共鳴:REBECCA is our voice ③
六月の上旬。再び愛の自室に三人が集まる。
愛は緊張の面持ちで、パソコンの電源を入れた。
ファンが静かに回りはじめ、画面がじわりと光を帯びていく。
それはまるで、無音の劇場で、幕が上がる直前の静けさだった。
愛は深く息を吸って、BREEZEスタジオで仕上げたあの曲を、フォルダから選んだ。心臓の鼓動が一拍、強くなる。
ログインと同時に、新しいメッセージが届いた。
REBECCA:来たね。
早速だけど、聴かせて?
Ai:うん。これが、わたしたちの初めての音。
あなたに届いてほしいって思って作った。聴いて。
――愛はそっと息を吸い込み、手元のファイルにカーソルを重ねた。
愛が音源ファイルを送信するとチャットはそれきり静かになった。
レベッカの返信はない。
ただ、画面の向こうで彼女が今まさにこの音を聴いている――その事実だけが張り詰めた空気を震わせていた。
数分が経つ。曲が終わる。
だが、通知音は鳴らなかった。
再び、無言。
レベッカは二周目を再生した。
愛はモニターに映る沈黙したチャット画面をただ見つめていた。
姿が見えない分だけ想像が膨らみ、胸の奥がざわつく。
それでも、愛は一言も発しなかった。
ただ、信じて待つことに決めていた。
三度目の再生が終わったとき、ついにレベッカが言葉を打った。
REBECCA:……どうして、私を知ってるの?
Ai:え?
REBECCA:この曲……私が今まで心の中だけで叫んでたものに、すごく近い。
誰かに話したこともないのに。
どうやって、こんな音を?
Ai:……知らないよ。
でも、あなたの叫びが夜風に乗って、たまたまわたしたちに届いたのかもしれない。
聴こえちゃったんだ、あなたの魂の音が。
REBECCA:……ふうん。
ねえ、この曲ってどうやって作ったの? 誰が詞を書いたの? 演奏は? レコーディングはどこで?
Ai:詞は優ちゃん。ギターとベースはわたし。
ドラムは圭ちゃん。ミックスは篠原律さんって人。
で、曲はわたしが作ったよ。
みんな、あなたのために全力で音出した。
REBECCA:……バカみたいに真っ直ぐね。
でも嫌いじゃない。いや、嫌いになれない。
――二人はしばしのあいだ、音楽の話でチャットを交わした。
影響を受けたアーティスト、好きなコード進行、歌詞の熱量――
レベッカは思った以上に語る人だった。
愛も嬉しくなって自然とタイピングが早くなった。
Ai:その様子だと届いたみたいね。わたしたちの音。
REBECCA:……ちょっと、うるさかったけどね。
でも、嫌いじゃない。
で、歌うときのポイント、ある?
Ai:そんなの、わたしの口から言うことは何もないよ。
だって、この曲はあなたの曲だから。
REBECCA:……あんた、そういうとこズルい。
私に全部任せるってこと?
Ai:うん。あなたならきっとわかるって思ってるから。
あ、ちなみにREBECCA、あなたの声域って? 大丈夫だと思うけど一応聞いておこうかな。
――愛は素直に気になっていたことを訊いた。声域はシンガーにとっての命であり、武器。
一般的に女性の音域は約2オクターブと言われている。動画で聴いた感じからではREBECCAは2.5オクターブは出ていると感じていた。
そして、画面にタイプされたREBECCAの返答は――
REBECCA:3
Ai:(っ! 3オクターブ!)
――予想の上を行く返答に、愛は興奮を隠しきれずに思わずパソコンの前で前のめりになってしまう。
だが、画面に映るREBECCAの返答にはまだ続きがあった。
REBECCA:3.5オクターブ。
Ai:(3.5オクターブっ!? これは……)
――愛は宝石の原石を見つけた職人のように、その大きな瞳をさらに見開いた。
指先が自然とキーボードに吸い寄せられるほどに、胸の奥から高揚が湧き上がってきた。
Ai:REBECCA、あなた、今まで声楽とかボイトレとか何かやってきたの?
REBECCA:いいえ。やってないわ。
独学、というか趣味よ。
Ai:(……独学でコレ……。なら、今後まだまだ伸びる。すごいな……!)
REBECCA:なに? 疑ってるの?
別にあんたに訊かなくったって、こんな曲歌えるんだからね?
――愛はその一言を逃さない。
返す刀でREBECCAの懐に潜り込む。
Ai:ふーん。この曲、けっこー難しいと思うんだけど?
REBECCA:……ふん。じゃあ聴かせてやる。
"私の"声で、"あんたたちの"曲を。
Ai、ボイチャ、繋いでいい?
Ai:もちろん!
――愛はようやく相手を同じ土俵まで引きずり出せたことに内心ほくそ笑む。
Ai:(声って、音よりも心に近い。今、わたしたちは――本当の意味で“出会う”……ここからだ!)
REBECCA:ユウとケイもそこにいる?
ちゃんと証人になってもらわないとね!
――愛は自分の左右に静かに座り、自分と同じく胸を高鳴らせている二人に笑顔を向ける。
圭が両手を胸の前で握りしめて黙ったまま勢いよく頷く。
優が興奮冷めやらぬ顔のまま目を瞑り、そっと頭を下げる。
そんな二人を見てから、愛はまた画面に向き直りキーボードを叩いた。
Ai:いるよ。わたしのすぐ隣に。
心強い仲間たちが……!




