3年生(2回目) その93 情報収集
93 情報収集
「姉さん、昼食会はどうだった?」
「楽しい食事会だったわ。野外での料理は美味しかったわ。」
王城の東部にある王子宮の一区画を与えられたフェレール国の姉弟は、母国語で会話をしていた。
「・・・情報の方は?」
「イシュア国が私達の国に侵攻するような動きは、見当たらない。」
双子殿下が交換留学生としてイシュア国に来ているのは、友好度を高める事が最大の目的で、イシュア国からの侵略を回避するためだった。過去の歴史上一度も交戦は無かったが、フェレール国にとってイシュア国は潜在的な敵国だった。
イシュア国の成立は、フェレール国からの武装開拓団から始まった。その後、フェレール国での権力闘争に敗れた者達が新天地を目指して移住してきた事で拡大してきた経緯があるため、フェレール国はイシュア国内に反フェレールの勢力がいると考えていた。その勢力が復讐戦を仕掛けてくるのかという危惧を持っていた。ただ、建国378年間一度も戦争が発生していない上、両国を繋ぐルートは山地間の細い街道だけであるため、侵略を防ぐためだけであれば、街道を徹底的に封鎖すれば事足りた。
そういった地勢的な事から、民衆レベルで両国の開戦を心配する事は無かったが、権力構造の上位に位置する人間は、常に自分の権力が奪われるかもしれないと不安から逃れる事ができなかった。
国内に魔獣の巣を80以上も抱えているイシュア国よりも、ごくわずかな魔獣の巣しか存在しないフェレール国の方が、豊かな土地であると考えているフェレール国の支配層は、いつか豊かな土地を奪いに来るだろうという恐れ消し去ることができなかった。
一方のイシュア国にすれば、対魔獣の組織を構築しながら、国の開拓を進めて来たため、便利で利用価値の高い魔石を算出する魔獣の巣は、暴走は脅威であったが、普段は貴重な財産だった。国の豊かさを比較するのであれば、魔石の算出できない土地の魅力は低かった。戦争で死者を出しながら、フェレール国の領土を奪うより、まだ手付かずの国内南部および西部方面に領土を拡大する方がイシュア国にとっては魅力的だった。
この辺りの認識の違いを、フェレール国の上層部も知ってはいるため、今までは必要以上にイシュア国の動きを警戒する事は無かった。
「攻撃する意図を隠しているのか?」
「隠している様子は見当たらないわ。」
「様子が見当たらない事が、隠している事になるんじゃないのか。」
「それは違うと思うわ。そもそも、国内の派閥闘争の情報すらも隠していないのよ。ケネット侯爵派の事だって、私に隠す事もなく、話をしてくれるわ。セーラももちろんだけど、他の貴族達も。」
「それじゃあ、ケネット侯爵派の事を聞かせてくれ。」
「先代の引退で中心部を失い、分裂というか、崩壊している。少なくとも、公爵家はその存在を全く気にしていないわ。」
「婚姻策でケネット侯爵派を取り込んでいると、民衆は噂をしているが。」
「派閥間の婚姻なんて、その力関係を大きく変える重要事項で、その情報の拡散には気を使うはずだけど。公爵家側は全く気にしていないわ。昨夜のパーティーで8組の婚姻が成立して、今日は、ロイド卿が4組、公爵が4組の立会人になって、正式に婚姻の契約を結んだわ。その名前も所属していた派閥も教えてもらった。エリック公子から。」
「完全にケネット侯爵派は解体されているのか。それで今は宰相派と中立派の綱引きなのか?」
姉弟は、お茶で喉を潤わせながら、聞いてきた情報を整理していった。王都の酒場や民衆から集めてきた噂話などを加味して検討しても、イシュア国がフェレール国へ侵略する可能性を見出す事はできなかった。魔獣の巣に対抗するための戦力を整えることが至上命題であるイシュア国と、国内の派閥勢力や各貴族間の力関係を考慮しつつ、その都度行動の方針を決めなければならないフェレール国とでは、政治闘争の質が全く違った。
「私は、イシュア国が侵攻する可能性はないと考えて、純粋に友好を深める事を優先した方がいいと思うの。」
「姉さんの意見は分かるけど。モーズリー高原を完全に支配して、ドミニオン国の領土にいつでも侵攻できる体制を整えたのは事実だ。イシュア国側の言い分では、反撃して押し返しただけなのだろうけど。それに、ケネット侯爵派閥が押している第2王子をなぜフェレール国に送り込んで来るんだ?友好度を高めるための留学生と言うのであれば、侯爵階級の令息令嬢を送る事でも十分だ。なのに・・・。」
国内で戦争を含んだ貴族間の権力闘争を経験しているフェレール国と、対魔獣戦闘が全てに優先されるイシュア国の間にある大きな隔たりを理解するまでには、時間がかかりそうだった。
留学生としての生活1カ月で特別な情報を集める事ができなかった双子殿下は、それぞれに対応を変えた。
姉であるビアンカは、友好度を高めるための行動として周囲に溶け込む事を心がけた。見目の可愛らしさから、令嬢達からの人気は大きいものだったが、令息達からは幼く見える容姿である事から、年頃の男子生徒が下心を持って王女に接近する事は無かった。
弟であるフェリクスは、普通過ぎる見た目から、女子生徒達からの特別な人気は全く無かった。不細工だからフェリクスは相手にされていないという訳ではなく、今イシュア国の学園では、貴族達の恋愛結婚が流行していて、政略結婚しかありえない王子との交流を皆が避けていた。ただ、コミュニケーション能力は高く、令息達からは気さくに話せる友人としての人気は獲得していた。
「セーラ嬢、今日はお招きいただき感謝します。」
毎週土の日の夜の定番になったオズボーン公爵家の夜会に、フェリクスも参加していた。ダークブルーの礼服は、フェレール国の正装で、銀髪を引き立てる効果があるのか、普段の学園制服よりも5割増しで凛々しく見えた。
「フェリクス殿下。ようこそ公爵邸へ。」
話しかけられたセーラは何を話せばいいのか困っていた。話しかけられる意図も分からなかった。この1か月間、ほぼ毎日挨拶だけでなく、会話を交えているのだから、この場でわざわざ話をする必要を感じなかった。深い間柄にはなっていないが、会話で聞き出せる話は全て聞いていたため、何を話題にすればよいのかがセーラには分からなかった。
「とても美しい装いですね。」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
「黄色が好きなのですか?」
「はい。好きな色の1つです。」
「もっと好きな色があるのですか?」
「緑が好きです。」
会場で笑みを絶やす訳にはいかないセーラはにこやかに会話を交わすが、無意味な内容にしか思えなかった。フェリクスは髪飾りや首飾りと容姿を褒めてから、装飾品の購入場所を質問した。飾りに使う宝石やイシュア国の北部産である事を聞き出してから、その産地を褒めた。
「殿下の装いは、フェレール国の正装でしょうか?」
「はい。パーティー用のですが、正装の一つです。フェレール国は北部国家で、寒気が強い国ですから、深い色合いの正装が多いです。」
「とても素敵です。」
「服装を褒めていただきまして。ありがとうございます。」
「いえ、殿下自身も素敵です。」
「ありがとうございます。」
セーラとフェリクスは社交辞令の範囲の会話を続けた。
初めて聞く異国の話であれば、興味もあるから、楽しい会話となるが、これまでの学園生活で一通り話をした内容を社交場で繰り返しているだけなので、何1つ楽しい事は無かった。お互いに知っている事を承知で会話を続けていた。
何の実りもない会話が続き、つり目気味の深紅の瞳に困惑が浮かび上がるようになった時、青いドレスのお人形姫が救援に来た。
「フェリクス、セーラ嬢を1人占めするのはいけないわ。」
「姉上。」
「ビアンカ殿下。」
姉の登場に分かりやすい不満の表情を見せた事から、周囲の貴族令息令嬢たちは、王子が公女に好意を寄せていると感じた。学園で隣席に居て、様々なサポートを受けるために誰よりも会話を重ねる男子が、成長しつつある赤髪の美女に魅了されるのも当然だと考えていた。
そして、そこから先は、個々人の妄想が膨らんでいった。
弟を取られる危惧からセーラに嫉妬する姉ビアンカ。
愛するセーラと自分よりも仲良くする姉に対して苛立ちを感じるフェリクス。
自分自身の気持ちに気付かずに姉弟とただ仲良くするセーラ。
勝手な物語が描かれる中、3人は学園で行われる会話の延長線上の話だけを続けていた。ただ、ビアンカは今仕入れてきた楽しいネタをセーラと共有して笑顔を見せていた。学園の延長線上の会話であっても、2人の女性との会話は楽しさに満ちていた。
公爵邸から王城王子宮へと帰宅する馬車の中、可愛らしいビアンカは真剣な目つきで、弟を問い質していた。
「何の意味があったかを教えて。」
「セーラと話をしただけ。情報収集。」
「情報収集?あの会話が?」
「姉さん、無意味に聞こえる内容であっても、会話を重ねれば、友好度は上がる。そうすれば、色々な話を聞き出す事ができるようになるかもしれない。」
「情報収集のために仲良くするつもりなの?」
「姉さんだって、そうだろ。」
「私は・・・。」
「別に、機密情報を盗んだりする訳じゃない。姉さんとセーラがもっと仲良くなって、個人的に公爵邸に招かれるようになれば、イシュア国の軍事部門の動きに関する情報を手に入れる事ができるようになるかもしれない。と言っても、イシュア国がフェレール国に攻め込んで来るような動きに関しての情報を、事前に手に入れる事ができればいいと考える程度の事なんだ。」
姉とセーラが仲良くなりつつあることは、一番身近にいるフェリクスがよく分かっていた。おそらく、国における同じような立場にいる事と、お互いに持たない魅力を持ち、お互いに相手の魅力部分に憧れている事が、2人の良好な関係を加速していると、フェリクスは予測していた。
ビアンカ姫は国に役立つための行動を心がけていた。心がけてはいたが、目立って何かを成し遂げた事は無かった。その事が、唯一の姫としての立場を崩しかけていると、ビアンカ自身は考えていた。だから、この留学において、何か国のためにできる事を探していた。
しかし、ビアンカが得たのは、可愛らしい姫という賛辞だけだった。それは国としては何の価値もないものであった。そして、童顔でいる事を嬉しくない姫にとっては、個人的にも喜ばしい事ではなかった。
「フェリクスの考えは分かるけど。あからさまな情報収集が、イシュア国から警戒されたら問題よ。」
「それは気を付ける。」
「それと、私はセーラとは立場を超えて仲良くなりたいと考えているわ。」
大人っぽい容姿と武勲を手に入れている赤髪の美女にビアンカは憧れていた。その2つだけでも敬愛するのに充分であったが、実際に学園で接する中で、優れている所を目の当たりにして、第2公女を日に日に好きになっていた。
「友好を深めるのが、ここに来た目的だから、姉さんが、セーラと今以上に仲良くなることは良いことだと思うけど。時間はあるんだから。色々と焦らない方がいいと思う。」
「分かっているわ。」
イシュア国の軍事行動に警戒しているといっても、第2王子ジェイクを人質として預かっているため、すぐに危機が訪れる心配はなかった。ただ、留学が終わって双方が帰国したと同時に、軍事活動が引き起こされない保証はないのだから、常に警戒するのが、異国に留学した王子王女の心得だとフェリクスは、この姉から習っていた。
しかし今、自分よりも圧倒的にしっかり者で真面目な姉が、国の役目と自分の思いを天秤にかけていて、セーラという個人と親しくなりたいと強く願っている姉の姿を見たフェリクスは、セーラ・オズボーン公爵令嬢との出会いが、自分たち双子に大きな影響を与えるだろうと予測していた。
そして、なぜかこの時点で、何かを覚悟しなければならないという予感を持っていた。




