邂逅:KEI is Key! ④
軽快なカッティングが室内に反響すると同時にジャラ…という弦を弾く音が圭の耳に届いた。
その響きを耳にした瞬間、圭の身体に震えが走る!
(この音……ッ!)
圭は打ち震えた。その音の正体に気が付きかけた途端、愛がテンポを上げて『エイトビート』でリフを弾き始める!
(これ……ッ!)
圭は思わず立ち上がりそうになるも堪え、ひたすらドラムを叩き続けた。
これがテクノだったら到底ついて行けなかっただろう。だが、このギターは違う!
(この子、私に合わせて弾いてる!?)
そんな思いを抱きながら圭は必死にリズムをキープし続ける。
そして愛は徐々に曲調をロックからメタル寄りのベースラインへと変化させる。圭も負けじとそれに合わせ、でも飽くまで自分はリズム隊だということを意識しながらスティックを叩き続けた。
愛は圭という人間を正直舐めていた。あのスナックで、自分が何曲か披露している間もビール片手に呑気にリズムをとっていた圭。
『ロックは好きだけど中々叩く機会がない』と言った圭に少し腕試しをしてやりたいという悪戯心もあったのかもしれない。
しかし圭の演奏を聴いた今、愛は瞬時にそれを見抜き、きちんとしたレベルに合わせて演奏することを選んだのだった。もう既に、圭に対する舐めた気持ちはそのドラムの音とともに掻き消えていた。
そして今、目の前で髪を振り乱し必死にドラムを刻む彼女を見て改めてその実力を思い知ることになる。
(このおねーさん……やる!)
そんな思いを抱きつつ、愛のギターソロが始まる。
勢いのままネックを縦にし、ピックを弦の上に滑らせながらリズム良くカッティングしていき、それを愛が弾き続ける。圭は敢えてそのギターソロにドラムで絡まない。飽くまでリズムセクションに徹して弾いていく。
そして次第に激しいリフから、今度はしっとりとしたスローテンポのメロディへと移り変わって行く。
フェイントと言うアレンジを加えつつ弦をピックで弾き続けていた愛の手がふと止まり、膝に置いたギターに目を落とすと音が消えた。
愛が圭を認め、与えたわずかな音と時間の余白。
(…このおねーさんは、どんな音を、創る…?)
だが、圭は鳴り止んだギターの音が返ってくるのを待つかのように、ただ静かにベースラインだけを忠実に叩き続けるだけだった。
(…あの子の弦が止まった……。でも、これは終わりじゃない…。私、試されてる、のかな? これ、何が正解!?)
圭は目を閉じベースラインを刻みながら戻って来ない愛の音を待った。
(…私はドラム……。ドラムはただドッシリと構えて曲全体を見渡して、毅然としていればいい! ふふっ。普段の私にも言ってあげたいな。一度浮気されたからって何なのよ? 私は……私自身を刻めばいいッ!)
開いた圭の瞳には慈愛が溢れ、その瞳で愛をまっすぐ見つめた。
その目を見た愛が一瞬ギクリと心臓を鷲掴みでもされたかのように目を見開いた。
(最初に勝負って言ったじゃんわたし…ッ!)
自分を追ってこない圭にわずかな苛立ちを感じたあと、再び愛の激しいフィンガーピッキングによるアドリブが始まる。
それはまるで『ついて来られるものならついて来こい!』と圭に挑発しているかのようだった。
その挑発を圭は受け流すかのようにひたすら冷静かつ精密にドラムを叩き続ける。
(う! この挑発にも乗ってこない!? あんなに必死な形相で叩いてるのに、心中は穏やかだとでも言うの? うわあー……。弾きやすいんだけどおーッ!)
愛は心の中で嬉しさと楽しさに嘆きながらもアドリブを弾き続け、ふと気がつくともう勝負は終盤を迎えていた。
そして最後のリフが印象的なイントロを刻み始め……再びギターソロへと突入する! 愛の勢いに乗った指先が弦の上で跳ね回り、華麗なメロディを紡ぎ出す。
すると、出番を待ち構えていたかのような圭のドラムがそこに流れ込むように重なってきた!
(この流れ……。なら、少しだけ私が前に出るべき……。速いBPM……。でもビートはエイトのまま弾いてくれている……。私がエイトビート好きって言ったから? ふふっ)
圭の両手両足は休息をつく暇もなく空を裂き、地を揺らす。
(お、おねーさん……ッ!)
その激しい愛の演奏に最初は押され気味だった圭だったが、次第にリズムに落ち着きを取り戻すと自分のプレイスタイルで愛に絡み始めた。
そんな圭のプレイを愛は身体全体で感じながら、凄まじい速さでピックを弾き続ける。
そして気付けば二人のセッションにフロアタムとスネアが加わっていた……! 愛が速弾きをする度に、圭はドラムの音数を増やしていく!
そのグルーヴのうねりは次第に大波となってスタジオ全体へと波及し……二人を中心にして怒涛の大渦が生まれた!
曲が終わり、圭が震えるシンバルを指で止めると嵐の後のような静寂が訪れる。
圭はしとどに汗を流し、少し惚けたような表情で佇んでいたが、すぐに愛の姿を見る。
そこには同じ様に放心したような面持ちでギターを抱えたまま床に突っ伏している愛の姿があった。
そんな愛を見た圭は、思わず愛に声をかける。
「あの……大丈夫?」
そんな圭の声を耳にして愛はハッと我に帰ると慌てて身体を起こす。そして少し照れた様子で圭に話しかけた。
「おねーさんこそ、ドラム、よかったよ。わたし、最後完全に乗せられちゃった…」
そう言って愛が笑うと、圭もそれに釣られて笑顔になる。
「ドラムは曲だけでなく、演者を乗らせるのも仕事だからね……。ギターすごい巧いね! 私も正直、ついて行くのに必死だったよ。でも楽しかったーッ!」
そう叫ぶと今度は圭が床にゴロリと仰向けになった。
「すっごいストレス発散できたー! 振られて泣いてたさっきまでの気持ちが嘘みたい!」
「ぷっ! あはははははッ!」
そんな圭を見て愛は思わず笑いだす。その自分の笑い声を聞いて、愛はふと思う。
(…こんな風に笑ったの、いつ以来だろ……)
途中から合流し、壁際で一人聴いていた律は鍵を受け取ると一言「二人とも、素晴らしかったわ」と、静かな絶賛だけを残し、満足げな顔をして帰っていった。
その後、二人はスタジオを出て、ビルの入り口の階段に腰を下ろして駄弁っていた。
二人はすっかり打ち解け、気付けば小一時間も話し込んでいたのだった。
「……あ、もうこんな時間か……そろそろ帰らなきゃ。それに、お店にお支払いしに戻らないと!」
ふと腕時計に目をやり、圭がそう呟く。
「あ、そう言えばそうだったね。じゃあエントランスまで送るよ。あと、お代はいらないよ。今日のところはおねーさんの勝ちってことにしといてあげる」
「え! でも…」
「いいから、受け取っておいて。あれだけの演奏みせてもらって、受け取れないなんて言われたらわたしこそ立つ瀬がないから」
そんな愛の物言いに圭は苦笑しつつ納得するしかなかった。
スタジオのあるビルを出て、駅まで歩く。
愛は不意に足を止めて圭に話しかけた。
「ねえ? わたし、一緒にロック演るメンバー探してるの…」
唐突な愛のその一言に圭は戸惑う。
「え? ロック……?」
「そう。さっき一緒に演ってみて……なんか、おねーさんの音、欲しくなった…」
そんな愛の物言いに驚きつつ、少し俯き加減で圭が返す。
「……ふーん………男性から言われたいセリフかも…」
そんな圭に愛はさらに言葉を続けた。
「わたしの音、どうだった? おねーさんに伝わるように、全力で弾いたんだ。……いや、違うな……。おねーさんだから全力を出せたんだ!」
「………」
圭が少し顔を上げると、そこには目を輝かせた愛の姿があった。
圭はそんな愛の真剣な様子が面白くなって目を線にしてクスリと笑うと……
「……こんな美少女に、そこまで言ってもらえるの、光栄です」
そんなおどけた調子で返事を返す。
そんな圭を見て愛も微笑む。そしてこんな提案をするのだった。
「おねーさん、わたしとバンド組もう。
まだメンバーはいないけど、きっとすぐに見つかる。
わたしたちの音を世界に届ける。
今日みたいなスタジオじゃなくて、武道館でもドームでも。
あの音を……もう一度。
必ず、要塞叩かせてあげる!」
愛がそう熱く誘ってくる。そんな愛の熱意に圭も真面目な表情になって返す。
「……先ず、その“おねーさん”て呼び方……改めて欲しいかな」
「え?」
「私の名前は『郡山圭』だよ」
そう言うと圭は右手を差し出す。そんな圭の手をそっと握りながら愛も満面の笑みで応えた。
「うん! よろしくね、圭ちゃん!」
今宵の空には、バスドラムのように鳴り響く満月が、一つだけ、静かに輝いていた。
※注釈――
『要塞』…複数の楽器を多重に配置したドラムセットの通称。
愛と圭の即興音源を整音したものがこちらの動画になります。
本編と併せてお楽しみ下さい。
↓
https://youtu.be/d6q_eE47sZQ?si=IkzGmPO5M9fazvRt




