EP3-4:サマーライド
翌日、桃田家に四人は集まり、司郎の母親から借りた軽自動車に荷物を積み込んでいた。
「友加ちゃん、本当に運転大丈夫〜?」
季美が細い目を更に細くして心配そうに友加里に訊く。
「多分大丈夫でしょ? 東京に居るとほとんど車乗らないけど、ペーパーのあんたよりは運転してるわよ……前に運転したのいつだか忘れたけど」
友加里はトランクに自分の荷物を積みながら答える。
「そうなんだ〜。でも、運転は気をつけてね?」
「わかってるわよ! もう! 人乗せるんだからそれこそ安全第一よ」
そんな二人の様子を見ていた爽風が思わず口を開く。
「お二人は仲良しなんですね」
その一言に二人は同時に反応する。
「まあ、ね。これでも姉妹二十年やってるし」
「友加ちゃんは頼れるお姉ちゃんなんだー」
そんな二人を見て司郎は思わず笑みがこぼれる。
「なんだか久々だな、こういうの。やっぱ友加ねえと季美ねえがいると賑やかだな」
そんな司郎の一言に二人は顔を赤くするのだった。
「よし! じゃあ出発!」
友加里はそう言うと車のエンジンを掛ける。
「お? 掛かった! 行けるわよ!」
「友加ちゃんやっとエンジン掛かったねー。でもちょっと不安ー」
「はあ!? あんた誰に言ってんの? 置いてくわよ? ほら、みんな乗りなさいよ!」
そんなやり取りをしながら車に乗り込む三人。助手席には季美、後部座席に司郎と爽風が座ると車は発進した。
「それにしても、お盆休み真っ盛りに、よく旅館予約できたな?」
司郎がそう言うと友加里はハンドルを握ったまま答える。
「まあ、ね。ちょっとツテがあって」
「え〜? そんなのあったっけー?」
季美が首を傾げると、友加里は少しムッとした顔になる。
「あんたねぇ……私の人脈を何だと思ってんの?」
「いやだって〜、友加ちゃんて友達少ないじゃん?」
「……ッ!」
「あ! ほら! 今信号赤だよ!?」
思わず急発進しそうになる車を、季美が慌てて止める。
「友加ちゃんってば動揺し過ぎ〜。そんなにショックだった?」
「ああもう! 確かに私は友達少ないわよ! この歳でそんなことでいちいち落ち込むか!」
司郎はそんなやりとりを助手席から楽しそうに見ていた。爽風も笑いを堪えている。
そして、信号が青に変わると車は発進した。
「その私の数少ない友達に、千葉で民宿をやってる子がいてね? 急なお願いを聴いてくれたの。私の人望に感謝しなさいよ?」
友加里は運転しながら得意げに言う。
「へえ! 友加ねえも隅に置けないな!」
そんな司郎の反応に、とうとう爽風が笑いを堪え切れず吹き出した。
「ぷふッ!」
「な、何よ爽風さんまでッ」
そんなやりとりをしていると、車はある施設の前で止まった。その施設は海水浴場近くにある小さな旅館だった。立て札には『旅館あい川』と書かれている。
そして、車を降りた四人はチェックインを済ませる為フロントへと向かった。
するとすぐに友加里はフロントに居るスタッフらしき女性に声を掛けられた。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い溌剌とした挨拶で、その着物を着た女性は司郎たちを迎え入れる。
肩にかけた赤茶色の髪を揺らし、少し吊り目だが優しげな瞳と鼻筋の通った端正な顔立ち。歳の頃は季美と変わらないくらいに見える。
「本日はお越し下さり誠にありがとうございます。ご予約頂いた桃田様ですね?」
「あ、はい」
友加里がそう答えると、その女性の後ろからもう一人従業員らしき女性が姿を現した。
「ようこそいらっしゃいました!」
その女性は明るくそう言うと深々と頭を下げる。年の頃は友加里と同じくらいだろうか。長い薄茶色の髪を後ろで一つに纏め、笑顔が眩しい日本人離れした美貌を持つ女性だった。
「あ! 球子さん! 今日はありがとう! ほら、あんたたち、この人がさっき話してた私の友達の球子さんよ」
友加里はそう言うと三人に目配せする。
「友加里さん、よく来てくださいました。皆さんも、ようこそ」
球子と呼ばれた女性が柔和な笑顔を向ける。
「うわー。お二人とも美人〜」
「本当に……よろしくお願いします」
「よ、よろしくッス!」
三人がそれぞれ緊張と賛美を混じえながら挨拶を返す。球子は先にいた女性の隣に立つとその女性の両肩に手を置き
「この子は私の妹のほむらです。まだ女将修行中の身ですが、仲良くしてくださいね」
と笑顔で自分の妹を紹介した。
「あ、相川ほむらです! まだまだ駆け出しの女将ですが、よろしくお願いします!」
緊張しているのか、ほむらはぺこりと頭を下げる。司郎たちも慌てて頭を下げた。
「球子さんの妹さん、ほむらさんが女将なの?」
友加里が気になったのか球子に訊く。球子は笑顔を崩すことなく答えた。
「ええ。この子、先日こちらの息子さんと婚約しまして。それで、花嫁修業も兼ねて女将修行中なんです」
「へぇ…素敵ですね。おめでとう御座います。ほむらさん」
友加里がそう言って微笑むと、ほむらは恐縮したように頭を下げた。
「いえ! そんな…! あ、あたしなんかまだまだです!」
「羨ましー。季美も結婚したいなー。おめでとーございますー」
そう言いながら季美は司郎の腕に抱き着く。
「ご婚約おめでとう御座います。憧れます!」
爽風もそう言いながらもう片方の司郎の腕を取る。
「あ、ありがとッ…! あり、が……うぅ…ッ」
ほむらは突然の皆からの祝福の言葉に感極まったのか、顔を赤くしながら涙を零して俯いてしまった。
「あらあら、ほむらったら……ごめんなさいね? この子ってば泣き虫で」
球子はそう言ってほむらの頭を撫でながらクスと笑う。
泣きべそをかくほむらを後に、球子が四人を部屋へと案内する。
「こちらがお泊り頂くお部屋です。では、何か御座いましたら、友加里さん、何なりと、ね?」
そう言うと球子は友加里にウィンクしてみせる。
「うん! ありがとう球子さん!」
友加里はその美しいウインクと蒼く縁取られた瞳に思わず見惚れてしまうも、はっきりと礼を述べた。
「では、ごゆっくり」
そんな球子の言葉を背に、四人が案内された部屋へ入るとそこには畳の良い香りが漂っていた。
「おお! いい部屋じゃない!」
友加里は部屋に入るなり嬉しそうにそう言うと荷物を下ろす。そして爽風に向かって言った。
「ほら! 爽風さんも入って入って!」
「あ、はい! お邪魔します」
爽風は部屋に入ると畳の上に座り込み、その感触を確かめるように手でそっと畳を撫でた。
「わあ……気持ちいいですね……」
「でしょー? ほら、あんた達も突っ立ってないで座んなさいよ!」
友加里に促されて司郎と季美も部屋に入り荷物を下ろすと畳の上に座った。
「おお……確かにいいなこれ! うちの座敷とはなんか違うな!」
そんな司郎の反応を見て友加里は得意気な顔になる。そして、畳の上に仰向けに寝転ぶと伸びをした。
「くうう……気持ちいい〜。やっぱ畳は最高だね〜」
そんな友加里を見て季美も真似をして畳に横になる。
「わあ〜、ほんと気持ちいー!」
それを見て司郎と爽風も顔を見合わせると、それぞれ畳に寝そべった。
「なんだか、すげえ落ち着くな…」
「だね。畳のいい香り…」
二人はそう言って顔を見合わせ微笑む。
「さーて、少し休憩したらお夕飯まで少し海に行ってみない?」
司郎と爽風が寝そべったままの状態で会話していると、その二人を上からのぞき込むようにして友加里が言った。
「いいね!」
「はい! 行きたいです!」
「んじゃ決まりね」
そう言うと四人は海水浴の準備に取り掛かった。
(事前に友加里さんから水着を持ってきてとは言われてたけど……この前行ったプールの時と同じ水着……司郎くん、見飽きちゃったかな……)
爽風は海の家の更衣室で水着に着替えながら、そんな後ろ向きなことを考えてしまう。
そして、水着姿になると恐る恐る更衣室を出てみんなを待つ。するとすぐに司郎が爽風を見つけて駆け寄ってきた。
「爽風! 相変わらずその水着、いいな! あッ! 決して水着だけがいいって意味じゃなくてだな、それを着こなせる爽風がすごいと言うか、綺麗と言うか…ッ!」
更衣室から出てきた爽風を見てしどろもどろに声を掛ける司郎。
「あ、ありがとうッ!」
爽風はそんな不器用に褒めてくる司郎に頬を赤らめ笑いながら礼を言う。
次は友加里が更衣室から出てきた。
「お待たせ! って、何イチャついてんのよ? あんたたち付き合ってんの!?」
そんな二人の様子を見て呆れ顔で言う友加里。
「だから! 付き合ってんだよッ!」
と透かさず司郎がツッコミを入れる。
「わあ………」
そんな司郎の横で爽風が友加里の姿を見て絶句していた。
友加里は髪までしっかり整え、癖毛ながらもそれを上手く活かし大人の色気へと昇華させている。
堅苦しい眼鏡を外してコンタクトにし、ウォータープルーフのコスメで極めたその顔面は地の良さを十分に引き立たせていた。
そして、その豊満なバストとヒップは紫のビキニでしっかりと強調され、同性の爽風でさえ思わず生唾を飲み込んでしまう。
「友加里さん、とっても綺麗……スタイルも、すごいです……」
「あ、あまり見ないでね爽風さん? そ、その……やっぱ恥ずかしいわよ季美ぃッ!!」
友加里は全身を真っ赤にして季美に助けを求める。そして、最奥から季美が不敵な笑いと共に登場した。
「フッフッフー! どうかな? 季美ちゃん全力メイクの友加ちゃんは? 驚いたでしょお? 友加ちゃん元が良いんだから普段からもっとお洒落すればいいのにねー」
季美は際どい露出はないものの、そのスタイルの良さを際立たせるような可愛らしい水着姿だった。
「お待ちかね! これが季美の愛されボディだよ! しろちゃん! よーくその目に刻みつけてね!」
バーンと音が聞こえそうな勢いで司郎の前に腰に手を当てモデル立ちをする季美。
細身ではあるものの、しっかりと自己主張をしてくる胸、砂時計かと見紛うほど見事に括れた腰、透き通るように白い肌、スラリと伸びた細長い脚。水着になると更にその女性らしさが強調されている。
「あ、うん。二人ともいいんじゃない?」
そんな大見得を切った二人の姉に対し、司郎はスンと顔色一つ変えずあっさりと答える。
「ああーッ!? 何その反応! もっと褒めてくれたっていーじゃない!? チロに褒められたいからこんな格好までしたってのにーッ! 季美ぃーッ!!」
そんな司郎の反応に不満だったのか友加里は季美の肩に抱きつくと前後に揺する。
「それは季美のせいじゃないよーう!」
季美は友加里に揺すられながら、犯人を見るような目で爽風を見やった。そして、その視線を受けた爽風は引き攣った顔で答える。
「季美さんも友加里さんも、とってもスタイルよくて綺麗です。う、羨ましいな!」
「「爽風さん(ちゃん)に言われてもねーーーえ!?」」
二人の声がハモり、しばらく爽風は二人から言われのないウザ絡みを受けた。




