EP3-2:レディタイラント
「ただいまー」
「たっだいまー。しろちゃん元気だった?」
数日後、司郎の姉、友加里と季美が大きなスーツケースを転がして実家に帰ってきた。
「おかえり、って姉ちゃんたち荷物多すぎだろ!?」
司郎は玄関まで迎えに来たが、スーツケースのあまりの数に思わずツッコミを入れる。
「私の荷物は一つだけよ。後は全部季美の。ほらコレ、季美が好きな生プリンと抹茶のダックワーズ」
友加里は靴を脱ぎながら司郎に向かって手荷物を差し出し答える。その隣に季美も並ぶ。
「女の子の荷物は多いんだよー? 友加ちゃんありがとー。好きー♡」
「ああ……まぁ……そうね…」
司郎は二人の荷物を受け取りながら生返事で答えると、二人はさっさとリビングへと歩いて行ってしまった。
司郎はリビングの座敷の上でくつろぐ二人の前に冷たい麦茶を二つ置く。
「ありがと」
「ありがとー、しろちゃん♡」
司郎は二人の前に座って一息ついた。そして二人に向かって口を開く。
「で? 二人ともなんで急に帰って来たんだ?」
友加里と季美は顔を見合わせ、それぞれ答える。
「ラインでも言ったでしょ? 久し振りに長期休みが取れたのよ。何? 私の実家に顔出しちゃ悪かった?」
「い、いや……」
この眼鏡を掛けた威圧的な姉が、長女の友加里。
二十六歳独身。一流法学部を出て今は司法書士として法律事務所で修行中の弁護士の卵だ。性格は真面目で、曲がったことが嫌いな熱血漢。
ボサついた黒髪を肩口で切り揃え、お世辞にもお洒落とは言い難いラフな服装。強い意思が具現化したような眉。目尻は遺伝からか少し垂れてはいたが力のある眼差しで、整った容姿と相まって見る者を萎縮させる。
「しろちゃん、季美がいなくて寂しかったでしょ?」
このおっとりした感じの姉が、次女の季美。二十歳の大学二年。大学の近くで女子だけのシェアハウスで楽しくやっているらしい。
ミルクティー色のサラサラなロングボブで、前髪をニットのヘアバンドで上げ額を出した可愛らしい容姿。童顔で長いまつ毛に垂れた目尻と憂いを帯びた口元は道行く男性の瞳を奪うことだろう。
性格は自由奔放でマイペース。長女とは正反対の性格なのだが、司郎はこの二人が喧嘩という喧嘩をしたところを今まで見たことはなかった。
「別に寂しくなんかないって」
司郎は自分も麦茶を飲みながら季美の問いを一蹴する。
「でも、しろちゃんここんとこ全然連絡くれないよね? 他に連絡取ってる子いたんじゃないの?」
「ッ!? そ、それはだな……」
司郎は飲んでいた麦茶を思わず吹き出す。
「あら、図星? 相変わらず嘘がつけないのね」
友加里が眼鏡をくいっと上げながら詰まらなそうな顔で麦茶で喉を潤す。
「え! 誰誰ッ!? 水泳部の友達?」
季美は緩やかなテンションのまま身を乗り出して司郎に訊ねる。
「い、いや、その……まあ、水泳部の奴だけど」
司郎は二人の前でバツが悪そうに俯く。
「水泳部……あれでしょ? 中学から一緒だった……遠藤君!」
友加里がピンと来て司郎に訊く。
「遠藤? ああ、芳樹とは今も偶に遊ぶよ。相変わらずいい奴でさ」
司郎は芳樹のことを思い出すと思わず顔が綻ぶ。
「ふうん……その子と遊んでたから私たちに返信しなかったのね?」
友加里は探るように司郎にそう訊いた。
「……え? あ! いやッ! そうじゃないんだけど……」
友加里と季美は何故か一番可能性がありそうな質問をして来ない。その事に疑問を感じながらも、司郎はいよいよ煮詰まり、自分から白状しようと思い立った。
「友加ねえ、季美ねえ! 驚かないで聞いてくれ……俺、実は……」
司郎は真剣な顔付きで二人の顔を交互に見る。その雰囲気を察したからか、二人は急に落ち着きなく視線を泳がせる。
「ま、待てッ! べべべべ別に無理に言わなくていいんだぞ!?」
「うううんッ! 季美もなんか聞かなくてもいいかなーって!」
姉二人に明らかな動揺が見て取れたが、司郎は意に返さずその口を開いた。
「俺、彼女できたんだッ!」
「「いやああああぁああーーーッ!!」」
姉二人が両手で自分の耳を塞ぎ、畳の上に突っ伏した。
「えッ!? え? 何?」
司郎が二人の反応に面食らっていると、友加里がガバッと起き上がり司郎に詰め寄る。
「かッ! かのッ! 彼女だとぉお!? 貴様、お姉ちゃんというものがありながらッ!?」
「ちょッ! 待て待て待て! 友加ねえ落ち着けって!」
「そ、そうだよしろちゃん! 友加ちゃんを落ち着かせて! そして季美とデート行くの!」
「季美ねえも落ち着けってッ!」
そんな姉二人を司郎は慌てて宥めた。しかし、友加里も季美もその目は血走っており、まるで飢えた獣のようだ。
「私がちょっと家出てる間に、こんなバカな話があるかあッ! 見損なったぞチロッ!」
「ねえねえしろちゃん! その彼女さん、妄想なんでしょ? そうなんでしょ?」
友加里と季美は前のめりになり、興奮気味に司郎に詰め寄る。二人は怒りながらも顔は恋する乙女のように赤らめていた。
「い、いや……だからさっき言っただろ? 俺、本当に彼女できたんだって? かーちゃんには紹介してあるから、疑うなら聞いてみろよ」
司郎がそう言うと、二人の醜い喚き声はピタと止み、友加里と季美は顔を見合わせると、台所に居るだろう母親の下へ一目散に駆け出した。
「ああ、爽風ちゃんかい? いーい子だよぉ! 真面目でおとなしくて! 司郎には勿体ないくらい! あんたたちも少しは爽風ちゃんを見習いなッ! いつまでも弟離れ出来なくてみっともないったらないよッ!」
母親にそう言われた二人の頭上には『ガーン』という漫画の描き文字のようなオノマトペが浮かび上がる。
「そ、そんな……私だって、真面目じゃない……?」
「季美だって、おとなしいほう、だよね……?」
友加里と季美がブツブツ言いながらその場で項垂れた。
「ああ? なんだこれ…?」
そんな二人の様子を見て司郎は不思議そうに首を傾げる。
「……チロ」
「……しろちゃん」
「な、なんだよ?」
友加里と季美の顔がゆっくりと司郎に向けられる。その顔はこの世に未練を遺して逝った落ち武者のような顔だった。
「季美たちにも紹介してくれるよね?」
季美は涙ぐんだ瞳で司郎の手を握った。その横で友加里も恨めしそうな目でじっと司郎を見詰めている。有無を言わせるつもりは毛頭なさそうだ。
「わかった、わかったから! だから二人とも落ち着けって!」
そんな姉二人の様子に呆れながらも、こんなにも早く紹介することになるなんて思ってもいなかったので、司郎自身も大いに困惑していた。




