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予兆:Vocal is... ①

挿絵(By みてみん)

 世間はゴールデンウィーク。


 初夏の風が心地よく吹き始めた午後、国木田愛(くにきだあい)は二人の連れと一緒に地元のイタリアン系ファミリーレストランに来ていた。



 テーブルには色とりどりの料理が所狭しと満漢全席のように敷き詰められ、そこに同席した郡山圭(こおりやまけい)相田優(あいだゆう)は、その量に圧倒されていた。



「相変わらずよく食べるね愛ちゃん…」

 圭が呆れ顔で愛に言う。

「ん~? だって今日は朝早かったからさぁ~。ファミレスならいっぱい食べられるでしょ? ファミレスは偉いよ〜。安くて美味しいから好き〜」

 そう応えながら愛は満面の笑みでパスタを口に運ぶ。そしてダブルサイズのサラダをフォークでつつきながら言った。

「優ちゃんも遠慮しないで食べなよ! ほら!」

 そう言って愛はサラダを皿に取り分け、優の前へ差し出す。

「あ。…どうも…」

 優が手を伸ばしかけたそのとき、横から圭が怪訝そうに口を挟んだ。


「愛ちゃん、なんでそんなに食べるのに痩せてるのよ? ズルくない?」

「ギターってけっこーカロリー使うんだよ。本気で一時間も演ったらこんなのすぐ消費しちゃう」

 愛はどこか得意気に胸を張る。それを聞いてまた圭が羨望の眼差しを向ける。

 そんな二人を見比べながら優は静かにサラダをフォークで口に運ぶのだった。



「で? 今日私たちを呼び出したのには理由があるんでしょ?」

 圭が自分のドリアを口に運びながら愛に問う。

「ん? 偶には三人でお昼でもどうかなーって。ま、理由はそれだけじゃないけどね」

 愛は何食わぬ顔でそう答えた。

「…まあ、別にいいんだけどね。暇だったし」

 そんな愛に圭は苦笑するしかない。圭は苦笑したままの顔を優に向けると優もやんわりとした苦笑で返した。


 そんな二人のにぎやかな会話を聞きながら黙々と食事を続けていた優が不意にフォークを持つ手を止めると、少し躊躇いながら口を開いた。


「あの……」

「ん? なあに?」


 それに気付いた圭が聞き返す。すると優は意を決したように言葉を続けた。

「圭さんは普段お仕事されてるんですよね? 折角のゴールデンウィークに、どこか遊びに行ったり旅行に行ったりとかされないんですか?」


「ゔッ!」


 優の素朴で純真な質問に圭は、まるで核心を突かれたように言葉を詰まらせる。


「あはは! 圭ちゃんまたフラれたみたいでさー?」

 そんな圭に愛が笑いながら追い討ちをかけた。

「もー愛ちゃん! 言わないでよお!」

 圭は顔を真っ赤にして頬を膨らませる。その可愛らしい表情に優は思わず軽く噴き出してしまった。


(こんなに笑ったの、久しぶりかも)


 そしてそれは、二人が自分に心を開いてくれているからだとも優は思った。

 そんな二人を見て思わず優は微笑むと、少し考えながらポツリと愛に訊いた。


「国木田先輩。今日は今後のバンド活動について話し合いがあるって、呼び出されましたけど…」

 愛はピザを片手にメロンソーダを飲みながら、優に視線を移す。

「うん。実はね? わたしらのバンドをさ、そろそろ本格的に始動させようかなって思って」


「「え?」」


 圭と優が同時に声を上げる。そして愛は何故だが驚いた顔をしている二人を見比べながら続けた。

「だから今日はそのミーティングだよ」


 そんな愛の宣言に圭はどこか不安げに言う。

「ホントに、バンドやるんだ…?」

 ここにきて呆けたことを言う圭に愛が優しく微笑みかけた。

「やるよお。冗談で言ってると思った? ギターとドラムが揃った。曲はわたしが書くし、良い作詞家も見つかったし。ね?」

 そう言いながら愛は優を見て笑顔でウィンクを飛ばす。優はそれにドキッとしながらも愛の言葉に聞き入っていた。


「後はベースとボーカル。その二人が見つかるまでに、バンドの方向性をみんなで決めようと思ってさ、今日集まってもらったわけ」

「は、はぁ……」

 圭はまだ不安げな表情のままだった。


 そんな圭の不安を他所に優が口を開く。

「あの、国木田先輩……」

「ん? なあに優ちゃん? あとその先輩呼びやめようか。愛でいいよ」

 愛は笑顔で優の先輩呼びを指摘する。


「じゃあ、愛、さん……あの……」

「うん」

 口ごもる優の次の言葉を焦らさずじっくりと待つ愛。隣の圭もドリンク片手に横目で優の言葉を見守る。

「あの、ベースの件なんですけど、探すの、ちょっと待ってもらえませんか?」

「え?」

 今度は愛でなく圭が声を上げる。愛は尚も変わらず優の次の言葉を待っていた。

 優はそんな愛の顔をまっすぐ見ながら続けた。


「あの、あたし、まだ自分の“音”ってのがわからなくて……だから、その……」

 そんな優の言葉に愛は何かを察したように優しく微笑むと、はっきり通る声で言った。


「いいよ」

「!」


「ベース、演りたくなったんだね? いいよ、わたしが教えてあげる!」

 愛はそう言うと、優の空いた皿ににまたサラダを取り分けた。

「あ、ありがとうございます」

「その代わり、作詞も並行してやって欲しいんだ。優ちゃんの“音”が私たちのバンドの音になるんだから」

「はいっ!」


 そんな二人のやり取りを黙って見ていた圭だったが、やがて安心したように微笑むと愛がドリンクバーから持ってきてくれたメロンコーラを口に運んだのだった。

 存外、悪くない味だった。

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