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EP1-5:サカナナミダ

 フードコートで昼食を摂り終えた俺達は、再び順路を進んでいく。そして俺は前から疑問に思っていたことを岸に聞いた。


「そういえば爽風? 前にお前、泳ぎながら泣いてる時なかったか?」

 俺がそう言うと岸はギクッと体を強張らせた。

「な、何のこと?」

 俺はそんな岸の動揺を見逃さなかった。そしてもう少し突っ込んで聞いてみる。

「ほら、この前、皆帰った後、バッシーにもう一本って言って泳いでた時にさ」

「え? ああ! あ、あれはコンタクトがズレて痛かったからよ!」

「ふーん……でもお前、目悪かったっけ? 同じクラスだけど今までそんなに喋ったことなかったろ? お前のことまだ余り知らなくて……」


 そう。俺はこいつのことをまだよく知らない。だから、今こいつのことをもっと知りたいと思う俺がいることに、自分でも少々驚いている。

 話してみると意外とよく喋るし、相手のことをよく見て考えて行動しているのが分かる。見た目もちっこくて細らっこいが、可愛いというより、整った美人な顔付きは正直好みだ。


「だから、よかったら俺にもっとお前のこと教えてくれないか?」

 俺は岸にそう頼むと、少し照れながら頭をかいた。

「え? あ、うん……私でよければ……あと、また呼び方、お前に戻ってる! 彼氏の振り、バレちゃうよ?」

 そう言ってはにかむ岸の顔はとても綺麗だった。俺はそんな岸の仕草をもっと見ていたいと思ってしまう。そして俺の口は自然と動いていた。


「あ、うん。わりい。で、爽風は普段からコンタクトしてないだろ? してる奴は泳ぐ時ゴーグルしてるし、あの時爽風はゴーグルしないで泳いでたよな」

 岸は図星を突かれたのか、顔を赤くして黙ってしまう。俺はそんな岸に追い討ちをかけた。

「…何で、泣いてないなんて言うんだ?」

 俺が確信を持ってそう言うと岸は少し間を置いてから話しだした。



「……私、水族館が好き。水に囲まれて自由に泳いでる魚たちを見るのが好き…」

 岸は俺の隣で足を止め、アーチ状の水槽に片手を伸ばしながら、俺たちの周囲を優雅に泳ぐ魚たちを目を細くして眺めていた。

「ああ…」

 俺は短く相槌をうち、岸の言葉に耳を傾けた。


「昔から何か悲しいこととか辛いことがあると水族館に来るんだ……」

「………」

 岸はそう言うと俺の方を向き、少し微笑んでから話を続けた。

 そして俺たちはまた順路に沿って次の水槽に向かって歩いていく。俺はそんな岸に歩調を合わせてゆっくり歩きながら聴くのだった。


「魚って、水の中だと泣いても誰にもバレなそうでいいなーって思ってた。でも、泣いてるのが誰にも知られないってのも、淋しいなって思う自分もいてね……」

 俺は岸の話を聞きながら、その時になってやっと岸の想いが何となく分かった気がした。そしてそれと同時に今まで自分の中でモヤモヤしていたものの正体も少しだけ見えてきた気がしていた。


「私ね? 小さい頃は病弱でよく入退院を繰り返してたんだ……だから余計に水の中を自由に泳げる魚たちに憧れがあったんだと思う」

 岸はそう言って笑う。その笑顔は俺の目には悲しげに見えた。

 俺はその岸の話に異を唱える訳では無いが、気付くと思ったことを口走っていた。


「でもよ、一見自由そうに見える魚たちも水槽に囲まれている……大きく見りゃ川や海、それぞれ生きる世界に囲まれて生きている」

「………」

 岸は俺の話に黙って耳を傾けてくれているようだ。

挿絵(By みてみん)

「俺達だって学校という囲い、社会に出れば会社や家族、そういったものの中でそれぞれ生きていく。その中でどう泳ぐかが大事なんじゃないか? 一見自由そうに泳いでる奴らだって、きっとそれぞれ悩みを抱えてる。だけど、そんなの感じさせずに気持ちよく泳いでる奴はなんか、格好いいよな……」

 俺は上手く纏まらない言葉を思うまま岸に語っていた。岸はそんな俺を茶化すでもなく

「……そう思える司郎君は、素敵だね…」

 と一つ呟いたのだった。


 岸はまた暫くすると楽しげに水槽を見つめて言う。

「でもね、今は違うの。 私は泣いてるところを司郎君に見つけてもらえた。だから私、水の中で泣いたとしても淋しくないし、そんなことでもう泣きたくない」


 岸はそう言うと、また俺に笑顔を向けるのだった。俺はそんな岸に対して自然と言葉が出てきた。

「爽風は、一人で抱え込んで、泣いてるのをバレないように一人で泣いて……」


 強い? 偉い? 違うな……なんて言えばいいんだ、こいつのこと……


「爽風は、馬鹿だ…」

「ばッ!?」

 俺の口から溢れた言葉に岸が素早く反応する。でも俺はまだ続けた。

「ああ、馬鹿だ。そんなに苦しんでる奴がいるのに、呑気に見学なんぞしてた俺もな……!」

 俺は岸の目を真っ直ぐ見つめる。岸の綺麗な瞳が俺の顔を映し出す。

「いいか爽風!? お前がもう泣かなくてもいいように……悲しい時に水族館に来なくてもいいように! 俺が絶対になんとかしてやるッ!」

 岸は俺の剣幕に押されて言葉を失っているようだった。

「だから! もう俺が見てないところで泣くなッ! 泣きたくなったら俺が見ている前で泣いてくれ!」


「……何よそれ……それじゃ結局…私、泣けないじゃない……」

 岸は呆気にとられながらも、少し瞳を潤ませながら憎まれ口を叩く。


「だな……もう泣きたくなくなったか?」

 俺がそう聞くと、岸は眉をひそめて眉間に皺を寄せ言う。

「分からない……でも…!」

 岸は俺の正面に来て俺の顔をハッキリ見て

「今日、司郎君と水族館に来たことは、きっと楽しい思い出にできると思う!」

 と言って微笑んだ彼女の目は相変わらず一本線で、その顔が俺はとても愛しいと思ったのだった。



 水族館も一通り見終わり、俺たちは出口の方に向かって歩いていた。

「爽風、今日は付き合ってくれてありがとな。いい気分転換になったよ。水族館も偶にはいいもんだな!」

 俺がそう礼をいうと岸は首を大きく横に振る。そして俺を見つめながら聞いてきた。

「そ、それにしても司郎君? 私と水族館に来て本当に良かったの?」

 俺はそんな岸の質問にキョトンとしてしまう。そしてそのまま訊き返した。

「なんで?」

「だって、司郎君は……その……デート、初めてなんだよね? 私みたいので、良かったのかなって……」

 岸が何だか口籠りながら視線を明後日の方に向けながら話す。


「ん? 俺はお前の彼氏役だろ? お前と来なくちゃ意味がないし、そんなこと無しにしても、俺は岸と水族館来られて楽しかったぞ?」

 そう言うと岸は両手で顔を隠すと下を向きながら何か呟いていた。

「え? なに?」

 俺は、聞こえないくらいの小さな声で呟く岸に思わず尋ねてしまう。


 すると岸がゆっくりと顔を上げた。その顔には満面の笑みが浮かんでいたのだった。

「ううん! もう大丈夫!」

「そうか?」

 俺はそんな岸の笑顔がとても可愛いと思ってしまった。そして俺の胸も何故か高鳴っている。

 あれ? なんだこれ?

 なんか……岸のことが、やたら可愛く見えるな?



 水族館を出てから俺たちは駅に向かって歩いていた。

「そういえばさ? 司郎君は期末大丈夫? 来週からテスト週間で部活も休みになるでしょ?」

 岸が思い出したかのように聞いてくる。俺は少しドキッとした。

「あ、ああ。まあ……大丈夫だろ?」

 やべー! 全然勉強してない!


 そんな俺の動揺に気付いてか、岸は話を続ける。

「そう? まあ学校のテストなんて授業をしっかり聴いていれば解けるものね」

 そう言えば岸はクラスでも割りと優等生な方だった。

「爽風って勉強好きなのか?」

「好きってことないけど……必要な科目はそれなりにやってるって感じかな? でも、将来何かやりたいとかもないし。そんなだから内申点だけは良くしようって思ってるけどね」

 岸は俺の横で少し眉をしかめて笑いながら言う。


 内申点か……あんな噂を立てられちゃ、岸の今まで積み上げてきたものまで崩されかねないな……

 やはり早急に何とかしないと!

 俺はいきなり岸の前に回り込み彼女に声を掛ける。

「よし! 爽風!」

 そんな俺に岸が驚いて俺を見上げる。俺はそんな岸に構わず話を続けた。

「テスト週間は一緒に勉強しよう! てゆーかしてくれッ! 実は俺、成績そんな良くない!」

 俺がそう言うと岸は驚いた顔のまま固まってしまった。そして少し間を置いてから口を開き、言うのだった。

「……うん。いいよ」

「よし! じゃあ来週からは放課後図書室に集合でいいか?」

 俺がそう聞くと岸は笑顔で応える。

「うーん…でも、私は図書室より、司郎君の家で勉強したいかな?」

「俺の家? なんで?」

 俺は思わず聞き返してしまった。


 すると、岸は少し頰を赤らめながら言うのだった。

「だって……図書室だと他の生徒に見られるし、あまりお喋り出来ないでしょ? あ、司郎君ちが迷惑じゃなければだけど!」

 岸はそう言うと俯いてしまった。


 …確かに……他の生徒の目は気になるよな。唯でさえ変な噂立てられてるのに……

 俺は岸の頭に手を置くと優しく撫でながら応える。

「迷惑なもんか! じゃあ、俺んちで! 学校から少し歩くけどな!」

 俺がそう言うと岸は嬉しそうに微笑んで頷くのだった。


 他愛もない話しをしながら歩き、気付くと俺達は駅まで来ていた。

「じゃあまた来週だな!」

「あ、桃田君? 今日はありがとね」

 そう言って岸は振り返らずに改札をくぐって自分の乗るホームへと降りていった。


 俺は岸の姿が見えなくなるまで一人、改札の前で佇んでいた。

 そして少し重い足取りで反対のホームへと向かう。


 ()()君、ね……


 その言葉に、何故だか俺は一抹の淋しさを覚え、今日が終わったんだと実感させられた。

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