SP2-2:ラバラバ 後編
「いらっしゃいませ〜」
私たちは気まずい雰囲気を纏いながら、店員さんの挨拶もそっちのけでそそくさとそのコーナーを探す。
「……なあ爽風?」
「何? 司郎くん?」
「買い物するのにここまで変装する必要あるのか?」
「分かってないわね……今日のお買い物はいつもと違うの。これは誰にもバレることなく目的の物を入手する必要がある、謂わばスニークミッション!」
普段はあまりしない三つ編みのおさげを二本垂らし、ニットキャップにマスク、伊達メガネまでかけた私たちは一見すれば芸能人かと思えるほどの変装をしていた。
「目的物って……ただのゴムだろ?」
サングラスをかけた司郎くんは呆れ顔で私に話しかけてくるが、私は真剣な顔付きで彼に向き直り言う。
「じゃあ司郎くんはそのただのゴムをあのレジのお姉さんから躊躇なく買えるの!?」
「うッ!」
「この買い物はね司郎くん、私達はこれからそういうことをしますよ〜ってこと、人にバレるわけにはいかないの。ましてや知り合いになんて絶対に!」
私はそう言って司郎くんに詰め寄る。
「わ、分かったよ……でも爽風、それって未成年の俺達でも買えるのか?」
司郎くんは訝しげな顔をして私に質問してくる。まあ、確かに気になる疑問だ……でも大丈夫!
「買えるわ! 一部の県以外はね!」
私はドヤ顔で自分のスマホを彼に見せつけた。ちなみに司郎くんのお家を出る前に速攻でググった!
「本当だ……」
そんな驚きと敬意に溢れた目で私を見る司郎くんを放っておいて私は無事他の人に遭遇することなくそのコーナーへと辿り着いた。
今は周りに私達以外にお客はいないが、ここで下手に時間を食う訳にはいかない。スマートに決めてチャチャッと会計を済ませ、帰る!
だが、私達の目の前にはこれでもかと言うほど、色とりどりで大量の種類の小箱が陳列されていた。
「こ…こんなにあるものなの……!?」
考えが甘かった? この膨大な箱の中から一体どれを選べばいいのか?
私は速読でもするかのように混乱する頭で流れるようにパッケージを見比べていく。
えっと、サイズ? え!? いきなりなんてこと! そんなの司郎くんになんて訊けばいいのよ!? 取り合えずサイズは後回しにして、次ッ! え!? 厚さ? 薄い? 何が? 0.01、0.02……数字が小さい方が値段が高い……と言うことは、数字が小さい物の方が良い物ってことよね? 何に良いのか知らないけど。これはお金と相談して決めて良さそう。次は、え? 香り付き……えッ!? 味が付いてる物まで!? どういうこと? 口に入れる物なの? え? 意味わかんないんだけど……?
私はあまりの未知の情報量に途方に暮れていた。他人の目もある。早く選ばないと……でも分からないし……どれが正解なのか分からないよ!?
「なあ爽風、これはどうだ?」
「えッ!? あ、ああ! うん!」
私が頭を抱えながらウンウン唸っている様子に見かねたのか、彼は一つ手に取って私に訊いてきた。
そのパッケージには“女性に優しい”と書かれていた。相変わらずどう優しいのかは分からなかったけど、司郎くんがこんな時にまで私のことを気遣ってくれているのが嬉しくてどうにか正気を取り戻せた。
「そ、それにしよっか!」
私は司郎くんからその小箱を受け取ると、ダミーのお菓子と一緒にそそくさとレジへと持っていく。店員さんは余裕の笑みを浮かべながら「こちらへどうぞ」なんて言ってきたが、私には何も聞こえなかった。
無だ……無になるのよ私!
何故か小箱だけ別の袋に入れてくれているけど、そのお気遣いが却って恥ずかしい!
お会計をしようと私がお財布をポシェットから取り出そうとした時、横から誰かの手が差し出された。
「これで足りるか?」
先に店外に出ているものとばかり思っていた司郎くんが千円札を手渡してきたのだ。
なんでいるのよーーーッ!?
その時、私は雷に撃たれたかのような衝撃を受ける。どうして一緒にレジに付いて来ちゃってるのよッ!?
「…あ、ありが、とう……」
私は何とかそう言うのがやっとで、顔は茹でダコのように真っ赤に茹で上がっていた。
レジのお姉さんの優しい視線が申し訳ないけど今は耐えられない。
早く帰りたい衝動に駆られながら何とか会計を済ませ店を出た私たちは、またさっき来た道を足早に戻っていった。小脇に大事そうにその小袋を抱えて――
もう辺りは薄暗くなり、人通りも少ない。ただただ冬の冷気に満たされた静寂な空間が広がっていた。
だが何故か私達二人はカイロを持っているわけではないのに、ほんのりと暖かな空気に包まれている気がした。
そんな中を二人でしっかり手を繋ぎ歩いていると私の悪い癖が出てきて少し不安になってくる。
「司郎くん?」
「ん? どした?」
私は足を止めて司郎くんに話しかけた。彼は優しく微笑みながら私を見つめてくれる。
「その……何だか勢いでここまで来ちゃったけど……」
「うん?」
「その……ご、ごめんね?」
私は今自分の置かれている状況の恥ずかしさに耐えきれず思わず謝ってしまう。だって、司郎くんとくっつきたいばかりに一緒にゴムまで買いにつき合わせて……
好き過ぎる彼の前ではいつもの冷静な私はどこかに行ってしまい、ただただ自分の欲求を無様に彼にぶつけてしまう。
「謝らなくていい爽風……だって俺たち付き合ってるんだし、それに俺は嬉しいよ! 爽風が俺と同じ気持ちだって分かってさ!」
彼はそう言って私を抱き寄せた。彼と私の心音が同じリズムを刻むのを感じる。
「司郎くん……」
私も彼の背に腕を回しギュッと抱きしめる。体の芯からほんわかとした暖かさに包まれる心地よいハグ――
そしてそのまましばらく寒さも忘れ、二人で抱き合っていた。
あれだけお互い恥ずかしがっていたはずの手繋ぎも、キスの魔法のお陰なのか今は自然に繋げている気がする。彼の手の温もりをしっかり感じて、それを慈しむ心の余裕までも出て来ていた。
私達はこれから、キスよりもっとすごいことをするんだ……さっき途中までしかけたけど、心臓が口から飛び出すんじゃないかと言うほどドキドキした……こんな調子でほんとに最後までできるのだろうか――
再び司郎くんのお家の玄関の前に二人で立つ。お互い顔を向け真剣な顔付きで見つめ合い、無言で一つ力強く頷いた。
司郎くんが玄関のドアに手を伸ばすと、何故かドアが向こうから開いた。
「あら? お帰りー。まあ! 爽風ちゃんも一緒だったの?」
中から司郎くんのお母さんが出てきて私達二人に声を掛けてきたのだ。私達は突然の事に驚きながらもなんとか言葉を発する。
「こ、こんにちは……!」
「母ちゃん、どうしているんだよ……!?」
「ここはあたしんちだよ? そりゃいるさ!」
「いや…パート上がるの早くね? まだ四時だろ?」
「今日は早上がりなんだよ」
「そう、なんだ……」
私はなんとなくバツが悪くなり思わずモジモジしていると……
「爽風ちゃん、中に入りな? 寒かったでしょう」
司郎くんのお母さんはそう言って私を迎え入れてくれるが……
「え!? あ、あのッ! 今日はここで失礼しますッ!」
私はその場で勢いよく頭を下げると駅に向け走り去った。その時の司郎くんの申し訳なさそうな顔ったらなかった。私の方こそ司郎くんのご家族に申し訳ないよ!
恥ずかしさと申し訳なさで顔を真っ赤にしながら私は一人紙袋を胸に抱え、寒空の下をひたすら走り続けた。
え、えっちでごめんなさーーい!
私は心の中でそう叫びながら、今日という日を封印する決意をするのだった。