庭師が春を呼ぶ
私藤乃の口笛は下手くそで、
この前好きなハクセキレイに口笛を聞かせましたところ、逃げられてしまいたした。(( ノД`)…
三月の半ば頃、街角の何処からか鴬の鳴き声が聞こえてきた。思わず僕の足は止まり、耳のアンテナをはった。そうして次の鳴き声が聞こえるのを静かに待つ。「……」〈ホ~……ホケキョ!〉「!」聞こえた。僕の耳のアンテナが鴬のいるポイントを探り当てる。鳥好きな僕は鴬を見たくて、足音がしないよう早歩きでそのポイントを目指す。(一度も見たことがない鴬!カレンダーの写真でしか見たことがないあの鴬が、近くにいる!どうしても見たい)僕の足はいつも通る道を右に曲がった場所に向かう。(この辺りから聞こえたんだ。もう一度鳴いてくれ!)僕は心から願う。大袈裟だと思うんだろうけど、鳥好きな性分にしか理解されないこの情熱。「鴬くん……鳴いてくれ……」鳴くのは雄の鴬だけだ。だから僕は鴬くん、と男子呼びした。〈ホ~……ホケキョ、ケキョケキョケキョ……〉(おおっ!僕を呼んでる!)違う。正しくは雌を呼んでいる、だ。僕の耳のアンテナが、とある一戸建ての庭に向けられる。電波が僕を引き付ける。そうっと歩き、気配を隠して僕はその一戸建てへと近付いていく。一戸建ての造りは愛らしく、青い屋根の平屋だ。(好みの平屋だ!味がある)覗きこむのは人として不躾なので、わざとのんびりした歩行で進んでいく。顔は上方へ向け、鴬くんを見つけやすくするような角度にした。〈ホ~ホケキョ!〉三度目の鴬くんの鳴き声。一番綺麗な音色だ!(そこかっ!)ポイントへと顔を少し下げると、そこにいたのは鴬くん……ではなく、庭師のみだった。「え?うぐ……え?」〈ホ~ホケキョケキョ!〉庭師が口笛を吹いていたのだ。『幽霊の正体見たり枯れすすき』ーそんな句が頭を過った。「えー……?」息の声が口からこぼれて、空中で消えた。「鴬くん……」がっかりして道を引き返そうとした時。〈ホ~~~~ホケキョ!〉「!」この声の響き具合。(本物?)〈ホ~……ホケキョ〉〈ホ~~~~~~~ホケキョ!〉「ああああ……!近くにいる!見えないけど、いる!」庭師の口笛を聞きつけ、本物の鴬くんが反応した。仲間としての鳴き声なのか、縄張り争いの鳴き声なのかは僕には読めなかった。けれど鴬くんが近くにいるという事実を噛み締めて、僕は暫く春の音色を楽しんでいた。