がそう言うとあからさまに表情を崩し、慌てた様子で
「い、乾君が!?」
と、鬼頭が応える。
「ああ! 鬼頭さん、乾と付き合ってるんだって? そこで女子の意見を聴きたいと思って、今日ここまで来てもらったんだ」
俺はそこで両手を合わせ懇願するように続ける。
「頼む! この通りだ!」
そんな俺の勢いに押されたのか鬼頭はため息混じりに言った。
「……分かったわよ……乾君の頼みじゃ断れないし……あたしが答えられることなら答えてあげる」
「本当か!? ありがとう!」
俺が笑顔でそう言うと鬼頭も少し微笑んだように見えた。
鬼頭は近くのベンチに腰を下ろすと柵に背を預けた俺を上目遣いに見て訊いてくる。
「で、何の相談なの?」
鬼頭は気のない話し方だったが、俺は単刀直入に話を切り出す。
「実はさ、俺の友達の岸が女子の間で変な噂立てられててさ」
そんな俺の言葉に、鬼頭は少し驚いた表情を見せる。
「岸さん……水泳部の、あの大人しそうな人よね…」
俺はそんな鬼頭に頷いて応える。
「そうそ。知ってたのか」
俺がそう言うと、鬼頭は何かを察したように少し間を置いてから言ったのだった。
「桃田君、もしかしてあたしを疑ってる?」
そう言った鬼頭の眼差しは先程よりも鋭さを幾分増していて、俺は思わず身構えてしまう。俺は一呼吸置いてゆっくりと喋りだす。
「いや。俺が他の女子の意見も聴きたくて鬼頭さんには来てもらったんだ…」
「本当に?」
俺は無言で鬼頭の目を見ながら頷く。鬼頭は俺の言葉に疑いの目を向けるが、俺の態度を見て僅かばかり信用してくれたようだった。
そんな鬼頭に俺は少し安心し、続ける。
「岸と話したのはそれが最初でさ。何かインパクトあったからなのか、それから割りと話しをするようになって、一緒に出掛けたり、勉強するようになって……」
「ふーん。それで?」
そんな鬼頭の言葉に俺は岸との出会いを振り返りながら続けた。鬼頭は自分の髪を指でくるくる弄りながらも、時折「ふーん」とか「へー」と気のない相槌を入れながらも、何だかんだで聴いてくれている様子だった。
「俺さ、今まで女子と付き合ったことなくて、何だかよく分からねーんだけど……岸といると胸の奥がざわつくんだ…」
「ざわつく?」
鬼頭は俺の言葉を繰り返しながら、髪で遊んでいた指を止めた。俺はそんな鬼頭にはにかみながらも頷く。
「ああ。ざわつくんだ。あいつといると何だか幸せな気分になる……でも、時々胸が苦しくもなって……」
そこまで言うと鬼頭が俺を見て言った。
「桃田君、それって……」
そこで一旦言葉を区切り、何かを考えるように視線を泳がせた後、再び俺を見据えて続けたのだった。
「恋ね」
そんな鬼頭の言葉に俺は思わず叫んでしまう。
「やっぱりかッ!!」
俺のそんな姿に鬼頭は若干呆れ顔で、しかし微笑みながら言うのだった。
「岸さんを見てるとドキドキするんでしょ?」
俺は鬼頭の言葉に首を何度も縦に振って応える。
「ああ! なんか動悸が早くなる気がする!」
そんな俺に鬼頭は続ける。
「それが恋よ」
そんな鬼頭の言葉に、俺は少し間を置いてから言ったのだった。
「……でもさ、俺……こんな気持ちをあいつに打ち明けていいのかなって……」
俺の言葉に鬼頭が首を傾げる。
「どうして?」
鬼頭のそんな疑問に、俺は自分の思いを鬼頭に伝えるのだった。
「俺みたいな奴がさ……岸みたいな素敵な子と釣り合うわけないだろ……?」
そんな俺の発言に鬼頭は可笑しそうに笑って言うのだった。
「それはどうかしら? 世の中には色んな人がいるし、人の価値観もそれぞれでしょ?」
俺はそんな鬼頭に苦笑いしながら答える。
「すげーよな乾も、鬼頭さんも……こんなおっかない気持ちを抱えて相手を好きになったんだよな?」
俺がそう言うと、鬼頭は優しく微笑むと何かを思い出すように言った。
「そうね……あたしも乾君には感謝してるわ……」
俺はそんな鬼頭に訊いた。
「え? なんで?」
俺の素朴な疑問に鬼頭は少し恥ずかしそうにしながら応える。
「だって……あたしを救ってくれたのは乾君だから……」
鬼頭は遠くを見ながら続けた。
「あたしね、去年の冬に、乾君に告白して一度断られてるの。その時、乾君には好きな人がいて……」
……それが、岸、か…
「でもね。その時乾君、あたしの勇気を買ってくれてね、自分も勇気を出して告白してみるって言って、振ったばかりのあたしにありがとうなんて言って……バカにしてるでしょ?」
俺は鬼頭のその言葉に首を横に振って応える。
「そんな事ない。乾は簡単に人を馬鹿にするような奴じゃない」
俺は少し語気を強めてそう言った。そんな俺に鬼頭は少し驚きながらも優しく微笑んで言うのだった。
「……そうね、それはあたしもよく知ってる。で、彼もその好きな子に告白して振られたの……」
……同じ部活仲間同士なのに、全く気づかなかった……俺って、もしかして、鈍感なのか!?
「その後、乾君にその好きな人のことを訊いてみたら……今、噂になってる岸さんなのよ」
俺はその鬼頭の言葉に違和感を感じずにはいられなかった。
ん? まるで、岸の噂は後から聞いた風な言い方だな……
俺がそんな違和感について考えていると、鬼頭は話しを続けた。
「それでね、あたしが振られたのと、乾君が振られたこと、岸さんが振ったことが色々重なって、変な風に拡まっちゃってね……」
んんッ!?
「同じ水泳部だったからか、噂がどんどん変にエスカレートしていって、岸さんが色目使って乾君を捨てたとか、あたしが腹いせに岸さんを虐めてるとかって嘘もあたしが発信源みたいにされちゃって……」
それって……水泳部自体が噂の発信源だったってことか!?
「で、そんな時に乾君が水泳部に拡まりだしたデマからあたしを庇ってくれて、それから、段々仲良くなって……」
鬼頭の頬が赤味をさしているのを俺は見てしまう。
「だから、乾君はあたしにとって恩人なの……」
噂の出どころは鬼頭じゃないッ! 水泳部そのものだった!!
俺はそんな鬼頭に思わず叫んでしまう。
「じゃあなんで噂を否定しないんだよ!?」
俺の言葉に少しムッとしたように答える鬼頭。
「否定したわよ! でも、水泳部じゃないあたしは部外者扱いで発言力なんて無いし、それに一度女子の間に拡まった噂って中々消えないのッ! 他部のあたしが変に否定し続けてたら更に大きな噂になって岸さんを傷付けちゃうかも知れないでしょッ!?」
こいつは、岸のことまで想って……
乾の奴、中々女子を見る目あるじゃん…!
「だったら俺がその噂ぶっ壊してしてやるよ!」
「あなたが?」
鬼頭が疑わしそうに俺を見る。俺はそんな鬼頭に自分の胸をドンッと叩いて応えるのだった。
「ああ! 俺が今ある噂を、更にデカい真実で上塗りしてやる!」
俺の言葉に少し驚いた鬼頭だったが、直ぐに可笑しそうに笑いを堪えながら言うのだった。
「本当に? 桃田君、噂と真実では違うかも知れないわよ?」
俺はそんな鬼頭に自信満々に応えた。
「大丈夫! 俺、こう見えても結構友達多いから!」
俺のその発言に鬼頭はまた笑って言った。
「くすっ。じゃあ……お願いしても、いいかしら?」
そんな鬼頭に俺は親指を立てて応えるのだった。
「岸さん、あれが俺の親友だよ」
「……司郎くん………ッ!」
昇降口の方に何やらうずくまる二つの人影を見付けた。
芳樹の奴、何をニヤニヤしながらこっち見てんだ?
岸は両手で口を押さえて、目が潤んでんな? 大きなあくびでもしたのか?
そんな二人に俺は大声で声を掛ける。
「おーい! 何やってんだそんな所で!」
俺が声を掛けると岸はあたふたしながら、落ち着いた芳樹と一緒にこちらへやって来た。
「よ! 丁度そこで岸さんと会ってさ〜」
「そ、そう! 偶々遠藤君と会ってー……」
二人のそんな様子に、俺は少し訝しみながらも笑顔で応えた。
「お前ら、丁度良かった! 紹介する手間が省けたぜ!」
俺はそう言ってベンチに座る鬼頭へ向け両手を添えて
「こちら、乾の彼女の鬼頭さん! そして――」
俺は自信満々に言ってのけた。
「今日から俺達の友達だ!」