四十三話 魂を駆り立てるモノ
「──はぁ〜、まじで危なかったぁ〜」
とあるビルのとある裏側。
狭苦しい道で背後の壁に寄りかかり深く肩を下げる白髪の人物。先程とある宗教団体の集会会場から飛び出してきた彼は、「ねー、そう思いません?」とその場にやってきた人物に対し問いを投げる。
「危ないもなにも、お前が勝手に自滅した結果だろう」
カツン、とブーツの音を響かせ、その場に現れた女は言った。宗教地味た服装に身を包んだ彼女は、おおよそ165〜170センチの身長をもっている。
髪はそれほど長くはなく、されど短すぎるわけでもない程度の長さだ。瞳の色は髪と同じく真っ黒。塗りつぶされたようなそれはどこか疲れているようにも感じられる。疲労でも溜まっているのだろうか。
両耳には円形の黒いピアス。光の反射により白い線が幾つか見受けられるそれを揺らしながら、女はやれやれと首を振って纏う宗教服に手をかける。そうしてソレを、こんな場所にも関わらず脱ぎはじめた。
白髪の青年がサッと顔を逸らしている。
「……しかし、アジェラの連中はなにか自信でもあるのだろうか? 珍しくやる気に満ちていたが……」
「さー、財布拾ったとかそんなんじゃないッスか?」
「貴様と一緒にしてやるな単細胞」
赤い色の目立つ制服に着替えを済ませ、女は言った。
青年はべっ、と舌を出している。
「にゃおん」
と、ふたりの傍に一匹の黒猫が寄ってきた。水の色の目を持つその猫は、ゆるりと尾を振りふたりへ近づく。
「お、連絡班のミオちゃんじゃないっすか。どうかしました?」
「……」
猫はぽてりとその場に座り込むと、胸を張るように首から提げたポーチをふたりに向かい突き出した。青年が首を傾げ、女が彼を無視して猫の首元へと手を伸ばす。
革製の茶色いポーチから取り出されたのは、一枚の紙とひとつの、筒状のなにかだった。そのなにかにはピンク色の液体が注がれており、ソレはピチャピチャと音をたてて揺れている。
「……なんすかソレ?」
「……」
女は液体の入った何かを青年に投げ渡すと、紙を開いてそれを確認。内容に目を通し、「なるほどな」と一言。
「エス、立て」
「んえ?」
「──来るぞ」
放たれた一言と共に、ぞわりとしたおぞましい気配がふたりの元へと近づいていく。エス、と呼ばれた青年が慌てて立ち上がる傍ら、女は懐に手を入れ、そこに存在する通信機器を軽く操作。恐らくはバタついているであろう連絡班に連絡を入れ、そっと、目の前に現れた敵を見る。
「ヤー、ヤー。ハジメマシテ、皆々様」
やや気ダルげに、しかして僅かな狂気を滲ませた声色で、ソレは言った。ふたりが即座に構えるのを目の前に、ニタリと笑うソレは到底ヒトとは思えぬ様相をしている。
長く伸びた指も、仮面のような顔も、全てが全て作り物のよう。そのせいか、本来であれば高いであろうツギハギまみれの衣装も、帽子も、まるで高価なもののようには見えなかった。
「狂人……っすよね……」
呟く青年。女はそれを耳に、「なるほどな」を口にした。
「狂人──狂気に当てられ狂った者。その性質は極めて悪質でおぞましい。狂人と呼ばれる者らはどんなことでもやる。それこそ、我々人間が忌み嫌うことでも、なんでもな」
「ンフフ」
ソレは笑い、ゆらりと片手を動かした。その動きにより、黒猫が事切れたようにバタリと倒れる。
「ワタシはマッド。魂を駆り立てるモノ」
ソレがそっと口を開く。そうして片手の上に突如として現れた水色の炎を口元に持っていき、パクリとそれを口内へ。音をたてて飲み込むと、にまりと笑って冷や汗を流すふたりを見る。
「どうぞ、お見知り置きくださいね?」
落とされた挨拶。
共に、マッドと名乗った狂人は、ふたりに向かい手を伸ばした。




