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EP2-1:リベンジチャレンジ

挿絵(By みてみん)

「実は……俺は……(きし)のことが……岸が……好きだーーーーーッ!!!」

 

 夏の陽射し降り注ぐプールサイドに、その声は熱いシャワーのように降り注いだ。


 ある者には心地よく、またある者には鮮烈なまでの驚きとして――


「……嘘、でしょ……?」


 今、水泳部全員の前で行われているこの告白に耳を疑う人物がいた。だが、聴き間違いだとは言わせんばかりに司郎(しろう)の告白は続けられる。


「俺は岸が好きだッ!!」


 彼の二度目の告白にその場は騒然とした雰囲気に包まれていた。

(なんなのコレ? 桃田(ももた)先輩ッ、どうしてッ!?)

 祝福ムードの周囲とはうらはらに、その人物の心は大シケの海原のように激しく揺れていた。

(…夏休みに入ったら告白しようと思ってたのにィっ!)


 司郎と爽風(さやか)、二人を囃し立てる群衆に混じり、一人奥歯を噛む少女がいた。その少女の恋は今儚くも人知れず終わりを告げた――


 ――かに思えた!


 その少女が無造作に水泳帽を脱ぐと二つのおさげが柳の枝のように風をまとい垂れ下がる。

 中学から着ている競泳水着はそろそろサイズオーバーと言わんばかりに胸を圧迫していた。

 その水着からは健康的に程よく日焼けした四肢がすらりと伸びている。

 少しつり目がちな瞳を爽風に向けると、周囲のざわつきとは対照的に静かにその豊かな胸の奥に闘志の炎を灯す。


(岸先輩……今日からあなたはあたしの、一歩先行くライバルっ! これで勝ったと思わないでよね!!)


挿絵(By みてみん)


 ――鬼頭(きとう)あおい。水泳部一年。

 鬼頭あかねの実妹であり、恋に恋するイマドキの少女である。




 ――それから数日後。


「たっだいま〜」

 あおいは玄関で素早く靴を脱ぐとリビングのソファの上に脱いだ制服を投げ、そのまま洗面所へと直行する。今着ていたものと一緒に水着を洗濯機へ入れ、手慣れた手付きでスイッチを押した。

 洗面所から出て来たあおいは既にTシャツと短パンというラフな部屋着に着替えており、その流れるような一連の所作を姉のあかねはソファに投げられた制服を畳みながら感心して見ていた。


「お帰りあおい。部活お疲れ様。相変わらず無駄のない動きね」

「そう? 体育会系なんてみんなこうじゃない?」

 あおいはそう言いながら、もう冷蔵庫を開け冷たい麦茶を(あお)っていた。それを一気に飲み干すと姉が畳んでくれた制服を受け取る。

「ありがと。お姉ちゃん、明日からの夏休み、何か予定ある?」

 あおいの問にあかねは読んでいた小説から目を離し

「ん〜? 直近だと、(いぬい)君とプール行くかも」

 と少し頬を朱に染め、はにかんで返事をした。

「え〜!? 乾先輩ともうデートの約束入れてる! いいなー!」

「デートって……そんなんじゃないから。他に友達も来るし……」

 あかねは少し頬を赤らめ、先程まで読んでいた小説に隠れるようにまた視線を落とす。

「え〜? 自分のデートに友達誘ったの? 意味分かんなーい!」

 あおいはつまらなそうに空いたグラスに再び麦茶を注ぎ、呷った。

「だから違うってば!  もう! あおいも知ってる人よ。ほら、水泳部の岸さんと、桃田君」


 それを聴いた瞬間、あおいは驚きに目を見開き、姉に向け勢いよく麦茶を吹き出した。

「げほッ! けほッ!」

「うわ(きたな)ッ! 大丈夫あおい!?」

 あかねは咳き込むあおいの背中をさすり、タオルを持ってくると促しソファに座らせた。

「けほ……はぁ、はぁ……ごめん、お姉ちゃん……」

「もうっ! なんでそんなに取り乱したのよ?」

 あかねはテーブルに零れた麦茶の雫を拭き取りながら、あおいに問いかける。

「……桃田先輩、この前岸先輩に告白して、付き合い始めたの……」

 あおいの答えに姉は驚きのあまり目を見開いた。

「それホント? 意外と早かったわねー……もう桃田君、岸さんにゾッコンって感じだったから、背中押した甲斐があったわー」

 あかねが嬉しそうに言うのと対照的に、あおいは重い表情のまま俯いていた。

「どうしたのよ? あおい」

「…好きだったの……」

「え?」

「あたし好きだったの! 桃田先輩のことッ!」

「ええッ!?」


 姉は妹の突然の告白に驚きを隠せず、タオルを持ったままあおいの肩を掴んだ。

 あおいは堪えていた涙を零しながら思いの丈をぶつける。

「いつも明るくて元気で、誰とでも分け隔てなく接して……そんな先輩に憧れてた! でもッ! 先輩春に怪我しちゃって……なんか、誰も寄せ付けない雰囲気出ちゃってて……それでもあたし、何か先輩の力になりたくて! 夏休みに入ったら告白しようと思ってたのにーーーッ!! うああぁあぁんッ!!」


「……そうだったのね、あおい……あなた、本当に桃田君のこと……」

「お姉ちゃんはいいよ! 乾先輩と上手くいってさ! あたしが乾先輩に口きいてあげたのに、お姉ちゃんは妹の恋のライバルを手助けですか!? いいご身分ですこと!」

「あおいッ! そんな言い方ないでしょう!?」

 あかねは妹のあまりの物言いに思わず怒りを(あらわ)にした。だが、その言葉とは裏腹に彼女は自身の愚かさを悔いてもいた。


(あたしは、なんてことを……あおいの恋を邪魔するようなことをしちゃったのね……)

 あかねはその思いが顔に出ぬよう、努めて冷静に妹へと語りかける。

「あおい、乾君とのことは本当に感謝してる。あおいに背中を押してもらわなかったら、あたしはきっと今でも乾君への想いを引き摺ってた。でも、さっきの言い方はダメよね?」

「お姉ちゃん……ごめんなさい……言い過ぎた…」

 あかねはあおいの涙を拭うと優しく抱きしめた。


「……あおい、そういう素直なところ、あたしは大好きよ。あおいには良いところいっぱいある! だから、失恋なんかに負けずまた新しい――」

「連れてって……」

「え?」

 あかねの言葉に食い気味にあおいが言葉を重ねてくる。あおいは姉の胸の中で呟いた。

「……連れてってよ……お姉ちゃんたちのプールデートに……!」

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