EP3-8:シェアアネモネ
翌朝、爽風は自室のカーテンを開けると日差しの眩しさに目を細めた。
「さあ! 朝ですよー! 皆さん起きてくださーい」
爽風がそう声を掛けると、同室の桃田姉達が続々と目を覚ます。
「ん……おはよう、爽風さん……」
「うーん……季美、朝弱いの。おやすみ」
そう言ってまた布団に潜ろうとする季美に爽風は苦笑し、友加里に声を掛ける。
「友加里さん、おはようございます。もう少しで朝食の時間なので顔を洗ってこられたら?」
「ん〜……」
友加里はむにゃむにゃ言いながら布団から身を起こすと、隣の布団で眠る季美を揺する。
「……ほら、起きなさい……爽風さんが朝ごはんだってよ?」
「…爽風ちゃん? 知らない子ですね…」
布団の中からそんなことを言ってくる季美。そんな季美を布団の上から友加里が軽く小突く。
「おふッ! 友加ちゃんだな〜?」
「何馬鹿なこと言ってんの! あんただって爽風さんのこと、ほんとはもう認めてるんでしょ?」
「…………」
「…今度はだんまりかよ……いい根性してる……てい!」
友加里の容赦ない蹴りが布団の中の季美を襲う。
「おぅっふ!? 今のは痛かった! 痛かったよー!」
ガバっと布団の中から季美が飛び起きる。昨日散々泣き腫らしたその目には、今も涙が浮かんでいる。蹴られた痛みからなのか、それとも――
「爽風ちゃんがいい子なのは、分かってるよ……ただ、季美がまだ、素直になれてないだけで……」
季美は顔を赤くして俯きながら小声で何やらもにょもにょ言っている。そんな季美を見て友加里は笑顔で季美の背中を勢いよく平手打ちした。
「痛ーーーッ!?」
季美が本当に痛いと言わんばかりに飛び上がった。
「ははッ! それだけ分かってれば、今は十分でしょ! ほら! 朝ごはん食べよッ!」
そんな姉達の様子を見て司郎もククと笑う。
昨晩のことを思うと、決してスッキリとした決着ではなかった。しかし、姉達にとって何か大きな一歩を踏み出せたのだろうと、司郎はそんな二人の様子を見て思った。
「んん……しろちゃぁん……助けてー…」
季美が友加里から逃げるように司郎の名を呼びながら這ってくる。
昨夜のこともあり、そんな姉の言葉に思わずドキッとしつつも、司郎は笑顔で応えるのであった――
「俺はここだよ、季美ねえ!」
東京のオフィス街に友加里が勤める法律事務所はあった。今日も遅くまで一向に減らない雑務をこなす。
友加里は時計の針が二十時を指そうとしている事に気付き、流石に今日はここまでと仕事に一区切りを着ける。
「うーーーん! よし、今日はこの辺で上りましょう!」
友加里は椅子の背もたれに寄りかかりながら大きく背中を反らし伸びをする。
それを受け、残っていたもう一人の職員が顔を上げた。友加里より二年下の後輩で、彼は友加里のことを頼りになる先輩と慕っていた。
「お疲れ様です、桃田先輩!」
彼はいつもの言葉を投げ掛けようか迷い、今日も心の中で葛藤が始まっていた。
(今まで帰りに食事に誘っても一度も来てくれたことはなかった……)
自分に脈が無いことを薄々感じ始めてはいたが、それでも声を掛けずには居られない魅力が友加里にはあった。
(今日こそはッ!!)
「あのッ、よかったら飯食って帰りませんか?」
いつもなら顔も合わせず背中で「用事があるから」とか「またねー」と軽くあしらわれるのだが……
「ん? んー……」
何故だか今日の友加里はその声に振り向き、少し上を向いて何やら考えているようだった。
どういう風の吹き回しかと、彼は内心とても驚いていた。
「そうだなあ。今から帰って作るのも面倒だし……偶には外食もいいかもね」
友加里のその言葉に信じられないと言った顔で彼は絶句している。
「どこかいいお店知ってるの? 任せるわ!」
そう言って彼に向けられた友加里の微笑みは、今までよりも少し柔らかい気がした。
「あ! 桃ちゃん! 今晩空いてる?」
食堂で昼食を食べ終えた季美は、シェアハウスの友人から突然そんなことを言われて何のことか分からずに首を傾げる。
「ん? 今日は特になにも…」
「KO大の法学部の面子とコンパあるんだけど、偶には来てみない?」
その友人は笑顔を浮かべてそう言うと、季美の肩に手を置いた。
「いや、わたしはちょっと、そういうのは……」
「え〜? いいじゃん! 偶には顔出そう? 桃ちゃん可愛いからきっと盛り上がるよ!」
そう言って友人は季美の腕を掴み、甘えるようにねだる。
「うーん……やっぱごめん。わたし、最近失恋したばっかだから」
「え!? 桃ちゃんが!?」
友人は驚き、思わず声を上げる。そして、そんな友人の様子を見て季美も少し驚いた様子で言う。
「え? わたしって失恋した事ないように見える?」
「うん! ていうか、季美ちゃんみたいな可愛い子、振る人がいるの!?」
友人は驚きを隠せない様子で季美の両肩を掴み、捲し立てる。
「あはは……それがまあ、いるんだなあ……」
そう言って苦笑で応える季美に友人は更に続ける。
「えーッ! どんな人!? ねえねえ!」
そんな友人の勢いに押されながら、季美はその人物について一言、穏やかな顔で話すのだった。
「…お姉ちゃんと同じくらい、好きな人、かな」
【エピソード3 完】
ご覧いただきありがとう御座います。
気の向くままに書き下ろした短篇の三本目です。サブヒロインを変えて気ままに続きます。
今回は三回目にして早くも司郎の姉達が登場してきましたが如何でしたでしょうか。
サブタイトルにも御座います“アネモネ”の花言葉をご存知でしたら、そちらも併せて読み進めて頂けますと、この姉弟をよりご理解頂けるかも知れません。
少しでも感じて頂いたところ御座いましたら一言でも構いません。ご意見ご感想いただけますととても励みになります。
今後「こういったヒロインのエピソードを見てみたい」とか御座いましたらお申し付けください。
真上流に面白可愛くアレンジさせて頂けたら幸いです。
普段はXにおりますのでお気軽にお声がけください。
乱文失礼致しました。




