四十八話 小さな本音
「……音が途絶えた」
リン、と鈴の音が鳴る部屋の中。
教祖・ディザレアは組んだ腕をそのままに、そっと目線を横へと向けた。
雨が降っていた。多量の雨が。
窓のない屋内に響くほど強く建物を叩くその音を耳に、ディザレアはかけていた椅子から立ち上がると滑るように室内を移動する。
「どうかなさいましたか?」
信仰心の強い信者から零される疑問。
それに笑みを浮かべることで答えを返し、ディザレアは進む。ゆっくりと。
その足が部屋の出口まで来た時だ。耳をつんざくような悲鳴が上階から響いてきた。突然のそれに咄嗟に動いた信者をよそ、ディザレアは扉の前に立ったまま沈黙する。歪に弧を画く目元が、僅かに揺らいだ気がした。
「ディザレア様! 教団内に何者かが侵入しました! お早く裏口より撤退を!」
「……撤退……そうですね……」
小さく首肯し、ディザレアは振り返る。そして、背後に迫っていた気配に対し、隠し持っていた小型のナイフを突きつけた。凶器を向けられた信者が、震えながら教祖の名を呼ぶ。
「――恐ろしいですか?」
問われる疑問。信者はハッとして手を組み合わせて床の上に膝をつく。
「恐ろしくなどありません。我らは死を救いとする者。恐れることなどございません」
「……そうですか」
静かに凶器を持った手を降ろし、ディザレアは微笑んだ。優しく慈悲深いそれに、信者はうっとりと頬を染める。
「……執行人」
「はい、ディザレア様」
呼ばれた少年が床に片膝をつき頭を垂れる。その様をゆっくりと視界に映し、教祖・ディザレアは言った。
「暴徒を連れて敵を排除なさい。我らが安楽を否定する輩共に裁きを与えるのです」
「ふふ! かしこまりましたぁ!」
楽しげに笑い、少年は駆けて行く。まるで迷いのないその姿を見送り、ディザレアは室内に残っている者らをゆっくりと見回した。
慣れ親しんだ顔ぶれは、ディザレアの言葉を待つように手を組み合わせて頭を下げている。
「……死を恐怖する者はいますか?」
いいえ、が返される。
「敵に怯える者はいますか?」
また、いいえ、が返される。
「ワタクシと共に、死を否定する……神の創りし悪しき組織に歯向かう覚悟のある者は、いますか?」
はい、が返され、ディザレアはそれにうっすらと笑みを浮かべた。そして、仰々しくも両手を広げ、彼は声高らかに宣言する。
「時は来た。我らアジェラの動く時が。多くの悲しき魂を解放するためには、あの組織は邪魔でしかない。たくさんの迷える魂を救うためにも、我らは武器を手に取りヤツらと戦わねばなりません」
「神に逆らう覚悟はありますか?」と、ディザレアは問う。
信者たちはもちろん、をそれに返した。
「愚かなる敵に安楽を。罪なき命に解放を」
誰もが死の前では平等になる。
故に、死は救いとなり得るのだ。
「さあ、立ち上がりなさい。武器を手に取り、戦いなさい」
我らは我らの願いを叶えるために。
「組織レヴェイユに、抗うのです」
微笑む教祖に、多くの者が頭を垂れて走り出す。その顔に浮かぶ狂気は、まるでこの状況を楽しんでいるよう。
室内に一人残されたディザレアは、そっと視線を下へ。震える己の手を見つめてから、グッとそれを握りしめる。
「……怖くない」
ポツリと一言。零した彼を、知る者は生憎とココにはいなかった……。




