EP2-5:ナイトムーブ
「あおいさん、前に乗る?」
「いいんですか!? 前乗ってみたいですッ!」
「ふふ、どうぞ」
「ありがとうございます! じゃあ行きますよ岸先輩!」
自分たちの番が来てあおいと爽風は一つの浮き輪に乗り滝壺へと続く螺旋の中に飛び込んだ。
「きゃーーーッ!」
あおいの楽しそうな叫びが水飛沫と共に螺旋の水路に消えていく。浮き輪はスルスルと滑り爽風の髪を靡かせた。
爽風はその滑走速度に少し恐怖を感じていたが、後輩の前ではそんな姿は見せられないと気丈に振る舞う。
「あおいさん! めちゃくちゃ速いね!」
爽風は浮き輪をしっかりと掴みながらあおいに笑顔で叫んだ。
あおいもそれに答えようと大声で叫ぶ。
「はいッ! でも楽しいです! あははははッ!」
屈託なく笑うあおいを見て恐怖も和らぎ、自然と爽風も笑顔になった。
そしてゴール間近に差し掛かった時、爽風の顔に水飛沫と共に何かが打ち付けられた。
(痛ッ! 何よコレ?)
爽風は自分の顔に貼り付いた白い布を手に取ると、それが水着だということに気付きハッとした。
「えッ!?」
次の瞬間、二人を乗せた浮き輪は大きな水飛沫を立ててゴールの滝壺へと水没した。
全身を水没させながら爽風は事態を把握する。今、自分が握り締めているこの水着があおいの物だとしたら、このまま水から上げるわけにはいかない。
爽風は水中から上がろうとしているあおいに近付こうと思い切りその腕で水を掻いた。
「ぷはッ! あー! 楽しか――」
「あおいさんッ!!」
あおいが水面へと顔を出すのと同時に爽風もあおいの隣から顔を出した。そして直ぐ様あおいを正面から抱きしめる。
「えっ!?」
状況を把握していないあおいが突然の出来事に混乱し、一瞬で顔を赤く茹であげる。自分の胸と爽風の胸が合わさり、とてもイケナイ感じに見えてあおいは余計にあたふたしてしまう。
「あ、あの! 岸先輩ッ!?」
「動かないであおいさん!」
身を捩って自分から離れようとするあおいを普段とは違う鋭い眼差しで制する。
「あおいさん、水着! 多分今外れちゃってる!」
そう言って爽風が白い布をあおいに差し出す。
「へ?」
まさかと思い、自分の胸に視線を落とすと、そこにはあるべき水着が無く素肌が露になっている。
「~~~~~~ッ!!?」
あおいの顔が耳まで真っ赤に染まり、恥ずかしさのあまり爽風から離れようとあたふたする。だが爽風がそれを許さない。
「ダメよ! 動いちゃ!」
あおいをしっかりと抱き抱えたまま水中に引き戻す。
「ぷはッ! ななななんで!? なんで!?」
あおいが混乱して爽風に問うと、爽風は真面目な顔付きであおいを見据えながら答える。
「……いい、あおいさん? 落ち着いて? 一緒に肩まで水に浸かって水中で水着を着けるの」
「は、はいッ!」
あおいは自分の胸元を手で隠しながらゆっくりと爽風と共に水中へと潜っていく。
(……ど、どうしようッ!?)
大衆の目の前であられもない姿を見せてしまうことに戸惑いを隠せない涙目のあおいに爽風は優しく声をかける。
「大丈夫よ。誰にも見られてないわ」
そう言って微笑むと、あおいは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そ、そうですか?」
「ええ、私が直ぐに抱きついたから。ごめんなさい、抱きついたりして」
爽風は水中でゆっくりとあおいから体を離すと、申し訳なさげに微笑みを向ける。
「いえ! そんな! 岸先輩が謝ることじゃ! むしろ助かりましたし!」
あおいは爽風の顔を上げさせると、慌てて片手を振りながら爽風を励ます。
「ふふ。ありがと」
爽風が穏やかな顔でそう言うと、あおいは一気に顔が熱くなり視線を逸らした。
「い、いえ……そんな……お礼を言うのはあたしの方で……」
あおいは爽風の顔を直視出来ないまま、そそくさと水着を直していく。
爽風はそんなあおいを見て微笑みながらも、どこか切なそうな眼差しであおいの仕草を見つめていた。
「もう大丈夫です!」
あおいが水着を直し終わり爽風にそう伝えると、二人はゆっくりと水面に上がり司郎の元へと戻った。
「おう! お疲れさん!」
「…桃田先輩、お待たせしました…」
司郎は笑顔で二人を迎えると、あおいは司郎に軽く会釈した後、爽風に向き直り
「岸先輩! ありがとうございました!」
と深々頭を下げた。
「こちらこそ、楽しかったわ」
爽風はそう言うと、目を線にしてあおいに満面の笑みを向けた。
「岸先輩、桃田先輩と二人で遊んできてください」
あおいが顔を上げそう言って爽風に微笑みかける。
「いいの? あおいさん」
爽風が確認するとあおいは力強く頷き、司郎を見て苦笑した。
「はい! これ以上お邪魔しても悪いですしッ!」
爽風と司郎が突然のあおいの心境の変化にお互い顔を見合わせる。
「でも、あおいさんはどうするの? あかねさんと合流する?」
爽風はさりげなく司郎の様子を窺いつつ、あおいに訊く。
あおいはそんな爽風に気を遣わせまいと笑顔で答えた。
「いえ! お姉ちゃんたちの邪魔しちゃってもなんなんで、その辺で一人でぶらぶらしてます!」
そう言いながらあおいは一人で歩き出した。その遠ざかる背中を二人は黙って見つめる。
「……あおいさん」
爽風が心配そうに呟く。そして爽風は司郎に向き直り
「あの、司郎くん!――」