EP3-5:ネイザーブラザー
ようやく二人に落ち着きを取り戻させ、ビーチへとやってきた四人。
海の家で借りたパラソルを設置し、レジャーシートを敷く。
「よし! 軽く海水浴と行くか!」
そう言うと司郎は荷物をパラソルの下に置き、早速海へ向かおうとする。
「しろちゃん待ったぁ!」
今まさにビーチへ飛び出そうとしていた司郎の背中に季美の緩い声が突き刺さる。
「な、なんだよ季美ねえ?」
「ふふ……海に入る前にぃ、季美にオイル塗って?♡」
そう言うや否や、季美はその場でうつ伏せになり、水着の上をずらして真っ白な背中をさらけ出した。
「は? な、なんでだよ?」
突然の季美の申し出に戸惑う司郎。その顔には『早く海に入りたいのに』と書いてある。しかし、そんな反応などお構い無しに、友加里が続ける。
「ああ、それいいわね! じゃ、じゃあ私もお願いしようかしら!?」
そう言うと今度は友加里も背中を司郎に向ける。その背中はシミひとつなく美しい。
そんな二人の姉を見て爽風は思わず赤面したが、当の本人達も、特に友加里は顔を真っ赤にして羞恥に耐えているようだった。
「ったく。コレ塗ればいいのか? 下手でも文句言うなよな」
司郎は季美からオイルを受け取ると、渋々といった様子で季美の背中にオイルを塗っていく。
「ん……ッ! ハァ……んん」
「お、おい! なんか変な声出すのやめろよ!」
思わず手を止める司郎に季美が声を掛ける。
「あ! だいじょぶだから続けて続けてー」
「たく……はい終わり! 次は友加ねえか?」
「あーん。しろちゃんもっとー」
季美の抗議を無視して司郎は友加里の方へと向き直る。
「へ? あ、ああ、うん……」
そして、友加里も限界に近い恥ずかしさの中、うつ伏せになり震える指で水着の紐を解く。ボリュームのある胸が地面に押しつぶされ、背中からでも分かるくらいその存在を主張していた。
司郎はなるべくそれを見ないよう、平常心を保つことに意識を集中させる。
「わりい爽風、ちょっと待っててくれ」
傍らで頬を朱に染め三人を見ていた爽風に声を掛けながら司郎はオイルを手に取り友加里の背中に塗っていく。その指の感触に友加里は敏感に反応してしまう。
「ひぅんッ! ああ……んんッ!」
そんな姉の反応を見ても司郎は相変わらず表情一つ変えず淡々と作業をこなしていく。
「だーかーらー! 変な声出すなって!」
司郎が最後にパチンと少し強めに友加里の背中を平手で打つ。
「うんんんッ!! 」
司郎に打たれた友加里は背中を一瞬仰け反らせるとぐったりとその場に突っ伏した。
「よし、終わりな! 爽風も塗るかー?」
司郎はそんな姉の様子を気にも止めず爽風にオイルを勧めるが、爽風は首を大きくブンブンと左右に振りながら断った。
「う、ううん! 私はもう自分の塗ってきたから大丈夫! ありがとう」
「そうか。じゃあ行くか! 待たせて悪かったな爽風!」
爽風の言葉を聞くと司郎は立ち上がって海の方へ歩いて行く。
「あ、ちょっと待ってよしろちゃん! 季美と友加ちゃんはどうするのー?」
そんな司郎の遠ざかる背中に向かって、うつ伏せに突っ伏したままの季美が声を掛ける。
「荷物番お願いなー」
司郎はそう言って海へ入って行く。そして、爽風も季美たちにペコリと頭を下げるとその後を追っていったのだった。
「もー。しろちゃんったら」
そんな爽風と司郎の背中を見送りながら、うつ伏せのまま季美は不満を漏らす。
「……ねえ、季美?」
友加里がうつ伏せのまま季美に声を掛ける。
「ん? なあに?」
「なんか私達、ただ恥かいただけのような気がするんだけど……」
「うーん……そうかも!」
季美は悪びれもせず「テヘ」と舌を出しておどけてみせた。
「ここまで季美の言いなりになって体張ったのに……チロは気にも留めてくれない……ぐす」
「泣かないで友加ちゃん? 季美の考えた作戦はまだ百八も残ってるんだよ?」
「そっか。まだ百八も……って、何よそれ!?」
「しろちゃんを落とすための作戦だよー」
「大丈夫なの? こんなの続けてる間に私がおかしくなりそう……」
「友加ちゃんは真面目すぎるんだよー」
そんな会話をしながら二人はしばらく遠い目で海を眺めるのだった。
「司郎くん、腕の調子良さそうだね?」
浅瀬で司郎と水を掛け合いながら爽風が司郎に訊く。
「おう! いつも爽風が気に掛けてくれるお陰だ! ありがとな!」
爽風は海での司郎との時間を満喫していた。そんな爽風に、司郎が改まった表情で伝える。
「なあ、爽風……ちょっといいか?」
「ん? どうしたの?」
司郎の様子にどこか真面目な話かと察した爽風は水を掛け合うのをやめて浅瀬に腰を下ろした。すると、司郎もその隣に腰を下ろす。そして少し言いづらそうに、言葉を選ぶように話し始めた。
「爽風ってさ、その……俺のことどう思ってる?」
「え!? そんなの決まってるよ………大好き…」
突然の問いに爽風は驚きつつも迷わず答えた。すると司郎は爽風の方を向くと真っ直ぐに目を見つめて告げる。
「あ、ありがとう………俺さ…初めてなんだ」
「……え? 何が……?」
何を言われているのか分からず爽風が訊き返すと、司郎は少し恥ずかしそうな顔で言った。
「人を好きになるのも、人から好きになってもらったのも。家族以外の誰かから好きって言ってもらえるのって、こんなにも嬉しいことなんだな…」
「司郎くん……」
そんな司郎の言葉に爽風は驚きつつも、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
女子の間では割とモテる存在であることを当の本人は気付いていない。だからと言って、爽風は今更そのことを彼にどうこう言うつもりはなかった。
そして思案している爽風に構わず司郎は続ける。
「爽風と知り合ってから俺、どんどん爽風のこと好きになってる! だから俺さ! 爽風のこと大事にしたいんだ!」
「……ッ!」
司郎の真っ直ぐな言葉と視線に、思わず爽風の目から涙がこぼれ落ちた。爽風はくしゃくしゃになった顔を両手で隠すように俯き、泣いた。
「…ふ、ぇえ……ッ……ぅぅ……」
「さ、爽風? なんで泣くんだよ?」
突然泣き出した爽風に動揺する司郎。そんな司郎を爽風は涙を拭って見つめ、そして優しく微笑んだ。
「ご、ごめん……嬉しいの…」
「そ、そっか……」
司郎が照れて頭をかくと爽風は再び笑顔になって続けた。
「私も……初めてなんだ……こんなにも、男の子を好きになったの……」
そんな爽風の答えに今度は司郎が驚いて目を見開く。感動で胸が熱くなり目頭が熱くなる。しかし、男は泣くまいと堪え、すぐに優しい表情に戻り爽風に言った。
「…そっか! 俺たち同じだな!」
「うん。私たち、同じだね」
そんな二人のやり取りを少し離れた所から友加里と季美が見守っていた。
「あの子たち……もう完全に二人だけの世界ね…」
「むうー、なーんか面白くないよぉ」
友加里の言葉に反応して不満を漏らす季美。そんな妹に友加里が声を掛ける。
「で? あんたの悪だくみはもう終わりなの? 気が済んだのならもうこの辺で爽風さんを認めてあげたら?」
その問い掛けにピクリと反応する季美だったが、やがて立ち上がると友加里を見てニヤリと笑う。
「ううん、これからだよ……爽風ちゃんには悪いけど、そう簡単にしろちゃんは渡さないんだから!」
「………そう」
友加里は妹の弟を想う気持ちに、自分の『溺愛』とは違う“ズレ”を感じてはいたが、それを今まで季美に言うことは無かった。
そして、これからもきっと言うことは無いのだろうと、この時は思っていたのだ――
陽も傾き、海水浴から旅館に戻った四人は、夕食までに入浴を済ませようという流れになった。
「はい! じゃあ各自準備の出来た人からお風呂行ってきて! お夕飯はこの部屋で食べるから、それまでには戻ってね?」
「はーい、友加里せんせー!」
「誰が先生だッ!」
友加里の言葉に季美がボケて、また友加里がツッコむ。本日何度もそれを目にした爽風は、さすが仲良し姉妹だなあと頬を緩ませる。
「チロ? 準備出来たなら先に行って来ていいわよ。お風呂は『松の湯』よ。間違えないでね?」
「了解。『松の湯』ね? じゃあちょっくら行ってくる!」
司郎はそう言い残すと着替えを持って部屋を出た。
その後ろ姿を見送り、友加里と季美は目を合わせて頷き合う。
「行ったわね……」
「うん。じゃあ次の作戦開始…!」
そんな二人を爽風はキョトンとした顔で見ていた。
「ふぃーっ! 大きい風呂はいいなー!」
司郎は上機嫌で湯船に浸かっていた。
「俺一人しかいないし、まるで貸し切りみたいだな!」
そう言って足を伸ばしていると、脱衣場の方から数人の客が入ってきたようだった。
「あッ! 司郎くん?」
その聞き覚えのある声に振り向くと、そこには爽風と二人の姉が揃って立っていた。
「えッ!? なんでここに!?」
思わず湯船に潜る司郎。そんな司郎に友加里は笑顔で答える。
「なんでって……ここ家族風呂よ?」
そんな衝撃的な言葉に司郎は思わず叫ぶ。
「ええッ!? 家族風呂ぉッ!?」
「うん。そうだよ♡」
季美が笑顔で答えると、司郎はまたも潜って頭を抱える。
(どうなってんだ!? 湯気でよく見えなかったけど、爽風までいたよな? は、裸?)
司郎はチラと爽風の声のした方を盗み見る。するとそこにはタオルで前を隠して水着を着た爽風の姿があった。
「み、水着ッ!?」
司郎は思わず大きな声を出してしまう。
「ご、ごめんね司郎くん。その、断れなくて……」
爽風が申し訳なさそうに司郎に謝る。しかし、そんな爽風に構わず、司郎は続けて叫ぶ。
「な、何考えてるんだよ姉ちゃんたちッ!?」
「こほん! 久し振りの姉弟水入らずだし、な?」
「それにしろちゃん、左手怪我してるでしょ? 洗うの手伝ってあげよーかなーって」
司郎の叫びに対して、同じく水着を着た友加里と季美はしれっと答える。そして爽風も苦笑いを浮かべている。そんな姉二人を怒ったように見る司郎。
「……俺は水着着てねーんだけど…?」
司郎は口までお湯に浸かりながら、もごもごと不満を口にする。そんな様子に姉二人は顔を見合わせる。
「いったい誰があんたのオムツ交換してあげたと思ってるのよ? 今更チロの裸の一つや二つ見てもどうってことないわよ」
「そうだよー。一緒によくお風呂入ったでしょー?」
「それは昔の話だろーッ!」
司郎はバシャッと水面に顔を出して叫ぶ。そんな様子に姉達は更にニヤニヤするのだった。
友加里が司郎のいるお湯へと入って行き、その右腕を掴んで引っ張り上げる。
「ほらチロ、体洗ってあげるから出てきなさい!」
「ちょ……ッ!? やめろよ、恥ずかしいだろ!」
そんな司郎の言葉も聞かず友加里は強引に腕を引っ張り湯船から引き摺り上げた。
「へ?」
その時友加里の目に入ってしまった。司郎の大事なところが。
友加里は言葉を失い、全身を真っ赤にして体を硬直させて、ただただ司郎のそれを凝視していた。
「ゆ、友加ちゃん!?」
そんな友加里に季美が慌てて駆け寄る。そんな二人を見て司郎は今だと言わんばかりに浴槽から上がり、近くにあった風呂桶で股間を隠し脱衣場へと一目散に逃げ出した。
「じゃ、じゃあ俺先に上がるから! 後はごゆっくり!」
そう言って脱衣場に入り、扉を勢いよく閉めた。
「…チロの、チロが、チロじゃなくて……」
「友加ちゃんしっかりして〜!」
季美が放心状態の友加里を揺すりながら叫ぶ。
そんな二人を爽風は呆然と眺めていた。
「私も、ゆっくりお風呂、入りたかったな……」
爽風はポツリとそう呟くとガックリ肩を落とした。




