EP3-1:シスターズバック
二人の女性が今、この時違う場所で、スマホに届いたメッセージを同時に見て、同時に戦慄した。
[桃田家の母@かーちゃん]
お盆には帰ってくるのかい?
休みが取れるなら偶には顔出しなよ。
お父さんも喜ぶから。
そこには母親からのメッセージが徒然に書き連ねられていて、二人の娘はそれぞれに「またいつもの世間話か」と読む気が失せ、メッセージアプリを閉じようとした。
だが、最後に適当に締め括られた一文に目が留まる。お互い目を見開き、スマホに顔が付きそうなほどその一文を凝視した。
二人の娘が戦慄を覚えた一文にはこうあった。
[桃田家の母@かーちゃん]
そうそう、最近司郎に彼女ができたみたいなのよ。
これがまたいい子でさ!
じゃあね。
[桃田家の母@かーちゃん]
(変なキャラクターが「バイバイ」と手を振ってる変なスタンプ)
「ッ………………」
二人の娘は今、この時違う場所で、今年の夏こそは帰省しなくてはならないと、固く決意するのだった――
くっきりと浮かぶ白い雲、照りつける夏の陽射し。空の青とアスファルトの境界から舞い上がる陽炎が道行く二人を幻想的に揺らめかせる。
照り付ける太陽は、容赦なく二人の体を熱して、じっとりと汗ばませた。
「あっつ……」
零れる声は桃田司郎のもの。額に浮かぶ玉のような汗を拭い、空を仰いだ。
隣に立つのは岸爽風。長い黒髪を低い位置で一つに結い、涼し気な眼差しで空を見上げる。
「暑いね……」
「ああ。アイスでも食ってくか?」
二人は微笑みを湛えながら並んで歩く。
学校は夏休みでも水泳部に所属している二人には部活動がある。
司郎たちが通う高校の運動部は午前中のみで終わる“部活コース”と、午後も一日通してやる“選手コース”の二つのコースが用意されていて、いつでも自由に切り替えて参加できるという、生徒の自主性を重んじる校風だった。
司郎は“選手コース”で爽風は“部活コース”に普段から参加していたが、司郎の怪我のこともあり、この夏休み中は二人で午前だけの部活コースに参加していた。
「あ、でも私、冷たいものそんなに食べられなくて…」
「じゃあ、一つ買って二人で食べないか?」
司郎はそう言って丁度通り掛かったコンビニへと爽風を誘う。爽風も彼のその快晴のような笑顔にひかれて、くすりと微笑み、頷いた。
「爽風はどんなの好きなんだ?」
司郎がアイスコーナーの冷蔵庫の中を品定めしながら隣の爽風に訊く。
「んー……アイスキャンディとかシャーベット系より、柔らかいアイスクリーム系が好きかな。司郎くんは?」
「俺は……そうだな、アイスなら何でも好きだけど、特に好きなのは苺とかミカンとか、果物系の味が好きだな!」
司郎のその返答に爽風はくすと笑い
「苺…うん、美味しいよね苺……かわいぃ…!」
爽風は下を向いてくすくすと笑いを堪えて、苺が好きと言う司郎を愛おしく感じていた。
「な、なんだよ、変か?」
「ううん、違うよ。私も苺味好きだなって! ほら、じゃあこれにしない?」
爽風が手に取ったのは可愛いピンク色の紙包装に苺柄の描かれたアイスクリーム。口と目を弧に細めて司郎に見せるように持ち上げる。
「おう!」
二人はレジで会計を済ませてコンビニを出てすぐにパッケージを剝いて司郎が爽風に差し出す。
「ほら爽風、先にどうぞ!」
爽風は司郎の顔を下から覗き込むように見つめて
「そのまま、持ってて…」
爽風は差し出されたアイスを司郎に持たせたまま顔を近づけた。
髪を掻き上げて耳に掛け、目を閉じて自分に迫る爽風の顔に司郎は言いようもない妖艶さを感じ、瞬間赤面しながらもその目を逸らそうとはしなかった。
(やば……なんか、エロいな……!)
爽風の白い歯が桃色の冷たい棒を齧ると、爽やかな苺の果実の甘酸っぱさが口に広がり、爽風の頬が緩む。
「美味いか?」
「ん〜〜〜ッ!」
司郎の問いに爽風は冷たさに少し顔を顰めながらも笑顔で頷き、その笑顔を見た司郎もつられて微笑む。
「美味しいよッ! 司郎くんも食べてみて?」
爽風は相変わらず目を線にしたままニコニコと司郎にも勧めてくる。
「ああ、じゃあ…」
そう言いながら司郎はアイスに視線を落とすが先程爽風が齧ったところがその歯型にくっきり残っていて、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。
(……これって、間接キスじゃ?)
そんな疑問が頭をよぎり、司郎はどこから口をつけていいのか迷ってしまう。
「どうしたの? 早く食べないと溶けちゃうよ?」
そんな司郎を爽風が不思議そうに見つめる。
「い、いや……その……」
爽風に急かされながらも、そのアイスの歯型から目が離せない司郎。
「ちょっと貸して」
爽風は司郎からアイスを受け取ると、今度は司郎に向かってアイスを差し出した。
「はい! 今度は私が食べさせてあげる。どうぞ?」
そう言いながら爽風はアイスを司郎の口に近付けてくる。しかもその先端は爽風が齧ったところと同じ場所。
「あ、ああ……ありがとな」
爽風はニコニコしながら司郎にアイスを食べさせようとする。司郎はその可愛い笑顔とピンクのアイスを見比べるが、やがて意を決したようにその先端に齧り付いた。
「美味しい?」
爽風が上目遣いで司郎に感想を訊くと、彼は頬を赤らめながらも笑顔でコクコクと大袈裟に頷いた。
「間接キス、しちゃったね……」
そう言った爽風の顔も苺のように真っ赤で、司郎は確信犯だったとようやく気付いた。
(…上手だわ……)
司郎は彼女に多分今後も頭が上がらないのだろうなと、そんな予感がしていた。
駄弁りながら爽風が乗る駅近くまで歩いて来た時だった。
「そうだ。爽風、お盆辺りは部活も休みになるだろ? どっか出掛けないか?」
「お盆……うん。いいよ」
爽風はにこっと微笑んで頷いた。
司郎は心の中でガッツポーズしながら、さらに提案をする。
「どこか行きたい所あるか?」
司郎の問いに爽風は少し考えてから答えた。
「うーん……司郎くんと一緒なら何処にでも行ってみたいけど。司郎くんのお家はお盆でお墓参りとか行ったりしないの?」
「墓参りかあ…小さい時は毎年家族でばーちゃんち行ってたけど、最近は上二人が家出でからは家族で行くことはなくなったな」
「上、お姉さん二人なんだよね?」
「そ、アネキが二人。俺含めて三人姉弟」
「ちょっと会ってみたいかも」
爽風は目を細めながらそう言って微笑んだ。
「そうかあ〜? うるさいだけだぞ? 上のアネキは堅物で融通利かないし、下のは奔放で掴みどころがないし…」
司郎は苦笑いしながら姉二人について話す。
「そうなんだ? 個性的なお姉さんなんだね」
爽風は優しく微笑んでそう言った。
「物は言いようだな。でも……」
司郎はそう言って急に歩みを止めると、爽風に向き直る。
「いつか爽風にも紹介できたらって思う」
そう言って微笑む司郎の笑顔に爽風も頬を染め微笑んだ。
「……私も、お姉さんたちに気に入られたら嬉しいな」
二人は笑い合うと、再び並んで歩きだす。
「そうだ、お盆休みの過ごし方だけど……」
爽風は先の話題に戻り司郎に話し掛ける。
「司郎くん家で宿題しようよ」
爽風は言いながら、肩を竦めた。
「俺んち? この前の期末の時みたいにか? 別にいいけど……その、デートとかじゃなくていいのか?」
「うん。宿題一緒にやるのも、その……れっきとしたお家デートじゃない?」
少し顔を俯きがちに、頬を染めて爽風がそう言った。
「そ、そっか……」
(お家デート……)
その言葉に司郎も思わず赤面した。そんな司郎を見て爽風はクスッと笑う。
「な、何笑ってんだよぉ?」
「ふふ、何でもない」
そう言いながら二人は楽しそうに微笑み合っていた。
その時だった。
司郎のスマホに着信音が連続で鳴った。
「あ、悪い爽風、ちょっとケータイ見ていいか?」
「うん」
司郎は制服のズボンの後ろのポケットからスマホを取り出し着信メッセージを確認する。そしてその内容を見て絶句した。
「うッ!?」
「どうしたの? 司郎くん?」
爽風は心配そうに司郎を覗き込む。
「……家族の、グループラインに……」
「何て?」
司郎は無言でスマホの画面を爽風に見せると、爽風はその画面をじっと見つめて読んだ。
[桃田友加里]
お盆休み取れたので五日ほど帰ります。
お土産何か希望あれば言って。
[季美ちゃん]
サンブリーズの生プリンとー
やぶき亭の抹茶ダックワーズよろ♡
[桃田友加里]
どっちも人気店じゃないの…
買えたらね。
てゆーか、季美も帰るの?
[季美ちゃん]
友加ちゃん好きー!
季美もねー 夏休みはみんな実家帰ったりで
シェアハウスもガラガラになるから帰ろーかなーって
[桃田友加里]
学生は気楽でいいわね…
それより司郎は元気にしてる?
[季美ちゃん]
そうそ! しろちゃん全然連絡くれないんだもん
季美もしろちゃんにお土産買っていくねー
爽風は司郎のスマホからゆっくりと顔を上げて、彼を見る。
「……司郎くん……」
「ああ……なんか、姉ちゃんたち、お盆に帰って来るらしい……」
そう言った彼の顔は気の毒なくらいに引き攣っていた。