SP2-1:ラバラバ 前編
先日、彼と付き合い始めて五ヶ月目にして、私はファーストキスを奪われた。
そう、あれは“奪われた”と表現するのが一番しっくりくる。ムードもヘッタクレもなく、駅の構内で突然、だった。
自分に何が起きたのか理解したのは彼と別れて一人家路についてから。私はすぐに自分のベッドへと滑り込み、その恥ずかしさと嬉しさに悶絶したのだ。
「あの時のこと、ちょっと納得いってない」
私、岸爽風は彼氏である桃田司郎くんを今、壁際へと追い詰めていた。
ここは司郎くんのお部屋で、夏に一緒にテスト勉強をし、それから偶に来たこともあった。私たちは冬休み。
ご両親はお仕事に行かれてて、お姉さん二人はそれぞれ独立されているのでこのお家には余り来ない。つまり、今このお家には私たち二人以外誰もいなかった。
そんな都合のいい状況を利用し、今私は司郎くんにこの前のファーストキスが納得いかないとイチャモンを付けてジリジリとにじり寄り、彼を困らせていた。
「ファーストキスなんだから、もっと雰囲気とか場所とか、考えて欲しかった…」
私はジト目で彼を下から見上げるように追い詰める。
「悪かった爽風! つい、その、な?」
笑顔を残したままの顔で焦る司郎くん。ほんと、人が好いのが顔に出てる……それに比べて私ときたら……
「ほんとに悪かったと思ってる? 一生に一度のファーストキスなんだよ?」
私のその言葉に司郎くんはハッとしたような真面目な顔を見せた。
いいんだよ、冗談のように流してくれて……こんなことでも口に出さないと上手く感情を制御出来ない幼稚な私の言うことなんか……
彼の真っ直ぐな瞳が私を捕らえた。この瞳に捕まったら最後、私は逃れる術を知らない……じっと見つめ返す。そこに映るちっぽけな自分に嫌気が差したまま……
「じゃあ、生まれ変わったら、今度は雰囲気考える! それじゃダメか?」
この人は、何の疑問も抱かず、生まれ変わってもまた私と一緒になると言ってくれている。そんなの、反則――
「ぃぃょ……」
私は彼の背中を壁に押し付けながら、私の唇を彼のそれに押し付けた。
二回目だけど初めての感触、そして温もりに、脳がスパークしそう……
私が唇を離すと司郎くんもゆっくりと、壁から背中を離して真っ赤な顔で私を見つめてくる。私は彼に寄りかかりながら、彼の厚い胸に耳を押し当てる。彼の鼓動が私の耳にまで響いてくる……
「ドキドキしてる……」
私は彼の胸に頬擦りをしながら、呟いた。彼は私の頭に手を置いて優しく撫でてくれる。
「爽風は?」
司郎くんが優しい声で私にそう聞いてきたので、私も自分の心臓の音を聞いてみる。いや、聞かなくても分かる。
「してる……」
ドクン、ドクンと激しく脈打つ鼓動を頭の先まで感じる。私の心臓も今、同じくらいドキドキしていた。
「なんか、キス、すごいね……」
私はそう呟いて、再び彼にキスをする。司郎くんは驚いたのか目を大きく見開いて私を見た後、ゆっくりと瞳を閉じて私のキスを受け入れてくれた。
頬が熱い。触覚が唇同士の柔らかい感触だけを伝えてくる。全身が蕩けそう……
唇を当て、摘む程度の軽いキス。今の私たちにはそれでも十分に刺激的で、甘露だった。
私は司郎くんから一度離れて、彼の目を見つめる。彼も私に熱い視線を送ってくれて……私の頬は更に熱を帯びた。
そして、彼を見つめながら再び口付けを交わす。彼は目を瞑り眉間にしわを寄せ困ったような顔をしていた。その表情もなんだか可愛くて愛おしい。
「……ん…」
「……は、ン…」
「……んぅ…」
私たちの他に誰もいない静かな部屋に、二人の熱い吐息と交わす唇が奏でる水音だけが響いていた。
私たちは何度目かのキスを終えて、少し距離を取る。
「やっぱり、恥ずかしいね……」
私は司郎くんから目を逸らして呟いた。でも、彼はそんな私の顎を指で持ち上げて自分の方を向かせて……
「俺は、もっとしたい……」
そう言って今度は彼から私に口付けをしてくれた……私は彼の首に震える腕を回してそれに応える。
何故だか下腹部がジンジンと熱い気がする。この前も感じたが、今日はあの時の数倍は熱い。
彼の息遣いを感じると、もっと身体が火照ってくる……もっと近くに彼を感じたい。
私は無意識のうちに司郎くんの胡座の上に跨がるように座り、彼に体を密着させていた。私より背の高くて体格のいい司郎くんの胸に顔を預けると再び彼の心臓の鼓動が聞こえてくる……すごく速い。私も人のこと言えないけど……
私のお尻の下には彼の脚があって……その感触が少し恥ずかしい。
あれ? 何かお腹に硬いものの感触がある。ここまで密着してみて初めて感じる感触。
私はゆっくりとその感触がする方へ視線を落とした。
「ッッッ!!?」
司郎くんのズボン、それも股間辺りが異様な形に隆起している。私はその意味を理解すると声にならない悲鳴を上げた。
私の視線に司郎くんも気付いたようで、慌てて私の体を自分の腕から解放した。
「あっ!? いや! その……わりいッ!」
司郎くんは顔を真っ赤にして私を下ろして距離を取った。私も思わず正座で彼から少し距離を取る。気まずい空気が私たちを包んだ。先に彼がこの雰囲気に耐えられなくなって口を開く。
「えーとだな! 爽風とこういうことが出来るのは本当に嬉しいし、き、気持ちいい……だけど、俺は爽風を大事にしたいと思ってる。自分が気持ちよくなりたいからとか、こう出来たら気持ちいいんだろうなとか、俺の、せ、性欲だけで爽風をどうこうしたくないんだ!」
司郎くんは顔を真っ赤にして汗を垂らしながら、必死に私に訴えてきた。相変わらずの真っ直ぐな気持ちは私の心を貫き、まるでそのときめきは下腹部と連動しているかのようにまた私の股間をキュンと熱く疼かせる。
彼の思い遣りに感謝し、私も自分の思いを素直に伝えることにした。
「うん、ありがと。司郎くんが私のことちゃんと考えてくれてるの、すごく嬉しい……だけどね――」
私はそこで言葉を切って司郎くんの目を見つめた。彼も私の言葉を待つように熱い眼差しで私を見つめてくれている。
「私も一緒だよ……司郎くんに触れたいし、触れてもらいたい……もっと司郎くんを知りたいし、私を知って欲しい……」
私はそう彼に告げた。彼は少し驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になってくれた。そして――
「きゃっ!」
彼はその場で私をお姫様抱っこの体勢に抱きかかえた。私の小さい体が彼の大きな腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「あ! 司郎くん、左腕!」
「大丈夫。爽風を抱えるくらいもう全然平気だ。それにしても軽いなー爽風は」
彼はニコニコしながら私を抱えたまま歩いて行き、ベッドの前で立ち止まる。私は両腕を彼の首に回し抱き寄せ、その勢いのまま、二人ベッドへと倒れ込んだ。
「爽風……」
「司郎くん……」
私たちは自然とどちらからともなく唇を重ねる。甘い感触、そして息遣いを感じるだけでドキドキが止まらない。心臓は早鐘を打っているけど、何故だかそれがとても心地いい。
彼は私の首筋に唇を当てるとそのまま舌を這わせた。私はくすぐったさに身を竦めながら彼の愛撫に身を委ねる。
彼の手は私の胸へと伸びていった。服の上から優しく揉みしだかれると、なんだか変な気分。恥ずかしさよりくすぐったさが勝ってしまい、少し顔が緩んでしまう。
誰にも触られたことのない私の胸を、今司郎くんが――
「…爽風、大好きだ……」
「……私も、大好き……」
彼の真っ直ぐな言葉に私は余裕なく微笑んでそう返す。彼は私のブラウスのボタンを一つずつ外していき、キャミをたくし上げると、ブラが彼の前に顕になる。顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
これが外されてしまったら、一体私はどうなってしまうのだろう……
「爽風……」
「……ッ!」
そして彼はブラの上から私の胸に触れ、また優しく揉んでくる。少しゴワつくブラを通して彼の手の温もりが伝わる。
私の決して大きいとは言えない二つの胸は彼の大きな両手にすっぽりと収まり隠れてしまった。
「はぅ……」
なんだかむず痒いような気持ちいいような変な感覚がする……でも嫌じゃない。むしろもっと触って欲しいとさえ思う。
「爽風、めちゃくちゃ綺麗だ……」
「ゃぁ……」
彼はそう言ってブラの上から私の胸に顔を埋めて、また優しく胸を揉んできた。私は思わず変な声が出てしまう。恥ずかしい……
「んんッ……!」
ブラの隙間から司郎くんの手の温もりが滑り込んできて、その指が私の胸の先端に触れると――
「ひゃン!」
私は今まで出したことのないような声を出してしまった。自分でもビックリして口を手で押さえるがもう遅い。司郎くんは驚いた顔で私を見ていた。
「爽風、嫌だったか?」
私は手で口元を押さえたまま、首を左右に大きく振る。そんな私を見て彼は安心したように胸の愛撫を続ける。
私は恥ずかしさで閉じていた瞳を僅かに開けると、そこには私の胸を必死に愛撫する愛おしい司郎くんの顔があった。
彼はそんな私の様子を上目遣いで確認しながら、ブラの隙間から入れていた手を抜く。
そして彼の手は私の胸から徐々に下の方へと下がっていき、肋骨をなぞって脇腹へと移動していく……
くすぐったいようなむず痒いような感覚がするけど、嫌じゃない。むしろ……
彼はそのまま私のおヘソの辺りまで顔を下げていき、そこで一度顔を上げた。
「爽風……下、脱がすぞ?」
私は無言でコクリと頷く。彼は私のズボンに手をかけるとゆっくりと下ろしていく。そして、下着が露わになると――
「や……ッ!」
もうこれ以上ないくらいに顔が真っ赤になるのを感じた。何故かパンツが冷たい…いや、熱いのかな?
私はそ~っと自分の履いてる下着に視線を向ける。そこには、見て分かるくらいに濡れて変色してしまっているパンツがあった。
「あ……いやぁ……ッ!」
私は恥ずかしさで思わず両手で顔を隠した。どうしてこんな! 穴があったら入りたい!
司郎くんはそんな私の様子を見てクスリと笑うと、そっと私の頬に優しく手を添える。そしてゆっくりと顔から手をどけると、そのまま額に口付けをしてくれた。
「爽風は可愛いな」
彼はそう微笑むと私にもう一度キスをした。優しいキスだった……
「じゃあ、脱がすな……ん? あッ!!」
突然司郎くんが大きな声を上げた。
「ど、どうしたのッ!?」
私も何事かと思い、つい起き上がってしまった。
「爽風! アレだ! アレ持ってないッ!!」
「え? あれ?」
彼の要領を得ない言葉と必死な形相に私も混乱してしまう。アレ?
「コンドーさん! コンドーさんだよ!」
「あ……ああッ!」
私はそこでようやく理解した。彼はこの先の行為で、ゴムがなくて出来ないことに焦っていたのだ。
なるほど確かに、それは、困った……
「じゃ、じゃあ、仕方ないね。また今度にしよ」
と言ったつもりだったのだが、実際私の口から出た言葉はこうだ。
「じゃ、じゃあ、今から買いに行こ?」
私たちは変な空気の中、いそいそと服を整えると、近くのドラッグストアに向かった。
未だ見ぬゴムを求めて――