共鳴:REBECCA is our voice ②
近日中に音源を渡す約束をし、今回のチャットは解散となった。
緊張の糸が切れた三人はその場で一斉にへたり込む。
「や、やった! やったね愛ちゃん!」
「さすがでした愛さん。お疲れ様です」
圭は喜びを全身でぶつけて愛に抱きつき、優は静かに微笑んだ。
愛はそのまま天井を仰ぎ、深く息を吐いた。
(――まずは、曲を書かなきゃ)
その思いは、火の粉のように胸の奥で燻っていた。
解散し、部屋に戻った愛は、灯りも点けぬまま電子キーボードの前に座る。
静まり返った室内。指先でそっと鍵盤に触れた。
ぽん、とひとつ。
白く光る音が、空気に溶けていく。
――レベッカの声。
その残響がまだ、鼓膜の奥で揺れている。
強く、尖っていて。
でも、どこか脆くて、痛いほど純粋な声。
(浮いてる、って言ってたよね。でも、あれは……)
指がもうひとつの鍵を押す。
低音と旋律が交錯し、形のない感情が流れ出す。
(あれは、自由の証拠なんだ)
目を閉じる。深く、深く、潜るように。
思考より先に、音が動いた。
――鋼のように冷たく、けれど確かに温かい旋律。
それは、レベッカという存在の模倣ではなかった。
彼女の“魂”を、愛なりの音で辿る、祈りに近い作業だった。
(……レベッカの声)
時間の感覚はとうに消えていた。
重ねては壊し、削っては足して。
何十回、何百回、音の海に潜っただろう。
夜が明ける頃――
彼女の手元には、傷だらけで、美しいラフデモが残された。
翌朝、優の元に届いた音源。
スピーカーから流れるのは、無機質なピアノ音に込められた激情の奔流だった。
それを聴いた瞬間、優はペンを取り、言葉を探し始めた。
(“自由”って、どんな言葉で綴れば伝わる?)
(この痛みは、誰の声で語ればいい?)
譜面に向かい、ペンを走らせては止め、言葉を唇で転がし、響きを確かめる。
削るたび、磨くたびに、レベッカの“影”が現れては消える。
指先が止まるたび、優は静かに息を呑んだ。
(届かない……まだ、この言葉じゃ――彼女の声に、触れられない)
感情の温度と、自分の体温を合わせながら、優は慎重に、詩の骨格を削り出していった。
やがて――その言葉たちは、英訳される運命にある。
――数日後の愛の部屋で。
「でも、なんで英語詞にするの?」
「だって……彼女が歌ってたの、日本のアニメの曲でしょ? でも、それって“気持ち”があったからじゃない? 初めて聴く曲を日本語で歌えって……難しいよ。確かに日本語上手かったけどさ」
「だったらこうやって、英語詞にして届けたい。彼女の“今”に届くように」
「英語にするって、大変だけど……楽しい。世界と本気で繋がってる感じがするよ」
「愛ちゃん、英文学科だし発音も上手いよね? 優ちゃんは?」
「あたしは日文学科ですけど、洋楽の単語なら馴染みがあります。音で感じてきたし」
三人は小さなテーブルを囲み、優の原詞をベースに、ひとつずつ言葉を探す。
歌える言葉、伝わる言葉、レベッカの声に似合う言葉――
響きと意味を両立させる奇跡の一語を、誰もが無言で模索する。
詩と音が絡まりながら、新たな言語として結晶していく。
優はその時間が、とても美しいものに思えた。
ただ音楽を作っているのではない。
レベッカに届く言葉を、三人で必死に“生んで”いるのだと。
――その週末。株式会社BREEZE音響スタジオ。
「りっちゃん、お願い。いつもの伴奏、入れてくれる?」
「いいわよ。録音、回すわね」
愛の友人であり、スタジオ主任でもある篠原律は、静かにヘッドフォンを装着する。
数多くの音響機器に囲まれる中、無駄のない指がキーボードに触れた瞬間――その旋律に、音の風景が灯る。
冷たく透明なイントロ。やがて膨らむ温もり。
律の調音は、愛の旋律に“物語”を添えていく。
ギターとベースは愛が演奏し、ドラムは圭が一発録りに対応した。
叩き終えた圭が無言で愛に向け親指を立てて見せる。息は上がり汗にまみれた顔ではあったが、今の圭の心を映したかのような爽やかな笑顔が浮かんでいた。
愛は優とともに、圭に対する敬意を抱かずにはいられなかった。
律が操るミキシング卓の向こうで、音が混ざり合う。
まるで、それぞれの想いが一つの身体として“息を吹き返す”ように。
――音は、形になった。
これは、“自由の言葉”。
そして、まだ名も無いこのバンドの、最初の一撃。
愛は想う。
REBECCAはこの音を聴いて、どんな言葉を返すだろう――?
この音が、空を漂う凧に、届いたとき。
彼女は、どんな空を選ぶのだろう――




