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SP3:サヤカナコエ

挿絵(By みてみん)

 クリスマスも明々後日に近付いた曇天の午後。私は寒空の下、とあるお家の前まで来ていた。

 シックな色調の門構え。二階建てのその家は、私の住む家より少し大きい。

「お、お邪魔しまーす」

 私は門を開けると、恐る恐る玄関まで行き、インターホンを押した。ピンポーンという音が家の中に響くのが聞こえた後、ガチャリとドアが開く。


「いらっしゃい! 爽風(さやか)さんっ」

 中から出てきたのは、鬼頭(きとう)あかねさん。今日はニットのワンピースにスキニーと、相変わらずお洒落な格好をされている。

「こんにちは、あかねさん……今日は突然ごめんね?」

 私はペコリと頭を下げた。すると、彼女は一つクスと笑い言う。

「何言ってるのよ、全然いいわ! さっ、入って入って!」



 私達はあの騒動で知り合ってから、読書やファッションという共通の趣味でよく話をするようになり、今ではすっかり友達になっていた。

 私は彼女に招かれるままに家の中へと入った。


「お邪魔します……」

 今まで何度か遊びに来たことのあるあかねさんの家。私は勝手知った部屋の中へと進んでいく。そしてリビングに入ると、そこには見知った顔があった。

「あッ! 爽風先輩! お疲れ様です!」

 あかねさんの妹、あおいさんが私に気付くと、元気いっぱいに挨拶をして満面の笑みで私の下まで駆け寄って来る。

「あおいさん、こんにちは。お邪魔します」

 私も彼女に挨拶を返す。あおいさんは、今日は上下黒のスウェットというラフな姿だった。冬休みだもんね。

「爽風先輩、今日はどうしたんです? あ〜、先輩来るならちゃんとした格好しとけば良かったあ…」

 あおいさんは自分の格好を見下ろしながら、可愛らしく口を尖らせそう言っている。


「ちょっとあおい! 爽風さんは今日はあたしのお客さんなんですからね!? 爽風さん、あたしの部屋でいい?」

 あかねさんがプンスカしながらキッチンから出てくる。どうやらお茶を用意してくれていたらしい。

「あ〜、は〜い…先輩! また後で!」

 あおいさんは不満げな返事で応えると私に向き直り、またすぐ笑顔になってウィンクをしながらそう言った。

「うん。また後でね、あおいさん」

 私も彼女に笑顔で返事をすると、あかねさんと共に彼女の部屋へと入って行った。



「はい、どうぞ」

 あかねさんは私の前に紅茶とお菓子を置くと、自分の分もテーブルに置いた。

「ありがとう」

 私達はテーブルを挟んで向かい合うように座る。カーペットのフワモコした感触が心地よい。

「で、爽風さん? 今日はどうしたの? 急に相談があるって…」

 彼女は紅茶を一口飲むと、私にそう聞いて来た。

「あ、うん……私の友達で、男の子とお付き合いしてるの、あかねさんくらいしかいなくて……いただきます」

 私も紅茶に口を付ける。冷えていた体に紅茶の温かさがじんわりと染み込んでいく。

「と言うことは、桃田君のことね?」

「うん…そうなんだけど、そうでもないと言うか……」

 私はもじもじと俯き、言葉を濁す。あかねさんはそんな私を見て、何かを察したように微笑んだ。

「いつも割りとハッキリ物を言う爽風さんが言い淀むなんて、言いづらいこと? あたしで良ければ相談に乗らせて頂くけど?」

 あかねさんは優しく問いかける。私はその優しさに甘え、思い切って口を開いた。



「あのね? あかねさんは、その…彼氏さんと、セッ! せ、セッ…!」

「?」

 上手くその言葉が出せない私をあかねさんが不思議そうに見ている。

「えと、その……せ、()()()したことあるッ!?」

 恥ずかしさで吐き捨てた為か言葉の語尾が強くなってしまい、咄嗟に両手で自分の口元を押さえる。自分で触れたその頬はヤカンのように熱くなっていた。

 「性……交渉? え、えぇッ!?」

 あかねさんは私の言葉を聞くと、顔を真っ赤にしてワタワタと慌て出した。そして、そのままの勢いで紅茶を一気に飲み干すと、コホンと一つ咳払いをして言う。


「爽風さん、あなた……ヤッちゃったの!?」

 あかねさんは驚きを隠せていない大きな目で私を見つめる。私は慌てて手をブンブン振りながら否定する。

「ちがッ! まだしてな…ッ! あ、いや……した、のかな……?」

「え、どっち!?」

 あかねさんが私の反応に困惑している。私は慌てて取り繕う。

「…その、まだ、最後までは、してない……」

 私はしどろもどろになりながらもなんとか言葉を紡いだ。そして彼女はそんな私の言葉から何かを察して訊いてくる。

「途中まではしたのね…」

「う、うん。彼氏がいるあかねさんに、そういった事どうしてるか、聴きたくて……」

「あ〜、そういうこと……う〜ん……」

 あかねさんは少し考えるように上を向く。

「あ、あ! やっぱり、友達だからってちょっと際どい相談だよね!? ごめんなさい」

 私は、あかねさんの答えを焦って聞き出そうとしている自分の行動の浅はかさを恥じた。他人の性事情を聞くなんて、下品もいいとこだ。


「……でも、そこまで切羽詰まってるってことよね? 普段の爽風さんならあたしに訊かなくても自分でどうにか解決しちゃいそう。それに、あたしを頼って相談して来てくれたのは素直に嬉しいわ」

 あかねさんはそう言って微笑んだ。その笑顔は、まるで太陽の光のように温かく、優しいものだった。



「じゃあ……あたしも正直に話すね?」

 私がゴクリと唾を飲み込むと、あかねさんは口を開いた。

「あたしと(いぬい)君も、そういう雰囲気になることが今まで何度かあったわ。でも、いつもあたしが拒んじゃうの……だってあたし達まだ高校生じゃない? そういうのはまだ早い気がしちゃって」

「…乾君とは付き合ってるのに、拒む?」

 私はあかねさんに素朴な疑問をぶつける。すると、彼女はまた紅茶を一口飲み口を開いた。

「……乾君の事、嫌いとかじゃないのよ? むしろ好きよ! でも……」

 そこで言葉を詰まらせた彼女の表情には影が差していた。

「不安なのよね……この先もずっとこの人の事をあたしは好きでいられるのか。彼はあたしを好きでいてくれるのか……」

 あかねさんはそう言うと、「ふぅ…」と一つ息を吐いた後続けた。

「そんな気持ちで、本当に身体を許していいのかなって……」

 私は彼女の言葉にドキリとした。

「で、でも! それは男女が付き合っていく上で、自然に通過していく事なんじゃ……」

「うん……そうかも知れない。でも、あたしはまだ、自分の性に対して責任が持てない……身体を許すということは彼の全てを受け入れるということでしょ? あたしにはその覚悟がないんだと思う」

 あかねさんはどこか寂しそうな顔で笑った。


「……爽風さんはどうして桃田君と、その…したいって思ったの?」

 今度は逆に、あかねさんが私に訊いてきた。

「私は……彼とは付き合ってまだ半年もないけど、でも彼の事もっと知りたいし、私の事も知って欲しい。だから……」

「そっか。爽風さんは桃田君の事が本当に好きなのね」

「うん! あ、いや……その……」

 私が照れて口ごもっている間にも、あかねさんは話を続ける。

「爽風さんの中で、桃田君の存在はとても大きくなっていたのね……それに比べたらあたしの恋愛なんてお飯事(ままごと)の延長みたい……」

 あかねさんが自嘲気味にボソリと言う。

「そんな事ッ! あかねさんは、その……魅力的だよ? 友達の私から見ても素敵で、知的だしスタイルいいし。恋愛観だってみんな違うと思うし」

 私は慌てて否定する。すると彼女はクスッと笑い、また口を開いた。


「ありがと。でも、桃田君なら割りと真面目だから、一度したら嫁に来ないかとか言ってきそうよね!? ふふ! 流石に高校生でそれは無いかー」

 あかねさんは冗談めかして言う。その言葉で私はあの時の事を思い出し、また瞬間湯沸かし器となってしまう。

「ッ〜〜〜…!」

 顔を真っ赤にさせたまま俯く私を不思議そうに覗き込むあかねさんが、何かを悟ったかのように言ってくる。

「…え? え!? まさか、もう、そういう事、言われたとか?」

「ッ〜〜〜〜!」

 私は声にならない声を上げ、両手で顔を覆った。あかねさんが心配そうに私に声を掛ける。


「……ちょっと、爽風さん? 大丈夫? え!? ほんとにッ!?」

「…………う、うん」

 私は深呼吸をして心を落ち着けると、ボソリと呟いた。

「…言われた」

「えぇッ!?」

 私の言葉に驚いたのか、彼女は立ち上がった。そしてそのままの勢いで続ける。

「えッ、ちょっと! 桃田君ってああ見えて意外とやるのね!? すご〜い!」

 あかりさんが興奮気味に言う。私はもう何が何やらで、よく分からなくなってしまった。すると彼女はまた座り直し私に訊いてきた。

「それで? 爽風さんはなんて答えたの?」

「え!? いや! その時は全然そんな雰囲気じゃなくて! 返事をするとかしないとか…一瞬冗談かとも思ったし!」

「…でも彼、そういう冗談を言う感じの人でもないわよね?」

 あかねさんが真剣な顔付きで私を真っ直ぐ見据えて言ってくる。

「……う、うん…」

「………」

 あかねさんは無言で注いだ紅茶をまた一口飲むと続けた。


「それで? 爽風さんはどう思ってるの?」

 私は少し考えた後、口を開いた。

「えと……その、私まだそういうのは早いかなって思ってて……」

 私がしどろもどろに言うと、彼女は納得したように頷いた。そしてまた口を開く。

「……うん、分かるわ」

「そ、そうでしょ!? まだ高校生だし」

 私は思わず前のめりになるが、あかねさんは首を横に振る。

「でも、爽風さんは既に彼に身体を許してもいいと思えるくらい、好きだと思ってる!」

「はぇッ!?」

 彼女の言葉の意味をすぐに理解出来なかった私は、思わず間抜けな声を出してしまう。すると彼女は続けた。


「だから、聡明な爽風女史にはもうとっくに答えは出ているのよ」

 彼女はふふんと鼻を鳴らすと、紅茶を飲んだ。その仕草を見て思わず笑みがこぼれる。

「あははッ、何それ」

 私も釣られて笑った。するとあかねさんもクスクスと笑い出す。私達はしばらく笑っていた。



 そして一頻り笑った後、彼女が言う。

「……まぁね? 高校生の内にそういう経験しておくのも一つの勉強だと思うわ。お互いの事をもっと知るという意味でも」

「勉強……」

「爽風さん、実は保健体育とか、好きでしょ?」

「へ?」

 私が素っ頓狂な声を上げると、彼女はいたずらっぽく笑った。そしてそのまま話を続ける。

「爽風さんって、本読んだり勉強するの好きでしょ? 知識を蓄えるのが好きなのかなぁって思ってて。だから性にも興味津々なのかなって?」

 あかねさんのその言葉で更に私の顔は赤味を増した。

「え!? ち、ちがッ! え? 違わない、かも、知れないけど……」

 私はしどろもどろに答えると、彼女はまたクスクスと笑う。そしてそのまま続けた。

「まぁ、あたしも全く興味ないと言えば嘘になるけど、性欲の強さは人それぞれみたいだし?」

「え? え! 私が性欲強いみたいな流れになってるッ!?」

 私が慌てると、彼女はまた笑った。そして言う。

「あははッ! 爽風さん、可愛い」

「もうッ!」

 私は少し怒ったような口調で言うが、内心は嬉しかった。あかねさんが私の事をちゃんと理解してくれているのが分かって。


「でもさ、もし桃田君が本当に真面目な人だったら、そういう経験もまだ早いって考えそうじゃない?」

 そんなあかねさんの言葉にハッとする。確かに彼なら……そうかも知れない。彼はいつも私を大事にしたいと言ってくれる。でも、私と同じ気持ちだとも言ってくれた。


「あ、あかねさん、どうしよう……」

 わなわなと体を震わせながら私はゆっくりとあかねさんの顔を見る。

「ん?」

「…私、司郎くんの身体が目的なのかな!?」

「んンッ!?」

 あかねさんは一瞬驚いた顔になった後、目を細め笑顔で私の肩を叩く。

「いやそれはないでしょッ!」

 彼女はキレのいいツッコミで幾分私の心持ちを軽くしてくれた。

「そ、そうだよね!」

 私は彼女のその言葉に元気付けられて自然と笑みが溢れた。すると彼女も笑顔になる。そして言った。


「爽風さんは彼の事、ちゃんと将来を見据えて付き合えるほど、大好きなんだもんね?」

「う……うん」

 改めて言われるとやはり照れるものだ。私の頬はほんのり赤みを帯びている気がする。私が照れ隠しに視線を下に落とすと、あかねさんが口を開く。

「じゃあ、答えは出てるじゃない」

「……え?」

 あかねさんの言葉に私は思わず彼女の顔を見た。彼女はニコッと微笑むと言った。


「ヤッたら感想教えてね?」


「ッッッ!!」

 私は声にならない悲鳴を上げ、慌てて口を塞ぐ。あかねさんはククッと笑った後続けた。

「じゃあ、私ちょっとお手洗い。紅茶飲み過ぎたかも」

 彼女はそう言って立ち上がり、部屋のドアノブへ手を掛けた。何故か重そうにドアを内側に引くとコロリと一つの黒い塊が転がり込んできた。


「……さ、爽風先輩が、え、ええええ、えっちを………」

 それは、目を見開き、両膝を抱え、言葉を失ったまま硬直するあおいさんの姿だった。

「ッ〜〜〜………!」

 私とあかねさんも言葉を失い、お互い目を瞑り頭を押さえた。

「…あたしの、推しが……おし、お尻……」

 まだ分けのわからないことを言ってショックを受けているあおいさんに、姉が一言。


「アイドルでも、推しでも、誰でも恋愛はするの。でも、あんたにはまだ少し早かったようね……盗み聞きした罪は重いわよ、あおい…」


 そう言ったあかねさんはまるで赤鬼のような形相で、それはそれは恐ろしかったとだけ言っておきたい。

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