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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生(2回目)
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3年生(2回目) その94 美しき令嬢

94 美しき令嬢 


 学園の授業が始まる直前、クラス内の貴族達の話題の多くは、公爵邸で開催されるパーティーでの婚姻成立に関するものだった。ただ、それは結果を共有する情報交換を行っているだけで、興味がある話題ではなかった。婚約に強い興味を持つのは4年生以上で、3年生以下の学生達の興味の対象は、午後の自由活動だった。

 生徒達が予算を手にして自主運営する制度を生徒会と称して、その下で各種の活動を取り仕切るのが各部会であり、枠組みとしてはすでに完成していた。昨年度はその枠組みの在り方についての話題が興味を引いていたが、4月からは自分がどこに所属して、どのような技能を身に着けるのかが話題の中心となっていた。

 特に、家を継がない次男や三男と令嬢達は、自身の将来を決める選択となる可能性が高いため、多くの情報を集めて、真剣に検討していた。

 これまでなら令息は騎士、令嬢は政略結婚の駒が、基本ルートとなり、それ以外の素養はあくまでも個人の趣味に過ぎなかった。しかし、部会で高度な技能を習得できれば、その技能によって金銭を獲得する道を開くことができるようになった。そして、昨年度の卒業生の中に、数は少なかったが、目立つような事業展開をする貴族が現れた事は、後輩たちの意欲を掻き立てていた。

「ビアンカは、農学部にするの?」

「見学をするつもりよ。」

「庭園管理も含まれてはいるけど。美しい花を愛でるような活動ではないわ。農民と同じ農作業をさせられる可能性が高いけど。その、王女として大丈夫なの?」

 クラスの最後列の席で、銀髪の王女と赤髪の公女は、午後の予定について話をしていた。イシュア国の生活にも慣れたという理由で、午後の活動に参加しようとビアンカは考えていた。フェレール国ではあまり盛んではない農業研究に興味を持っていた王女は、最先端の農業技術を学ぶ事ができるという謳い文句に見事引き寄せられていた。

 武具を手にして活躍できない彼女は、国に貢献する方法として自国の農業の発展に尽力する事を選んでいた。留学に来る前は、実際に農作業は許されなかったため、様々な農学書を読み込んで、それを整理すると言った座学ばかりであったが、単なる興味以外での活動はしていた。

「王族だからって、土に触れてはいけない訳ではないわ。」

「農学だから、研究もするのだけれど。その中で行う実験は、農業そのものだから。戦闘訓練時の服で、汗を流しながら、土運びをしたりするのだけど。いいの?」

 戦士として汗も血も流す事を平然と行っているセーラも、自身の置かれた環境が普通の貴族ではない事は分かっていた。戦公爵と呼ばれる貴族の娘だから、血を流す事も、血が流させる事も褒められるのであって、他の貴族令嬢達が同じ行動をとった場合、功績があったとしても、あまり喜ばれるような事ではない事は分かっていた。

 他国であるフェレール国の事情は未だ詳しくなかったが、流石に一国の姫が農作業をする事をよしとする事はないだろうから、両国の友好に悪影響が出る事をセーラは心配していた。特に、農学部には自国の王子様にすら、全く気を遣う事が無い友人がいるのだから、その不安は小さいものではなかった。

「王族だからと言って、汗をかかない訳ではないわ。どうかしたの?セーラ。私が農学部の活動に参加するのに反対みたいだけど。何か問題でもあるの?」

「問題と言うか、王族に対する礼儀ができていない先輩がいて、見学者といえども手伝ってもらうと言って、ビアンカに労働を命じるような事がありそうだと思って。心配しているの。」

「農作業をしても私は問題ないのだけれど。そんなに心配してくれるのなら、セーラには迷惑かもしれないけど、今日の見学に付き合ってもらえると、嬉しい。」

 アトキンズ男爵家の令息ペンタスが、公女セーラが同行していても、他国の王女様に遠慮しないだろうと推測していたが、戸惑うビアンカ姫に対するフォローをする人間が1人でも多い方が良いだろうと判断して、その日の午後の予定を変更した。


 フェレール国第3王子フェリクス・グレミオンは、双子の姉ビアンカに頭が上がらなかった。13歳まで甘やかされて愚かだった王子は、一線を越えなかったが、多くの少女を平気で踏みにじっていた最低の人間だった。その最低な双子の弟を目覚めさせてくれたのは姉だった。

 準男爵家令嬢の母を持つ双子は、第1王妃と第2王妃から可愛がられていた。第3王妃の実家に力がない事から、自分の生んだ王子の競争相手にはならないと考えた上で、将来の味方を増やすために、双子に対して厚遇を与えた。競い合うように甘やかされていた王子と王女が異質な成長を遂げるのは自然なことだった。

 この異常な状況に先に気付いたのはビアンカだった。母親である第3王妃と一緒に過ごす時間が多かったことから、母親が過ごした貧乏な家での生活の話を聞く機会があったため、自分が普通であると考えていた王宮生活や周囲の侍女たちの態度が、特別な物であり、その中でも自分たちは異常と言える配慮の中で生きていることを理解した。7歳くらいの時から、周囲の様子を伺う事が増えていった唯一の姫は、自分がこのままでは何もできない籠の中の姫になってしまうだろうと確信すると、その未来に恐怖を感じるようになった。

 実家の立場上、第1王妃、第2王妃からの歓待を無視する事も、拒否する事もできないと理解していたビアンカは、それを受け入れながら、溺れることなく、自分を成長させるための環境を作るようにした。

 第1王妃には手作りの刺繍を差した贈り物がしたいと言って、指導員の派遣をお願いした。物語好きの第2王妃には共通の話題が欲しいからと多くの本を買ってもらい、その中には様々な学習書も含まれていた。父である国王からもらった貴金属は、第1王妃や第2王妃への贈り物にしたり、安価な物は侍女たちの何人かに配るなどをして、自分を成長する事に理解を示してくれる仲間を増やしていった。

 イシュア国に留学に来て、ビアンカが注目しているのは、自国に比べて温暖な国である土地を豊かにしている農作物の中から、フェレール国でも栽培可能で利益を生み出す作物を見つける事だった。それは国の宰相から与えられた侵略の危険性を調べるという使命とは全く異なり、ビアンカが自らに課した使命だった。

 その姉をセーラ越しに見つめながら、フェリクスもまた自分のできる事を考えていた。


 第3王子の甘やかされ方は、姉以上のものがあった。さらに、王子として母親と一緒に過ごす時間が少なかったため、自分の置かれた状況を理解する機会も、基礎知識も与えられなかった。

 何でも褒めてくれる第1王妃も第2王妃も大好きだったし、何でも便宜を図った上で楽しい事を教えてくれる第1王子も第2王子も慕っていた。8歳にして、将来は軍部の重鎮となって、国を守る英雄になると大言しても、その難しさを指摘してくれる人間は誰もおらず、肯定的な言葉だけを投げかけられた。

 剣を学ぶ事に興味を持っただけで絶賛されると、その翌日には、褒める事しかできない剣の師匠が派遣されて、フェリクスの剣士としての生活が始まった。唯一、厳しさを学ぶ機会であったはずの武技の修行さえも、甘やかされる時間になったフェリクスが歪んでいったのは不思議ではなかった。

 何も成していない10歳の子供が、自分は英雄であると勘違いしているのだから、まともな思考を持つことはできなかった。12歳で社交界デビューを果たすと、接近する令嬢たちは全員、自分を愛していると本気で考えていた。若き頃、女好きとして有名だった父王の血を引いているのか、12歳にして女好きと陰口をたたかれるようになった。

 性行為そのものと酒飲みを教えてもらってなかった事が幸いして、決定的な事件は起こらなかったが、2年後には間違いなく、第3王子のお手付きの侍女が現れるか、または下級貴族の令嬢が身ごもるだろうと誰もが思っていた。

 社交界で悪名を広げて1年後の13歳の時、フェリクスは姉ビアンカから真実を初めて聞かされた。正確には、これまでにも姉は何度も弟に苦言を呈していて、心ある部下たちの中にも、王子の不振を買うことを覚悟した上で、苦言を申すこともあった。しかし、甘えん坊王子にとっては、あまりにも少数意見であるため気にも留めなかった。初めてエリックが意識して、苦言を聞いたのは、この時が初めてだった。

しかも、自身の現状を正しく理解できたのは、フェリクスが自分自身の失敗で気付いたからではなく、姉が強く望んでいた侯爵家との婚姻が、向こう側から拒絶されたというあり得ない事が起こったからだった。王家全員に愛されていたフェレール国唯一の姫を拒絶した侯爵令息に対して最も大きな怒りを示したのはフェリクスだった。この自分の姉に対して無礼な行為を行った侯爵家を潰してやると意気込んだ彼は、本気で軍を招集して、英雄である自分が率いている姿を妄想までしていた。

その弟の頬を泣きながら叩いたビアンカの言葉は、初めて彼の心に響いた苦言であり、現実だった。

国内の貴族の権力闘争が日常茶飯事であるフェレール国の事情を鑑みて、有力な侯爵家と王家を結ぶために、ビアンカはこの婚約の実現のために様々な努力をした。国に対する忠義に篤く、優れた人格を持った侯爵家令息の心を掴むために尽力した姫が、あと一押しという所で、フェリクスが令息の従妹にあたる令嬢を侮辱する事案が発生して、その令息はビアンカと距離を取るようになった。

時々、小言は言うけれども、その姉を家族として慕っていたし、自分が姉を守ると本気で考えていた。英雄である自分の存在が姉のプラスにもなると信じていたこれまでが崩れると同時に、自分自身が世間ではゴミと評される人間だったことに気付けた。

誰からも好かれる王家唯一の姫との婚約を拒絶させる程のマイナス人間である事を受け入れると同時に、今まで自分に忠告してくれていた人間がいたことにも気付いて、フェリクスは彼らの力を借りる事にした。

それから、フェリクスは生まれ変わったように、自身の行動を変えていった。変えるための努力は確かにしたが、その努力によって普通になっただけであって、優れた人間が極限の中でする努力ができた訳ではなかった。ただ、その事を真剣に考えるようにはなったし、多くを見るようにするのは間違いなかった。


双子殿下がイシュア国に留学したのは、イシュア国の第2王子ジェイクの安全保障のための人質という側面があり、第3王子フェリクスが適任であると選ばれたが、反対意見も多かった。第3王子が王家の恥晒しになるのではないかという危惧を持った者がいたからだった。

フェリクスはこの機会に何らかの功績を挙げる事を熱望していたが、人質として送ってもらう事にも反対意見が出る事に、正直心が折れかけた。しかし、そこでもビアンカが同行するという形で、イシュア国に留学する事ができるようになった。

これからの4年間で、功績を獲得する事がフェリクスにとって至上命題だった。手ぶらで祖国に帰るつもりも無かったし、そうなった場合、祖国での自分達の立場だけでなく、弱小貴族として目立たない様に生きていた第3王妃が、愚かな王子の実母という不名誉と共に残りの人生を過ごさなければならなくなる。

ここでの功績で過去の愚行を消し去ることはできないが、少しでも周囲の人間の迷惑にならないようにするためには、どんな小さな功績でも1つ1つ積み上げていく決意はしていた。

赤髪の公女の向こう側で笑顔を見せている姉がちらりと見えた。姉の自然な笑顔を引き出しているセーラの背中に視線を移した。腰まで伸びた赤の線は、いつもとは違って背中に大きく広がっていた。

美しい刺繍の施されたリボンで一房にまとめていない赤髪が、何を意味するのかをフェリクスは考えてみた。第2公女の気分が変わるような何かがあったのかと考えてみたが、一昨日と昨日の公爵邸でのパーティーで観察していた限り、そのような出来事はなかった。

赤い髪と紅い瞳は、パーティーの衣装に負けないだけの大きな魅力を発していた。灰色の制服の中で、燃えるような鮮やかさは、美しくもあり、凛々しくもあった。誰もが評価するべき美しさを持ちながら、セーラの評判が上がらないのは、絶世の美女レイティアの存在があるからだと思うと、優れた姉を持つ者同士としての共感を持てるような気がした。

ただ、自分自身の姉に対する劣等感は、真に自分自身が愚かであるという事実に基づくものであって、セーラとは全く違っていた。

 その事に溜め息を吐き出すと同時に、フェリクスは左手を美しき赤に伸ばして呟いた。

「綺麗な赤髪だな。」

 背中の真ん中あたりの赤髪にほんの少しだけ触れようとしていたフェリクスは、いつの間にか自分の方に振り返っていた赤い瞳に射抜かれると同時に、左手首を握りしめられると、自分に何が起こっているのかが分からないまま、頬に衝撃が走り、ひりひりとした痛みが広がっている中、尖った声を聞いた。

「勝手に触ろうとしないで!」

 教室中の注目を浴びている中、左手首を開放された王子は、椅子から浮いていた体が、椅子に戻されてからも、しばらくは動くことができなかった。

教室に担任であるバースが入ってくるまで、フェリクスの時間もセーラの時間も止まったままだった。


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