共鳴:REBECCA is our voice ⑥
『Liberal……kite……』
スピーカー越しに彼女の息遣いが聞こえてくる。少しの間のあと、微かに何かを呟く声が聞こえてきた。
それは、無意識に口をついて出た言葉――
『……………Liberkite』
「!」
レベッカはその言葉を呟いたあと、ほんの一瞬瞼を伏せた。
――かつてのバンド時代、自由に歌えと言われ解き放った声。
どこまでも飛んで行くと思っていたそれは、風に煽られ、木に引っかかって落ちた。
(……あの時からずっと思ってた。もっとちゃんと、声を受けとめてくれる人がいたら――って)
レベッカはそっと笑う。
(……だから、今ならわかる。“空を飛ぶ”って、ひとりじゃできないんだ――)
『だったら、“リベルカイト”ってのは、どう?』
レベッカは、一言ひとことをゆっくりと口にした。
「“リベルカイト”……。うん。いい名前だね」
愛がその言葉を胸の内で噛みしめながら言う。
「ねえ、優ちゃん。どういう意味なの? その単語」
圭が嬉しそうに顔をほころばせながら優に尋ねる。
「Liberalとkiteを合わせた造語、だと想います……かっこいい……」
そう前置きをしてから優はその名を大層気に入ったのか、うっとりしながら答える。
「……“自由主義の糸の切れた凧”。まさにこれからのわたしたちみたいじゃない。決まりね! やるじゃないレベッカ!」
愛はレベッカが画面の向こうで照れているのを想像しながらそう告げる。
『え? あ? べ、べつにたまたま思いついたのを言っただけだし!?』
スピーカー越しのその声は照れ隠しそのものだった。愛は笑いながらレベッカに言う。
「ありがとうね、レベッカ」
『あ、ああッ!? な、何が?』
「あ、それとね? 収録はネット通してでも出来るから安心して? 友達のりっちゃんに頼めばそういう専用の機材とか貸してくれると思うし。出世払いで。他にも心配するようなことは――」
『〜〜〜〜〜』
レベッカの心の奥から湧き起こるその感情は――“楽しさ”と“嬉しさ”だった。
少し困ったような沈黙が流れる。けれど、そのあと――
『……しょうがないなあ』
――突然、日本語だった。
その声色はそれまでよりも少しだけ砕けていて、照れ隠しのような響きがあった。
三人は一瞬「ん?」と顔を見合わせる。
『……あんたたちに、ちょっとだけ“びっくり”をプレゼントしてやる』
くすっと笑いながら、レベッカは言葉を重ねた。
『その一。実は俺、日本語ふつうに話せるんだよね。バリバリに』
「えぇ!? ちょっと、普通に!?」
三人が声を揃えて驚く。
『その二。アメリカ生まれ育ちだけど、今は日本に住んでる』
「……なんと。いや、何も言えないくらい、自然だったね……」
「日本語、発音も完璧です……」
スピーカー越しに誇らしげな笑みが滲んでくる。
『そして三つめ!』
一拍おいて――
『……あんたたちのバンドに入ってやってもいい。どうよ? 驚いたでしょ?』
勝ち誇ったような声音に、三人は思わず吹き出した。
「いやいやいや、むしろ“今まで入ってなかったっけ?”って感じだったよレベッカちゃん!」
「うん、わたしももう“仲間”って思ってたから、宣言されてびっくりしちゃった!」
「おめでとうございます、正式加入……? で、いいんでしょうか……?」
『なっ、なにその反応!? ちょ、もっと喜んでよー!?』
思わず出た“素の叫び”。
それは、どこか本当に嬉しそうで――でも、どこまでも照れていた。
だがその気持ちはすぐに込み上げる嬉しさに上書きされ、唇の端を持ち上げる。
『……ふふ。まあ、いいや』
レベッカは笑みを浮かべ、息を大きく吸い込むと、スピーカー越しに元気よく言った。
『俺、まだ歌いたいって思ってる。ひとりじゃないって思いたい。そんなふうに思うようになったのは、あんたたちのおかげなんだから、その……よ、よろしく!』
愛は、嬉しそうに頷いた。そして、彼女への想いを紡ぐ。
「レベッカ、こちらこそよろしくね!」
圭と優もそれに続く。
「ようこそ、リベルカイトへ!」
「歓迎します!」
『う、うんっ!』
画面の向こうのレベッカは少し恥ずかしそうに視線を落とすと、改めて口を開いた。
『……広大なネットの空から、俺を見つけて声をかけてくれたこと――今は感謝してる。ありがとう』
「どういたしまして。でもそれはわたしたちも同じだよ」
『え?』
レベッカが画面の向こうで小首をかしげる。愛は圭と優に目配せし、小さく頷いたあと改めてレベッカに向き直った。
「だってね? あなたがこの広いネット上の、ただの点のような存在のわたしたちと話をしてくれて、歌ってくれて、バンドに入ってくれたから……わたしたちは今こうしてる」
「うん。そうだね」
「はい」
『……』
スピーカー越しに沈黙が流れる。だがそれは決して嫌なものではなくて、どこかくすぐったくて温かいものだった。
「……ねえレベッカ?」
『ん?』
「あなたの“声が自由に翔べる場所”、わたしたちと一緒に見つけよう!」
愛はそう言って優しく微笑む。レベッカは画面越しの見えないその笑顔につられたようにはにかみながら、小さな声で「うん」と返す。そして――
『あのっ!』
レベッカが再びスピーカー越しに話しかけてきたので愛たちは再び彼女の方へ意識を向ける。
『リベルカイトの……みんなの歌、聴きたい。聴かせてよ』
愛は目を細め小さく微笑むと圭と優に視線を向ける。二人もまた同じように笑顔を返してくるので、愛は小さく頷いてから言葉を紡いだ。
「うん、いいよ」
そしてスピーカーの方へ向き直り口を開く。
「今はまだ、この一曲しかないの。でもね、これからあなたの声と一緒に、たくさんの歌を奏でていくの。あなたも聴かせて? 歌を、声を! さあ、音を鳴らそう! わたしたちの――リベルカイトの!」
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↓
https://youtu.be/e1R2o185WdQ?si=674lefe98_tuuYhF
ここまでご視聴頂きましてありがとう御座いました。
『初恋サバイバル』の“幕間劇”として書かせて頂いた今作『リベルカイト』、いかがでしょうか。
今回書いてみて“音”を文字で表現することの難しさ、楽しさを知ることができました。
拙作ながら私の書きたかったことは大体出し切れたのではないかと感じております。
今作だけの中編作としてご覧頂いても構いませんし、次回以降の本編への足掛かりとして捉えて頂いても構いません。
本編の舞台はまた、まったりと緩い高校生活に戻ります。
今作をそこへの一匙のスパイスとして効かせられるよう次回以降の本編も不定期ながら書いて行けたら幸いです。
どんなお言葉、またスタンプだけでも構いません。
見てくださった方の心に少しでも何か残せたのなら嬉しいです。
ここまで読んで頂きありがとう御座いました。
令和7年 7月 26日 真上 悠




