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接触:YU is Me! ④

 優が愛の前から逃げた日から一週間ほど過ぎた温かな陽射しの午後、愛はいつもの様にいつもの場所でギャラリーに囲まれギターを弾いていた。

 しかし、その日はどうやら様子が違うようだった。


「…やあ、相田ちゃん」

「こんにちは、国木田先輩…」

 愛は少し驚いたような顔で優を見やって言った。彼女の顔は険しく、何やら思い詰めている様だった。

「もう聴きに来ないのかと思ったよ」

「……すみません」

「いや、謝らなくていいんだ。この前わたし、言い過ぎたのかなって思ってさ。ごめんね」

 愛はバツが悪そうに笑った。その笑顔を見て優も微かに笑う。だがすぐにまた元の険しい顔に戻ってしまう。

 優は無言でバッグから一冊のノートを取り出し、そのまま愛の前に突きつけた。


「…これ、聴いた曲のこと……書いてみました。見て、なんて言いません。でも、捨てないで」

 伸ばした優の手から愛はそっとそのノートを受け取る。まるで不思議なものでも見ているかのように。

 未だ視線を合わせようとしない優の顔を愛はそれでも真っ直ぐ見返して言う。

「…うん。捨てない。受け取る」

「じゃあ…」

 そう言って優は踵を返した。その背中に向かって愛は声をかける。


「あのさ、相田ちゃん?  “音”ってなんだと思う?」

(……“音”)

 優は立ち止まり、心の中で思う。

(そんなの決まってる)

「それは――」

 もう答えは出ていた。

 新緑の季節の到来を預言する一陣の風が二人の前を通り過ぎ、優は前を見据えたまま答える。

「自分の中で、聴こえてくる“音”です」

 そう言うと優は振り返ることなくそのまま確かな足取りで立ち去ったのだった。



 愛は片方の口の端を上げながらその後ろ姿を見送ると再び手元のノートに目線を落とす。


 そこには今まで優が聴いたことがある愛の曲に対しての歌詞がほぼ完成形で書き記されていた。

「ヒュウ♪ やるぅ…!」

 口笛を軽く吹きながらそう呟いて、今度はそのノートから視線を外し空を見上げる。

「面白い子だな。相田優ちゃん…!」


『Deep Groove(深溝) : Resonance(共鳴)』

 頁の端に走り書きされたその文字は、愛が優に興味をもつには十分な返答だった。







 その翌日に事件は起きた。

 それは正に、優の人生における“転機”の一つになる大事件だった。


 講義も終え、午後の陽射しに目が眩みながらも優はいつものように中庭を通りかかる。するとそこにはいつもより多くの人だかりが出来ていて、ざわつく声が耳に届く。


(何があったんだろう?)

 優が不審そうに顔を近付けようとした時、野次馬たちの中心部から唸るエレキギターの音が聴こえてきた。

「え、何? この音……!」

(まさか……っ)

 優は咄嗟に人垣に割って入り、その中心へと足を運ぶ。そこにはやはり愛がいた。

 しかし、いつもの柔らかい音はそこになく、代わりに重く、メタルな音が在った。


「国木田先輩……?」

 優のその声にも気付かぬ様子で愛は演奏を続ける。それは今まで聴いたどの曲とも違うものだった。

 ディストーションの荒波に乗るような轟音と激しいリフの連打が空気を震わせる。


「この曲……!」

(あたしの好み……知ってくれてる?)


 髪を振り乱し、飛び散る汗も気にせず、ただ一心不乱に弾くその姿は、まるで飢えた獣そのものだった。

 やがて、演奏を終えると愛は徐ろにギターを下ろし、一目で優の方を向いて言った。


「待ってたよ優ちゃん! ノート嬉しかった! ありがとね?」

「え、あ……いえ……」

 今まで見たことがないくらいテンションが高い愛の声に優は少し物怖じして応える。

「一緒にやろうよ、バンド!」

 そんな急すぎる提案に優が戸惑うのも束の間、愛は更に続ける。

「やろう! 優ちゃんの“音”を聴いたから書けた曲なんだ! こんなの滅多にないんだよ?」

「えっ、あたしはそんな才能は……っ」

 その言葉に興奮気味の愛は、優の手を取り大きく頷く。

「大丈夫! やれる! 優ちゃんの“音”は確かにわたしに響いたよ!」


(ああ……あたしはこの音を知っている)

 それは紛れもなくあの愛の音だった。

 ギターはこうでなくちゃ! と、優の中の自分が嬉々として腕を振り上げていた。そしていつしか“音”を創る楽しさに気付かされた記憶が蘇る。

 優は自分の鼓動が高鳴ってくるのを感じていた。それは体の奥に重く響く、ベースのような鼓動だった。


(あたしは……国木田先輩に会ったあの日からずっと、楽しかったんだ…)

 最初、物珍しさから集まっていた野次馬たちも、わけの分からない事態に次第に散り始め、やがて愛と優、二人だけがその場に残された。



 静かになった中庭で、優は不思議に感じたことを素直に愛に訊ねた。

「…どうして、今日はメタル弾いてたんですか?」

 愛は笑顔を崩すことなく自信に満ちた声で答える。

「ん? それは優ちゃんが一番わかってるんじゃない?」

 そう言って愛は一冊のノートを手に取りブラブラと揺すって見せてきた。

「ッ!!」

 それを見た優は瞬時に顔を真っ赤にさせて言葉を閉じた。

 そんな優を茶化すような目で見ながら愛は続ける。

「君がクサいメタル好きなの、歌詞見たらバレバレだよ?」

 優は尚も口ごもり、その沈黙がその事実を肯定していた。

「実はわたしもね、ハードロックやヘビメタ大好きでさ。そんなバンド作りたいって思ってる!」

 実際、愛の口から出る言葉の数々は的を射ていて、いちいち優の好奇心に突き刺さっていた。


「さっ! 曲は出来たんだ。バンドやろ? あ! もしかしてもう文芸部入っちゃった? わたしは別に掛け持ちでもいーけど」

 その言葉に優の心を揺さぶる何かを感じた。しかしそれは既に焦りからではない。

(あたしはもう……“逃げない”)

 “楽しいこと”を知りたいという好奇心が優を突き動かす。


「……いいえ。まだ入ってません」

「!」

 優の答えに愛は機嫌のいい笑顔になる。

「……あたし、まだ楽器も弾けないし、きっと足手まといになります……でもっ」

 それでもいいならと、優は付け加える。その目はしっかりと愛を見据えていた。

「……あたしも、“音”を届けたいから。よろしく、お願いします」

 そう呟いた優の目は、もう過去の自分を見ていなかった――


(あぁ……わたしが今一番欲しいものを、この子は持ってる)

 愛がずっと探していたのは“バンド仲間”だった。

 最初は一人でも良かったのだ。けれど次第にそれでは物足りなくなっていった。自分の“音”を理解してくれて、共に創れる人が欲しいと思うようになっていた。そこに現れたのが優だった。


(きっと優ちゃんはわたしの理想を形にする……!)

 愛は願った。自分の“音”を理解してくれる人が、友達になってくれることを。

「決まりだねッ!」

「え、あ、はいっ!」

 そんな愛に勢い余ったせいか、優の返事もどこか曖昧でぎこちないものになってしまう。だけど今はそれが逆に新鮮にも感じられてならなかった。

「やったー! あ、ベースもやってみる気ない? 教えるからさ!」

「は、はいぃ?」


 どうしてだろう。何故自分はこの人の前では自分のペースが崩されっぱなしになってしまうのだろう。と優は思う。

 けれど同時にどこかそれが嫌ではなく、むしろ楽しく思えてさえいたのだった。


 そんな中、二人の耳に大学の講師と思しき人物の声が聞こえて来た。

 校舎の方から何やら声を荒らげ、土埃を巻き上げながら近づいてくる人影。どうやら中庭で騒いでいた愛を注意しにやって来たようだ。

「あ……やば…」

「え!?」

 愛と優は顔を見合わせるなり一目散に駆け出した。

「それ! 優ちゃん走れ!」

「えええっ!?」

 まるで悪戯がバレた子供のように、二人は一目散に逃げてゆくのだった。


 そんな二人が、やがては“音”を創る楽しさを知り、共に歩む仲間になるのも、そう遠くはない未来の話。

優の詞から着想を受け、物語後半に愛が演奏していた音源がこちらの動画になります。

本編と併せてお楽しみ下さい。

https://youtu.be/6qcUrhEltH8?si=lcEBXm5-XWQodCIQ

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