EP2-3:プールボールゲーム
ようやく鎮まった二人は、何食わぬ顔をして女子三人と合流した。
「も〜! 遅いですよ、先輩たちィ!」
あおいがそう言いながら小走りに駆け寄り司郎の隣をキープする。その後ろから爽風が「大丈夫だった?」と心配して声を掛ける。
「ああ、もう大丈夫だ! すまん爽風」
爽風に対して緩みきった笑顔を見せる司郎に、あおいは少し膨れ面になり、司郎の右腕を掴んで
「先輩、早く遊びましょ!」
と言ってプールへと引っ張っていった。
「おい! ちょっと! まずは準備体そ――」
爽風はそんな司郎とあおいを見て、少し複雑な気持ちになっていた。
(……司郎くん、大丈夫かな……)
あおいは考えていた。
(岸先輩と付き合い始めたと言っても、まだ日は浅いし……深い仲になる前にあたしに振り向かせるんだ! 勝算は、あるッ!)
あおいがキッと振り向くとその視線に爽風を捕らえる。爽風はあかねと脚だけ水に浸け、プールサイドに腰掛け談笑していた。あおいは爽風を上から下へとスキャニングするかのようにじっくりと視認する。
(…やっぱり、あたしの方が胸だって大きいし、可愛いはず! 岸先輩、恐るるに足らないわね!)
あおいはそう確信すると、今度は爽風から目を離し司郎を見据える。
(桃田先輩もあたしの方がいいに決まってる! 若さとこの胸で絶対落としてみせるんだから!)
そう心の中で叫ぶと、あおいは司郎の右腕を取りプールへ入っていく。
「せんぱーい、折角プールに来たんですからあたしに泳ぎ教えてくださーい!」
司郎は突然のあおいからのボディタッチに驚きながらも「お、おう! 任せろ!」と元気に答えた。
そんな二人を後ろから見つめる爽風の視線には気付かず――
それから、あおいを中心に五人は遊び倒した――
あおいは水泳部だけあって泳ぎも達者で、司郎達を驚かせた。
だが姉のあかねは運動音痴なのもあり、爽風と一緒に小陰で水遊びレベルに留めていた。
(ふふん! 岸先輩はそうやってお姉ちゃんとのんびりしてるといいわ! その隙に桃田先輩をあたしに靡かせちゃうんだから!)
そうあおいは心の中でほくそ笑む。
「じゃあ次! ビーチバレーやりましょうよ! 丁度コート空いてますし!」
あおいの提案に乾が真っ先に賛同するが、運動が苦手なあかねは苦笑している。
「………俺は――」
「司郎くんも少し休もう?」
司郎が何か言うより先に、その隣を爽風が通り過ぎ司郎の前に出る。
「折角だから、あかねさんと乾君でチーム組んでもらって、鬼頭さん、私と組みましょう?」
爽風はあおいの前まで歩み寄り口元を少し綻ばせながら誘った。
「え……でも、桃田先輩は?」
あおいが面を食らったように爽風に問うと
「鬼頭さんも水泳部なら知ってるかな? 司郎くんの怪我のこと…」
爽風は責めるでもなくそっと答える。
「え!? あ……そう、でした……」
あおいはバツが悪そうに答えた。爽風はその様子をチラリと見てから言葉を続ける。
「だから、ごめんね? 司郎くん、審判してもらっていい?」
そして司郎に向き直り、あかねと共にビーチバレーのコートへ向かった。
あおいはその場に立ち尽くし下を向いていた。かと思うと両手で勢いよく自分の頬を打ち、ひりつく痛みを我慢し、キッと顔を上げ皆の後を追った。
「あ、来た! あおいー、こっちこっち!」
あかねが遅れて来たあおいに手を振って呼ぶ。
そして自陣に入り、少し間を開け爽風の隣に立つ。
「お待たせしました、岸先輩……」
その瞳は目の前の相手、姉のあかねと乾をしっかりと見据えていた。
「よろしくね鬼頭さん」
爽風が横目でチラと見ながらあおいに挨拶する。
「……鬼頭って呼ぶの、やめてください……お姉ちゃんと被るし。あおいでいいです」
あおいは爽風の方を見ず前を見たまま応える。
「そう? じゃあ、よろしくねあおいさん」
爽風は気にするでもなく微笑みながら言葉を返した。
あおいはそれを横目で確認すると、「はい」と言ってすぐ前を向き、あかねの方へ目を向けた。その目には確かな闘志が宿っていた。
「じゃあ始めるぞー。乾チームからサーブだ。始めッ!」
そして司郎が試合開始の号令をかける。
乾はサーブトスを高く上げ、爽風とあおいの陣営に狙いを定める。
爽風はあおいからすーっと横に移動し、それを受けた乾は勢いのあるサーブを打ち込む。
あおいも負けじとそのボールを追い掛けコートの真ん中へ勢いよく返す。爽風はそのボールをきちんと受け止め、ネット際を狙った鋭いトスを送る。
「ナイス先輩ッ!」
大きく飛び上がったあおいがその体をしなやかに撓らせ、強烈なスパイクを決めた。
ボールはあかねの直ぐ隣に打ち込まれたが、あかねは一歩も動くことはなかった。
「あ!」
あかねはボールが打ち込まれたことに一拍遅れて気付き振り向く。
「はい。爽風チームの先制点ね」
司郎が爽風とあおいの陣営を見て宣言する。
「やった! あおいさん!」
「はいッ!」
爽風がかざした手に元気にハイタッチで返すあおい。
先制点を決めてさぞ嬉しかったのか、あおいの顔は満面の笑みだった。
「ハッ!?」
(何を普通に楽しんでるのよあたし!? 岸先輩はライバルなのに……でも、ビーチバレー楽しいし……)
あおいは突然我に返り、少し気落ちする。
「あおいさん! 次もお願い!」
爽風がサーブをあおいに渡す。あおいは「はいッ」と元気良く返事をしてボールを受け取る。
(でも、試合じゃ絶対に負けたくない……!)
あおいの根っからの体育会系の血が騒ぐ。
(一先ず今は試合に集中! 桃田先輩のことは後で考えるッ!)
そう心に決めたあおいは、司郎の方をチラと見てから爽風の方へ向き直りサーブの構えを取る。
あおいが放ったボールはネットをギリギリ超え、コート内の角に突き刺さった。
「やった! あおいさんすごい!」
「は、はい! ありがとうございます!」
再び二人はハイタッチを交わす。
あおいの頬は心なしかほんのりと赤く染まっている。
(……やばい楽しい……岸先輩って………)
あおいは爽風の方を見つめながらボーッとそんなことを考えていた。そしてまたハッと我に返り爽風に声を掛ける。
「岸先輩、お姉ちゃんは超が付くほどの運動音痴です! この試合、お姉ちゃんを狙っていきましょう!」
それを聞いた爽風が口元を綻ばせ横目であおいを見ながら言う。
「そうね……あかねさんには悪いけど…!」