3年生(2回目) その92 社交場
92 社交場
毎週のように公爵邸で社交パーティーが開催された事は王都での話題となった。
土の日の夕方になって、王都東部寄りにある貴族街から、西部への公爵邸に向かう馬車が王都を横切っていくのを見た民たちは、戦勝記念パーティーを公爵邸で行われているのだと最初は考えた。
翌日の太陽の日の昼間には、騎士爵階級の軍功者を招いての昼食パーティーが開催されるのを民が知ると、公爵は貴族達との交流だけでなく、部下たちとの交流も盛んにしているのだと考えた。
しかし、その翌週も同じように夜会と昼食会が同規模で開催されると、何が目的なのだろうかと疑問に思う庶民たちが様々な噂を広げていった。さらに、公爵邸が、王都の商業ギルドで3か月間の臨時雇用の募集を行ったことが知られると、これらのパーティーが単なる戦役の慰労会ではない事を確信した。
それであれば、目的は何なのかという話題が庶民たちに広がっていった。
ケネット侯爵が引退した事は知られていたので、派閥に関連する動きではないかと言う推論が一時期王都を駆け巡ったが、公爵邸に招待される貴族達は、ケネット侯爵派閥、宰相派閥、中立派閥に関係なく集められているので、それはないだろうと否定される事が多かった。
太陽の日の昼食会は下級貴族や大商人、及び彼らの子供達も参加できる事が知られると、経済活性化のための施策ではないかと言う意見が一時期有力になった。去年は戦時体制のために、大規模な催し物が自粛されていたため、王都を中心とした経済活動は縮小していた。それを拡大に転換するための施策であり、特に軍功者として褒章を受けた者達に出費させる事で、経済を大きく回そうとしている政策であるとの指摘は、決して間違いではなかった。実際に、王都の経済は再び大きく動き始めて、金回りや非常によくなった。
ただ、大きな動きが出た後も、毎週開催されるとなると、他の目的があるのではないかと考える者が多くなっていった。目的が明確ではないため、公爵邸のパーティーは庶民たちの話題として王都を駆け巡り続けていた。
「セーラ、今夜もお招きありがとう。」
「ビアンカ様。ようこそ。」
「今日のドレスはとても華やかで、似合っているわ。」
オレンジ色のシンプルなドレスの赤髪の公女は、美人と言える容姿を誇っていた。髪飾りか首飾りで彩りを増やせば、さらに美しさを増すのにと残念に感じたフェレール国王女は、その指摘は言いかけて止めた。
この1か月間に仲良くなったと言える同級生ではあるが、相手の領域に踏み込むほどに心を許している訳ではなかったし、社交の場では失礼な行為に該当する可能性があった。まだ、慎重に言葉を選び続ける段階ではあった。
「公爵ご夫妻が見当たらないのだけど。どこにおいでですか?挨拶をしたいのだけれども。」
「今日は、レイティアお姉様とロイドお兄様がホスト役なので、欠席しています。」
「そうなのね。お二人に挨拶をしたいのだけれども・・・。」
レイティアもロイドもそれぞれの同姓の同級生を1人引き連れて、年配の夫婦の元へそれぞれ出向いて話し込んでいた。
ロイドが話している夫婦が、レイティアが引き連れている令嬢の両親で、レイティアが話している夫婦が、ロイドが引き連れている令息の両親である事が分かっているイシュア国の人間は、ホスト役の2人が婚約を成立させるための交渉をしているのが分かっていた。
「セーラ、お二人は何のお話をしているの?」
「婚約を成立させるための話をしているの。」
「お見合いの打ち合わせなの?」
「お姉様とお兄様が連れている同級生は、お互いに好き合っていて。結婚を前提に付き合う事を望んでいるの。ただ、御両親にはその事を、全く話したことがなくて。」
「お二人は手助けをしているのね。でも、当事者の2人がそれぞれの両親に挨拶をすれば、問題ではないの?」
淡い黄色を基調としてレースで可愛らしく仕上げたドレス姿のビアンカにセーラは何の躊躇いもなく話を続けた。
「もともと、2人の家は派閥が違ったから、交流がなかっただけでなく、派別の関係上、対立している陣営で。」
「今までは家同士の婚姻はできなかったという事?」
「そうみたい。今は最大派閥だった首領が引退して、派閥統制がほとんどなくなったから、婚姻ができない事はないけれども、今までの事もあるから、家同士か急に仲良くなれる訳ではないから。」
「ああやって、2人の家族を取り持っているのね。それは分かるのだけど・・・。それこそ公爵夫妻が前面に出てきた方が良いのではないかしら。」
「・・・そう言われると、そう思えるけど。お姉様とお兄様には色々考えがあるみたい。」
国内の派閥関係や婚姻事情を他国の王女に何の躊躇いもなく話をしているのに、姉の話になると言葉を濁すような態度を取ることが、ビアンカには良くは理解できなかった。庶子として育ち、13歳から公女として生きる事になったセーラには、貴族意識や知識が乏欠けていて、何が大切であるのかを、十分に理解していないのではないかとも思った。ただ、所作をはじめ学生としての知識、それに戦場での武勲話を考慮すると、無能とは無縁の美女である事は確定していた。優れた美公女であるのに、この隙の多さをビアンカは理解できなかった。
「うまく行ったみたいね。挨拶に行きたいのだけど。」
「次の2人がもう準備しているみたい。最初に言っていたように、個別の挨拶を受けている時間はないみたい。」
来年結婚を予定している2人は、恋愛絡みでの同姓の学生から信頼を寄せられていた。
ロイドは宰相の孫でありながら、宰相派閥の様々な統制に明確に反対していたので、宰相派閥の令息の中で、ケネット派閥の令嬢に恋心を抱いた者達は挙って相談を持ち掛けた。それに対して最大限の便宜を図り、いざという時には力を貸すとの確約もしていたので、男子生徒からの信頼度は絶大だった。
そして、レイティアは女学生の恋愛の味方として崇められていた。本来ならば、美女神の娘として同性からの強烈な嫉妬の対象になるはずだったが、そうはならなかった。婚約者であるロイドが美男子の枠に入っていない点に加えて、レイティアがロイド以外の男性に全く興味がないという点で、女生徒たちは恋愛のライバルという意味での嫉妬心からは解放されていた。
さらに、レイティアの方が女生徒に対して嫉妬心を滾らせる場面が何度か発生するに至り、彼女たちは美女神に嫉妬する必要を完全に失っていた。社交辞令の一環として、ロイド卿を褒めただけなのに、睨みつけるように見てくるレイティアに誰もが戸惑った。だが。嫉妬する美女神の姿を見る事によって、自分に益になる嫉妬と損になる嫉妬を学ぶ事ができたのは彼女たちによって大きなプラスになっていた。
心に刺さる棘になる可能性が高かった女神が完全な味方になってくれた女性達は、次々と相談を持ち込んでいった。その場でどうにかなるレベルの内容ではなかったが、最後の最後で味方になるというレイティアの言葉は、女生徒達に圧倒的な安心感を与えていた。
ロイドの休日を奪ったというだけで、宰相室に乗り込んで行って大暴れをした実績を持つ鬼神が、自分の恋愛に関して援助を確約してくれただけでも安心できた。それに加えて、実際に困っている女生徒がいれば、それについて誰かは関係なく意見をする行動力を持っているのだから、レイティアは信頼できる友、先輩ではなく、恋愛の守護神として信仰の対象になっていた。
翌朝、公爵邸の敷地内での野外昼食パーティーの準備が始まった。昨夜に続いてのパーティーに公爵邸の執事、メイド達は疲労はしていたが、生き生きとしていた。優れた技能を披露する場面が少ない事に不満を持っていた常住する面々だけでなく、臨時採用の面々も憧れの公爵邸で働くことができるとあって、満面の笑みで働いていた。
そして、セーラとエリックとアイリスも食堂で準備の手伝いをしていた。
「セーラ姉さんを目標としなくてもいいよ。アイリス。それぞれに得意、不得意があるのだからね。」
「そうではなくて・・・。」
過去に食堂で働いていた16歳の少女と、労働経験のない9歳の少女の間にある知識と技能の格差は当然の事で、その事でアイリスが落ち込んでいる訳ではなかった。むしろ、尊敬する姉の素晴らしい所を見る事ができて、嬉しささえ感じていた。うつ向きがちに呆然としていたのは、婚約者の技能が圧倒的に自分よりも上だったからだった。
将来の夫になる14歳の男子が何でもできる天才である事は良く知っていた。料理もそれなりに上手だとは知っていたが、パーティー準備のために最高速で料理作業をしている姿を見るのは初めてで、それは速さと正確さにおいて圧倒的だった。
「アイリス、そんなに気にしないの。エリックの速さは、戦士の速さだから料理とは違うの。材料を切る速さは、それほど重要な技能ではないわ。基本の手順を覚えて、味の組み合わせを理解して、それを料理に活かす事ができるようになればいいのよ。」
「はい。でも、エリック様は、セーラお姉様から、味付けも教えてもらったとおっしゃっていました・・・。」
その情報は事実であり、エリックにしてみれば、姉の素晴らしさを婚約者に語るための話題に過ぎなかったが、常時婚約者の能力に圧倒され続ける少女にしてみれば、決して軽いものではなかった。
妻として夫の食事の準備をすると言う事が普通の事だと生活の中で見てきた騎士爵家の令嬢としては、自分が妻としての役割を果たせない、役立たずの妻になるのではないかと危惧した。そして、この天才達の住まいの中で劣等感にあがないながら生活していたセーラには、アイリスの気持ち、表情の理由がよく分かった。
「アイリス、こういう時は、溜息と一緒に。エリックは特別なのだと考えて、エリックに料理を作ってあげるのを諦めるしかないわ。」
「え。」
「姉さん、そんな。」
「エリックは、自分の料理の腕を自慢したいんでしょ。好きなだけ、自分で料理して、自分で食べればいいのよ。アイリスが作ってくれた料理は、私が食べるから。アイリスは私のために料理を作ってね。私は、エリックが作った料理より、アイリスが作ってくれた料理の方が美味しいと思うわ。」
「なんだよ。僕だって、アイリスが作ってくれる料理が食べたい。アイリスの料理の方が美味しいに決まっている。」
「だって、アイリス、どうする?」
「え。エリック様が望んでくれれば。」
「そう。であれば、今度は私と一緒に料理をしましょう。エリックは抜きで。美味しい料理を教えるから。」
「はい。」
「ええ。僕も一緒・・・。食べさせてくれるよね。」
一緒に料理がしたいという言葉を視線で封じ込めたセーラは、弟から合格点の発言を引き出せたことに安堵した。
その時、食堂に巨体の執事が入ってきて、主である第2公女の方に近づいてきた。
「どうしたの。ザビッグ。」
「ビアンカ王女殿下がおいでになりました。今、応接室でお待ちいただいております。いかがいたしましょうか。」
「来訪の目的はおっしゃっていた?」
「はい。昼食パーティーに参加したいとの事です。」
セーラが思考を巡らせた上で即断した。
「分かったわ。エリック、アイリス、今日のパーティーのホスト役をお願いしたいの。やってもらえる?」
「セーラお姉様が、ホスト役をする予定ではないのですか?」
「お父様もお母様も、ロイドお兄様もお姉様も不在だから、年齢順で私がホスト役の予定だったけど。ビアンカ様の対応が必要になるから。2人でしてもらいたいの。将来の夫婦なのだから。ちょうどいいと思うわ。お願い。」
尊敬する姉に頼まれた事、しかも公爵家の公式行事に婚約者として役目をもらえた事にアイリスは不安ながらも喜びを感じた。
「はい。」
「エリックも。」
「任せてください。」
セーラ自身も公爵家の令嬢として、屋敷内の決定をしたことが嬉しかった。
セーラは公爵家の実娘ではあったが、12歳まで外にいた事から、アイリスと同じ立場に近かった。公爵家に受け入れてもらえる何かが無ければ、そこにいられないのではないかという不安を常に持っていた。
その何かとは役割であり、それを失敗した場合、公爵家には相応しくないとの評価を受ける事にはなるが、何もしなければ受け入れてもらえる事は無いのだから、その役割に挑戦する事に躊躇いはなかった。




