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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
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3年生(2回目) その95 同情

95 同情


「どういうつもりだ。一国の王子に対して、手を上げるとは!」

「無礼な事をするからよ!」

女性の髪に触る事は、男性側からの好意を表す行動ではあるが、この行為に体の関係を要求する意味を含む場合もあった。もちろん、学園の教室内で、そのような意図はないと考える方が妥当で、フェリクスの行為が単なる好意の表れだと考える方が普通だった。

女性に対して無礼な行為であるという事実は変わらないので、セーラが拒否する事や叱責する事は当然であったが、頬を叩く事でそれを止めようとした事まで正当であると考えるのは難しかった。

フェリクス自身は、自分の行為が無礼だとは分かっていたし、叱責や罵倒を向けられたら、謝罪する必要があることも分かっていた。ただ、頬を叩かれるとは考えていなかった。だから、考えをまとめるのに時間がかかって、しばらく身動きができなかった。

そして、動き出した時には、フェレール国の王子として暴行に対する謝罪を受けた後、自身の行為の謝罪をすることで、一連の問題が解決するだろうと楽観的に考えていた。しかし、セーラからの謝罪はなく、ずっと赤い瞳で睨みつけられていた。

少し考えれば理解できるはずの解決策を実行しない第2公女に、第3王子はいらだって声を荒げた。公女から返ってきたのは怒号だった。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 再び沈黙の時間が過ぎる中、フェリクスは一国の王子に対して手を挙げる事の意味、暴行の意味をセーラが理解していないはずはないと考えると、彼女の口から謝罪の言葉が出てこないことを理解することができなかった。

 きっかけは王子側で作ったが、結果としては、双方が謝罪すべき行為をしていて、立場と重さ、そして、解決の手順を考えると、セーラが叩いた事への謝罪の言葉を先に述べて、その後にフェリクスが自身の非礼を詫びるという筋道しか2人には残されていなかった。だが、セーラは無言のまま、王子を赤い瞳で射抜いたままだった。

「王宮に戻る。」

 公爵家としての立場から、同級生たちの前で謝罪する事が何らかの悪影響を及ぼす可能性を考慮して、人前での謝罪ができないというのであれば、王子宮内の自室でセーラが来るのを待つしかないと考えたフェリクスは姉の制止を無視して、教室を出て行った。

 双子殿下と教室外で待機していた護衛騎士の足音がどんどん小さくなっていく中、前騎士団団長で学園担任になったバースがセーラに確認した。

「セーラ、フェリクスの所で話をするか?しないのであれば、私が話を付けてくる。」

「私が行きます。」

「そうか。勝手に王子宮に入る訳にはいかない。私も付き合う事になるが、学園長に報告して、王子宮の方に申請書を提出する事になるから、それなりに時間はかかるぞ。」

「はい。手続きの方、お願いします。」

「分かった。」

「クラスの皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。お願いになりますが、次の休み時間に、この事がレイティアお姉様とエリック、ロイド様にも伝わらないように秘密にしておいてください。」

「そう言う事だ。今日の午前中に限り、かん口令を敷く。外に漏らさないように。すまないが、1時間目は教室内で自習とする。監督する講師が来るまでは、教科書を読んでおいてくれ。セーラ、行こうか。」

「はい。」


 学園から王城の王子宮にある双子の住居区画に戻ってくると、広くはないが豪奢な調度品で整えられた応接室に双子殿下は入ってきた。いずれ到着するセーラを迎えるための場所である事は理解できたが、弟の愚行には全く理解できなかった。

 低いテーブルを挟んで向かい合っているソファーに腰掛けると、姉は極めて冷静な表情で問い質した。

「何がしたかったの?」

「セーラの気を引くためだ。」

「気を引くため?」

 さらに甲高くなった声に怒りが加味されていた。ただ、自室ではなく、この部屋に入ってきたのだから、愚弟も今の状況は理解している事は間違いないのだから、今一度冷静になるように自分に言い聞かせた。

「最初から・・・。非礼に対する言い訳はいらないから、目的は何だったのかを、丁寧に説明して。」

「分かった。私たちがこの国に来た目的である友好度を深めるため。お互いの警戒感をなくして貿易を活性化するため。高度な薬草技術を中心とした様々な技術交換を可能とするため。セーラと婚姻を結びたいと考えた。」

 フェレール国宰相からの依頼は、情報収集と友好度を高めて侵略される危険を減らす事だけだったが、双子殿下はそれ以上の益を求めて動こうと話し合っていた。だから、その点をフェリクスが語る事に違和感はないし、王子と公女が婚姻において両国を結び付けるという政略も王道中の王道ではあった。ただ、背後から髪に触れようとする非礼のどこが、婚姻のための布石になるのかは理解できなかったし、気を引く行為にも思えなかった。

「まさか、前みたいに、自分が触れば、相手が自分を好きになってくれると思っての事ではないわよね。」

「それは違う。そこまで愚かではない。」

「私に分かるように話をして。婚姻を望むのであれば、父王を通して、公爵閣下に申し出るのが筋よ。そして、フェレール国の国王からの依頼であれば、余程の事がない限り、実現するはずよ・・・。過去の失態を理由に断られる可能性はあるけど。変わったことを誠心誠意訴えれば、許してもらえるかもしれない。それなのに、今回の事は。昔と変わらないと言われるような事をしたのよ!」

 可愛らしい声ではあるが、明らかな怒気で姉は叱りつけたが、弟はそれを正面から受け止めて言葉を返した。

「姉さん、公爵夫妻は、セーラに恋愛結婚をして欲しいと心底願っている。だから、政略結婚には応じない。形は政略結婚になったとしても、お互いに愛し合っているという状態にならない限り、結婚を認めないはずだ。」

「それで、自分に対して異性としての興味を持っていないセーラの気を引こうとしたって事なの?」

「そうだ。」

「セーラがあんな風に髪を触られて、喜ぶと思ったの?」

「怒られるだろうとは思った。あそこまでとは思わなかったけど。ただ、今のままでは何のきっかけも作れない。」

 反省した弟がそれなりに成長している事は知っているが、過去に捻じ曲げられた思考が簡単には修正できなかったのだと、弟とその修正に適切な働きかけを実施できなかった自分に対して失望していた。

「フェリクス。急ぐ必要がないのが分かる?4年間はイシュア国に留学の予定であるし、3年生の間は、常にセーラの隣で学ぶ事ができる。私はセーラとこれから仲良くなるつもりだし、セーラは積極的に仲良くしてくれている。そうなれば、公爵邸に個人的に招待される機会もあるかもしれない。私に同行してセーラとの時間だって作れる。そういう事が分かっている?」

「分かっている。」

「じゃあ、危険を承知で急いだ理由を、あるのなら、言って。」

「可哀そうだと思ったんだ。」

「可哀そうって、セーラの事が?」

「ああ。」

 瞼を下ろして、しばらくビアンカは考えてみた。考えてみても理解につながるきっかけを思い浮かべる事ができなかった。本格的に、弟の思考がねじ曲がっている事を確信した姉は静かに話しかけた。

「整理されてなくていいから、どうして、セーラの事が可哀そうなのかを、言ってみて。」

「ああ。公爵夫妻は、ミーナ第2夫人とセーラを12年近く、庶民として放置していた事に罪悪感を持っているのだと思う。だから、セーラに対して、恋愛結婚をしてもらいたいと考えていると思う。公爵邸で開かれる毎週のパーティーの狙いの1つに、セーラに出会いを与える目的があると思う。」

「そうでしょうね。セーラ自身も、両親が結婚相手を探す目的でパーティーを開いているのではないかと考えていたわ。そう、明言されたわけではないけれども。」

「姉さん、問題は、そこなんだ。」

「どこ?」

「公爵夫妻がセーラに対して、結婚相手を見つけてもらいたいという考えさえも言わない事。」

「それが、どうしたの?政略結婚ではなく、恋愛結婚をさせてあげたいという両親が、プレッシャーをかけないようにしているのよ。」

「公爵夫妻の考えは分かるが、思い通りにセーラが結婚相手を見つけることはできないと思う。」

「セーラが結婚相手を見つける事ができないと思うのはどうして。確かにパーティーの回数は多いけど、まだ2か月も過ぎていないのよ。」

「姉さんなら分かるはずだけど。パーティーに参加している中で、セーラが単独の男性と話をしている時があった?私以外の男性で。」

 全てのパーティーに出席した訳ではないが、出席した時に見たセーラが男女1対1の状態で対話している姿を見たことが一度も無かった。

「私が見た中では、無かったわ。」

「婚約していない第2公女。見目も美しいと言える容姿を持っている。普通なら、未婚の男性が機会を求めて、接触してくるはずなのに、しかも、そういった目的のパーティーなのに。誰も近寄ってこない。」

「庶子であると侮られたり、色々な噂の悪影響とか・・・。」

 過去に王都で流れた噂話の調査をしている2人は、セーラに対する侮蔑の噂話を知っていたが、それを口にしたくはなかった。

「色々な要因があって、結果として、誰もが、セーラに近寄れないようになっている。それなのに、公爵夫妻は他家の婚姻成立の世話をしているが、セーラの婚約者探しを全くしていない。」

「それが、セーラを可哀そうだと思う理由なの。」

「そうだ。公爵夫妻は愛情を示すために、自由にさせているつもりなのだろうけど。結果として、セーラにとって何もプラスにはなっていない。」

「政略結婚をさせる事に抵抗があるのだろうから。」

「政略結婚をさせずとも、パーティーで様々な男性を紹介するぐらいはできるだろう。公爵閣下なら、軍の頂点にいるのだから、公女に相応しい実力のある若手の騎士だってたくさん知っているだろう。そういう男性を紹介もせずに、パーティーで放置する事が、セーラのためになっているのか!」

 弟の主張に筋があるのは理解できたが、それはあくまでも勝手な推測であって、確証があるものではなかった。

「整理すると、セーラは恋愛結婚をする相手を見つけていない。公爵夫妻は相手を見つける事に協力していない。このままだとセーラが結婚できない可能性が高い。その中、フェレール国からの政略結婚の打診があっても、公爵夫妻は恋愛結婚にこだわって、それを拒否する可能性が高い。その状況で、フェリクスが、恋仲とは言わないまでも、気になる存在として認識されれば、セーラが政略結婚を受け入れて、公爵夫妻もそれを認めるかもしれない。そう考えたというのでいいの?」

「それで大差はない。」

「何を狙っているのかは分かった。だけど、どうして今だったの?髪に触れる事だったの?気を引くと言うのであれば、他の方法があるとは考えなかったの?」

今まで真正面から視線を交わしていた弟が、視線を一瞬外したことをビアンカは見逃さなかった。それは、自分が失態を演じて、困った時にする癖のようなものであり、本人は気付いていなかった。

「何となく、セーラの背中の赤い髪を見ていたら、今、しなければいけないような気がして。」

「・・・。セーラが好きって事?」

「いや、そういう訳ではない。あくまでも両国のためにと考えている。」

 弟が昔に戻った訳ではない事には安堵したが、この状況をどうすればいいのかは分からなかった。政治的に判断すれば、2人だけの問題として処理した方が良いのだから、もう1人の王族が口を出さない方が良いとは思った。

しかし、姉として女性として、愚かな行動の経験値しかない弟に何らかのアドバイスをしてあげたい、手助けができるのであれば、そうしたいとも考えた。普通になった弟が本気で女性に好意を向けるというのであれば、それが実現できるように手伝いたかった。ただ、恋愛に関しては分け与えるための経験値は皆無だった。貴族令嬢が好んで読むような物語の中の恋愛は知ってはいるが、その知識が現実の世界では役に立たないことも知っていた。


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