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予兆:Vocal is... ④

 そして、さらに日は経ち、月も移ろい始める頃――


「ねえ、愛ちゃん」

「ん? なあに圭ちゃん?」


 そんな週末の夕方、愛と圭の二人は愛の実家である『スナックかきつばた』でビールを呷りながら話していた。


「最近ずっとスマホ見てるけど、返事来た?」

「ううん。まだ来てない…」


 圭の問いかけに愛は首を横に振ると少し困ったように笑った。その笑顔を見て圭はどこか心配そうな表情で続ける。

「やっぱり、ネットの人じゃダメだったんじゃない? あの後、他にも何通か送ったんでしょ?」

「まあね……」

 愛はどこか他人事のようにそう呟くと、グラスに残った、苦く、まだ慣れないビールを一気に呷った。

 そんな愛に圭は心配そうな眼差しを向けたまま問いかける。


「ねえ……愛ちゃん」


 そんな圭の表情に、愛も少し困ったような笑顔を返すと、小さく肩を竦めて言った。


「…もう少し、やらせて?」

「勿論だよ!」

 そう食い気味に答える圭。そしてそのまま愛の瞳を覗き込んで言った。


「愛ちゃんがやりたいようにやるべきだよ! それが私たちの音になるんだから。でもね?」

 圭の言葉に、愛は驚き隠せず目を見開く。

「私、愛ちゃんにはいつだって笑顔でいてほしいな。だからもし辛くなったり苦しかったりしたら言ってね? 一人で頑張ろうとしないで? 私、どんなことがあっても愛ちゃんの味方だから。優ちゃんだって同じ気持ちだと思うよ?」

 圭の優しい言葉に、愛の表情が和らぐ。そして呟くように言った。

「ありがとう……圭ちゃん」

 知らない内に緊張をまとっていた愛の空気は、二人顔を見合わせて笑い合うと幾分和らいだ気がした。



 それからさらに一週間ほどが過ぎた頃――


「………………来た」


 愛のスマートフォンの新着通知欄に一通の見知らぬメールが届いていた。


 それはNewTube(ニューチューブ)から宛てられたもの――待ちに待ち望んでいた、REBECCAからのメールだった。


 愛は静かに目を瞑り一つ大きく深呼吸をすると、震える指先でスマートフォンの画面に触れ、そのメールを開いた。


 そこには一言。



"Do you know Kei and Yuu?"


(ケイとユウはあなたの知り合い?)



 とだけあった。


「……どうして………圭ちゃんと優ちゃんの名前を……?」

 愛は逸る心を何とか落ち着かせるよう努めながら、直ぐ様そのメールに返信する。



“ Kei and Yuu are my bandmates.

How do you know their names?


I wasn't expecting a reply so soon…

but I'm glad you did.


I found your voice by chance.

No, maybe it was fate.


There's a message in your singing—

something honest and raw.

It's rare.


I had to reach out. I couldn’t ignore it.


Please… I’d like to know more about you.

And if you’d let me,

I want to tell you about us.


(圭と優は、私のバンドメンバーです。

あなたはどうしてその名前を?


こんなに早く返信が来るなんて思っていなかった――でも、とても嬉しいです。


あなたの歌声を見つけたのは偶然。

でも、運命だったのかもしれません。


あなたの歌には、誠実で飾らない、そんな“何か”が込められていました。

それって、すごく稀なこと。


だから、どうしても連絡したかった。無視できなかったんです。


もしよければ、あなたのことをもっと知りたい。

そして――

私たちのことも、聞いてもらいたい。)



 愛の胸は早鐘のように高鳴っていた。

 震える指先でメールを打ち、送信する。

 そして、次の返信は今までとは打って変わり、すぐに届いた。

 その内容に愛はまた息を吞むことになる。



“I see.


Lately, I've been receiving similar messages not only from you,

but also from someone named Kei and another named Yuu.


They said,

'Please listen to Ai.

She's the one who leads our band.'


It's a bit unsettling, to be honest.


If there's something you need to say,

I'm willing to listen.


I usually don’t reply to messages like this,

but…something about yours made me hesitate.


Chat would be fine—when I have time.


(そう。


最近、あなた以外にも「ケイ」と「ユウ」という人から、似たようなメッセージが届いているの。


彼女たちはこう言ったわ。

『アイの話を聴いてあげて。

アイは私たちのバンドのリーダーなの』って。


正直、少し落ち着かないわ。


要件があるなら、聞いてあげる。


こういうメッセージには普段返信しないんだけど、

あなたたちのメッセージには少し迷った。


チャットでいいわ、私の時間があるときにね。)



 愛は胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。


(二人とも……)


 愛は溢れる思いを今はぐっと胸の奥にしまい込み、迅速にREBECCAとのチャットの日取りを取り決めた。






 『週末の土曜日二十時から』と、取り決められたREBECCAとのチャットに、愛は圭と優の二人を自室に招集し、三人でパソコンの前に座った。


 チャットはNewTubeのチャット機能を使った一対一のテキストでの対話方式。パソコンの前には愛が座り、その隣りに圭と優が背筋をピンと伸ばして座っている。


「愛ちゃん……本当に大丈夫?」

「うん。大丈夫」


 心配そうな圭に、愛は笑顔で答える。そしてREBECCAの入室を待つ間、チラリと隣りの二人に視線を向けて言った。

「二人とも、ありがとう。二人もREBECCAにメール送ってくれてたんだね……。今まで気づけずに、ごめん」

「ううん! 私は全然いいよ!」

 圭はそう言うと小さくガッツポーズをして見せた。そんな圭に優も笑顔を送ると愛を見つめてしっかりと返す。

「愛さんだけが頑張るのは違います。あたしたちは、仲間なんですから」

 それを聞いた愛は今更ながらに自分を恥じた。自分のことばかり考えていて、圭や優の気持ちに気付けていなかったことに。


(わたしは仲間に恵まれてるなあ……。だから、今度こそ、一人じゃない音を聴かせたい)


 愛はそう心の中で呟くと、小さく笑った。

 そして、入室を知らせる通知音が鳴る。


 入室してきた人物の名は――REBECCAだった。


「…さあ。今日の主役の登場だよ……みんなで勝ち取ったこのチャンス、必ずものにしてみせる!」


 愛はいつもより緊張をまとった低い声色でそう言うと、炎を灯したような瞳でまっすぐパソコンの画面を見据え、チャットのテキストボックスをクリックしてキーボードをたたき始めた。

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