EP1-6:オレノサクセン
岸との放課後の勉強会を一週間やり遂げた俺は、期末も何とか平均点くらいは取れただろうと安堵していた。
期末が終われば直ぐに夏休みだ。折角の夏休みに嫌な気持ちを引きずりたくない……行動に移すなら、期末が終わった今がチャンスか?
俺はそんなことを考えていた。
「司郎! どうだった? 今回の期末!」
昼休みにそんな俺の元に、俺のテスト結果に期待を寄せる芳樹がやって来た。俺は苦笑いしながら応える。
「う〜ん、まあまあ、かな?」
「そっか! 赤点は回避出来たと。これも岸さんのお陰か?」
そう訊かれ、俺は慌てて
「な、何で岸が出てくるんだよ!?」
と言うと、芳樹はニヤニヤ笑いながら言うのだった。
「だってお前、最近岸さんと仲いいじゃん? 一緒に帰ってるみたいだし?」
「それは! たまたま帰る方向が一緒だっただけで…」
そう言いかけた俺はそこで言葉を詰まらせる。そして、改めて芳樹の顔を見る。
こいつは人の弱みに付け込んだり、弱いものいじめをするような奴でもない…
中学からの付き合いではあったが、同じ水泳部で切磋琢磨してきた仲間で、信頼が置ける友人の一人だ。
俺は芳樹の目を真っ直ぐ見て言う。
「いや、嘘だ。実は岸に勉強を見てもらってた。済まん、嘘ついて…」
それを聞いた芳樹は面食らったように一瞬目を丸くしたが、直ぐいつもの顔に戻り
「お前はホント馬鹿正直だなぁ…別にそのくらい嘘ついても良かったのに。まあ、そんなお前だから今もつるんでるんだろうけどさ!」
そう言って芳樹は笑った。
「いいじゃん岸さん? 真面目そうだし。女子の中じゃ目立つ方じゃないけど素朴に美形だよな」
俺は芳樹の言葉に、何故か少し照れて応える。
「き、岸とはそんなんじゃねえよ!」
「まあまあ! 応援するぜ?」
俺は芳樹のその言葉にそれ以上反論出来ずに押し黙ってしまう。
「…………」
芳樹は真面目な話は多分誂ったりしない。だから俺はこいつに――
俺は少し深呼吸してから、芳樹に言う。
「なあ、相談があるんだ。少し時間いいか?」
俺がそう言うと、芳樹は驚いた顔をした後、真剣な顔で俺に向き直った。
「場所、変えるか?」
そう言うと芳樹はそのまま屋上へと歩き出した。
俺達はまだ人が少ない昼時の屋上で柵に寄りかかり話を切り出した。
「実は……岸のことなんだけど…」
俺は芳樹に岸のことを話した。
「ああ、その噂は何となく聞いたことあったよ。元は岸さんに振られた乾が仲の良かった女友達の鬼頭さんに相談したのが始まりで、それを不憫に思った鬼頭さんがその噂を言い出したらしいぜ?」
そんなことをスラスラ話す芳樹に、俺は少し驚く。
「…お前、噂の解像度たけえな……」
俺のそんな言葉に芳樹は笑って応えた。
「まあな。真実か嘘かはもちろん取捨選択して聴くけどさ。この鬼頭さんの件も所詮噂だし」
そんな芳樹の様子に、俺はこいつに相談して良かったと実感したのだった。
「でよ、女子の間じゃその噂がけっこー尾ヒレついて拡まってるみたいでさ。俺、その事偶然知っちまって、それから岸と話すようになって……」
そこまで言うと芳樹は合点がいったように頷いた。
「成る程な! そりゃお人好しのお前が聴いたら力になってやりたいと思っちゃうわな」
芳樹はそう言うと、少し考え込むようにして続けた。
「噂が拡まってるってことは……それを払拭するのは中々難しいだろうな……」
俺は芳樹の言葉に落胆する。そんな俺に芳樹は続けて言うのだった。
「でもな、噂の出処は鬼頭さんだろ? その人が噂を否定して回れば、少しは沈静化するんじゃないか?」
そんな芳樹の提案に俺は首を大きく縦に振る。
「だよな! そこで俺が考えた作戦を聴いてくれ!」
俺はそう言って、芳樹に作戦を話した。
「…お前らしい作戦だな」
俺の作戦に芳樹は半分呆れたような感心したような笑顔でそう言った。俺は少し照れながら応える。
「そうか? へへっ」
そんな俺を晴れやかな顔で笑う芳樹。
「これも愛の成せる業だな!」
そう言って俺の肩に手を乗せる。
「あ、愛ぃッ!?」
「司郎、頑張れよッ!」
俺はさっきの芳樹の言葉に戸惑ったが、芳樹の俺を見る真っ直ぐな目に力強く応えるのだった。
そして、その日の放課後、俺と岸はいつものように一緒に下校していた。その途中、ふと思い出したように岸が俺に訊いてきた。
「ねえ? 期末も終わったし夏休みに入ったらどこか遊びに行かない?」
そんな提案に俺は一瞬息を呑んでしまう。そんな俺の様子を気にした風もなく更に続ける岸だった。
「ほら? 彼氏の練習もしないとだし」
岸はそう言うとはにかむように笑った。その笑顔に俺の鼓動が速くなるのを感じる。だが俺は――
「…いや、彼氏の修行はもう終わりにする」
「え…?」
俺がそう言うと、岸は驚いた顔をして俺を見た。その表情に俺は胸が痛むのを感じるが、俺の口は止まることなく話し続けるのだった。
「岸、今まで勉強見てくれてありがとな。お前、いい奴だよな。俺みたいな落ちこぼれにも親身になってくれて」
「え? ちょっと、桃田君!?」
岸は俺の突然の話しの切り出しに戸惑っているようだった。俺は構わず続ける。
「だからさ、今度は俺がお前にお返ししないとな!」
俺はそれだけ言うと、岸は黙り込んで俯いてしまった。
俺は目の前の青空を見ながら笑顔で言う。
「まあ見てろよ! きっと楽しい夏休みにしてみせるからさ!」
――翌日の放課後。
「司郎、今日からまた部活だけど来るよな!?」
芳樹が背中から声を掛けてきたが、俺は首だけ芳樹の方を向き
「わりい! 今日はパス! バッシーによろしく言っといてくれ!」
それだけ言うと屋上へと向かった。
俺は岸の噂を広めた張本人だという鬼頭を屋上に呼び出していた。
「よう! 鬼頭さん、初めまして! 俺は水泳部の桃田!」
俺は笑顔でそう声を掛けると、少し間を置いてから鬼頭が応えた。
「……違うクラスの人が、何か用?」
鬼頭は焦げ茶色の髪をウルフカットで纏めた今時の女子高生といった風貌で、俺を怪訝そうな目で見ながら冷静にそう言った。
そんな鬼頭に俺が笑って応える。
「そうそう、今日はあんたに話があってわざわざ来てもらったんだ!」
俺の言葉に眉をひそめる鬼頭だったが、直ぐに何かを思い出したように少し顔をほころばせ口を開く。
「もしかして……あなた、あたしに告は――」
「あーーー、違う違う!」
鬼頭が何かを言おうとしたが、俺はそれを遮って叫ぶ。そんな俺の勢いに一瞬驚く鬼頭だったが直ぐに先程までのクールな表情に戻る。
「じゃあ何? 悪いけどあたし、あなたみたいな馴れ馴れしい男子は嫌いなの。用があるなら早くして」
そんな鬼頭の口調に俺は苦笑いをしながら応える。
「ああ、じゃあ単刀直入に言わせてもらう。ちょっと相談にのって欲しい!」
俺は神頼みでもするように大袈裟に鬼頭に向かって両手を合わせ頭を下げた。