EP2-2:キケンナオンナ
――それから、数日後のリゾートプール。
「ここで券を買うんだな? 高校生、だと……“大人”になるのか。大人二枚、と」
司郎は自分の財布から大人二人分の金額を券売機に投入しようとしたが、後ろから伸ばされた手が司郎に一人分のお金を渡してきた。
「もう。デートは割り勘でいいの!」
爽風が司郎を咎めるように言った。
「え? でもよう…」
「私達まだ高校生なんだから、変に背伸びしないで無理せずいこう? こんなことでカッコつけなくても、司郎くんは十分格好いいから」
爽風は自分の言葉に少し照れながら満足げに微笑むと、二人分の券を受け取り司郎に手渡す。
「…ありがとな、爽風」
司郎は爽風のその心遣いと心意気に惚れ直す。
今日はダブルデートと言うこともあり、爽風の髪を下ろした清楚なワンピース姿というデート着に対して、司郎は普段通りラフなTシャツに短パン姿だった。
決してお洒落に無頓着というわけではなく、これが彼なりの気を利かせたデート着なのだと、早くも二回目となるデートで爽風は見抜いていた。
(色合いやスニーカーのデザインまで全体違和感ないようにまとめてる。ふふ、可愛いな)
二人は受付を済ませると待ち合わせの場所である入場ゲートまで来た。
爽風が自分のスマホを見ながら
「もう着いてるみたい。この辺りにいると思うんだけど…」
と辺りを見回す。すると――
「岸さーん!」
突然あかねの弾んだ声が飛んできた。その声の方を見ると、こちらに手を振るあかねとその隣には乾の姿があった。
あかねはスラッとした長身で爽風より十センチは背が高い。赤いラッシュガードを肩に羽織り、黒いカットソーと白いロングスカートのシックな夏コーデ。陽射しに照らされる背中まで伸ばした赤茶の髪も暑さのせいか普段よりその赤味を増しているかのようにきらめく。
乾は司郎と同じく身長があり、筋肉質ではあるものの細身で短い黒髪を立て、デニムシャツに九分丈の白いスキニーと清潔感ある出で立ちだ。
二人はすぐに司郎たちの元まで駆けてくる。
「おはよう鬼頭さん。今日は誘ってくれてありがとう!」
爽風があかねに挨拶すると、あかねも
「おはよう。こちらこそ来てくれてありがとう!」
と笑顔で返す。
あかねの後ろにいた乾が司郎に歩み寄りながら話しかけてきた。
「桃田、何だか悪いな。あかねちゃんが岸さんに声かけた時、まだお前たちが付き合う前だったみたいで。邪魔しちゃったか?」
「そんなことねーよ! 俺たちの方こそお前たちのデートに付いてきちゃって悪かったんじゃね? でも乾とこうして出掛けるの初めてだし、ちょっと楽しみだったんだ」
あっけらかんと笑いながら言う司郎に、乾も釣られて笑顔になる。
「俺もだ。最近お前調子上がってるよな。それも岸さんのお陰か?」
「まあな! そんなところだ!」
四人が爽やかに和気藹々としている中、一つの人影が近付いて来て四人に声を掛ける。
「お姉ちゃん! あたしも紹介してよ」
そこには髪を上で二つに結い、ヘソ出しTシャツにホットパンツ姿のギャル風ファッションに身を包んだ鬼頭あおいが仁王立ちで腕組みをし姉を睨んでいた。
「あ、はは……付いてきちゃった……あたしの妹の、あおい。よろしくね?」
あかねは苦笑いであおいを紹介する。
あおいは一歩前へ出ると、司郎を見て少し頬を赤らめながら挨拶をする。
「あっあのっ! お疲れ様です! 一年の鬼頭です! 今日はよろしくお願いします!」
あおいは司郎に深々とお辞儀をした。
「おう! よろしくな! 鬼頭って、鬼頭さんの妹だったのかー。どーりで何処かで聞いたことあるなと思ったんだよな。今日は部活じゃないんだし、気楽に楽しもーぜ!」
司郎はあおいに笑顔で返すと、あかねが
「もう。二人ともごめんね? どうしても付いてきたいって聞かなくて」
と司郎と爽風に申し訳なさそうな顔をする。
「いいってそんくらい! 俺たち気にしないし!」
司郎は爽風とあかねに笑顔で返す。それを聞いたあおいは司郎に更に近付き
「ありがとう御座います! 岸先輩も、よろしくお願いしますね?」
と、爽風を見て不敵な笑みを浮かべた。その違和感を爽風は見逃さなかったが、敢えて口にはしなかった。
「…こちらこそ、よろしくね」
水着に着替え終えた司郎と乾がまだ来ぬ女子三人を夏の陽射し照り注ぐベンチに座り静かに待っていた。
「………なあ、乾…」
司郎が徐ろに隣の乾に話し掛ける。
「………何だ?」
乾も司郎同様、視線は空を見つめ応える。
「お前さ、鬼頭さんと付き合って、もう長いのか?」
「いや全然。まだデートだって二回目だ。今日は正直、お前たちが一緒に来てくれて安心したんだ……」
「そうか……俺もさや……岸とはデートらしいデートはまだしたことない。俺も正直緊張してる……」
「お互い水泳で競い合ってても、恋愛に関しちゃまだまだ経験値が足りないようだな……」
「ああ……だから今日はお互い協力して楽しく一日乗り切ろうぜ?」
そう言って司郎が差し出した右手を乾がガッシリと掴み返し、女子の知らないところで男子二人の友情が芽生えていた。
「お待たせしましたーー!」
司郎と乾、二人がベンチに座りながら声のした方へ首を向ける。
そこには小麦色の体を大胆な白いビキニで包んだあおいが手を振りこちらにやってきていた。
水着と肌の境い目にチラと見える日焼けしてない白い素肌。小麦色の肌とのコントラストがやけに扇情的である。
しかし何より男たちを釘付けにしたのは一歩走りくる度に大胆に上下に揺れるその双丘だろう。
二人は思わず唾を飲み込むと、その球体から視線を逸らさずに話し出す。
「なあ桃田……お前、おっぱい好きか?」
「好きだな……」
「即答か。そうだよな……おっぱい嫌いな男子なんてこの世にいねーよな……」
「ああ……それにしても、でかいな。本当に一年かよ?」
「ああ……あの胸で、あかねちゃんの妹か……」
「お待たせ〜」
次にあかねも遅れてやって来た。その水着姿に司郎と乾は思わず息を飲む。
白いビキニのあおいとは違い、あかねが着てるのはホルターネックタイプの黒いビキニだった。
スレンダーなあかねのスタイルをより強調するかのようなその水着は、出るところと引っ込むところがくっきりと分かり、モデルのような体型を持つあかねにとても良く似合っていた。
「お前の彼女、なんかモデルみてーなスタイルしてね?」
「まさか、こんなキレーだとは思わなかったぜ……」
「おっぱいは小さいけどな……」
「おい、何見てんだ? ぶっ飛ばすぞ!?」
「ごめん、遅くなって…」
あかねの後ろからとてとてと爽風もやってきた。その頬はほんのりと赤味を帯びている。
あかねに劣らずスレンダーな体を水色のワンピースタイプの水着が包んでいる。その水着のチョイスは爽風らしい控え目なものだったが、可愛らしいデザインながらも横腹や腰にスリットがありセクシーな演出も忘れていない。
「岸さんの水着もいいな……」
「当たり前だ。爽風は何着てもいい……つーかあんま見んな」
「背も低くて痩せてるけど、胸なんかあかねちゃんより……」
「意外と、ある…! いやお前マジで見んな!」
「ああ゛ッ!? お前の彼女じゃあるまいに!」
「いや俺の彼女なんだよッ!!」
男子二人がお互いの顔を押し合い揉みくちゃになる。先程交わした友情は早くも瓦解寸前だった。
そこへ女子三人が合流し、男子二人はまだベンチに座ったままだった。
「じゃあ行きましょ?」
あかねが肩に落ちた髪を掻き上げ先だって歩き出し、爽風とあおいもその後を追う。
だが何故だか司郎と乾はベンチに根を生やしたようにその腰を上げない。
「わるいあかねちゃん、ちょっと先に行っててくれる? 更衣室に忘れ物した」
「お、俺も!」
乾の言葉に司郎が釣られて叫ぶ。
あかねは怪訝な表情をしたが「わかったわ」と言って女子三人でプールエリアへと入っていった。
「……助かったぜ乾……」
「やはりお前もか、桃田……」
司郎と乾はお互いの顔を見合せ、そして同時にフッと笑い合う。お互いに股間を大きくさせたまま――
「……こんなんじゃ、立てねえよな……」