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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
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3年生 その83 王城招聘

83 王城招聘


公子エリック暗殺未遂事件の翌日から、王都は普段の姿を取り戻した。学園も通常の授業が行われた。宰相の名で、実行犯の捕縛と調査中である事をすぐさま公表した上、オズボーン公爵家とケネット侯爵家の間では、これ以上の対立はないと貴族達に説明した。これによって貴族街区は落ち着きを取り戻していた。公爵家は王都のギルドに対して、王都で戦闘が起こらない事と、平常通りの生活を保障する旨の宣誓書を示す事で、平常化を実現した。ただ、事件現場である公爵邸が警戒態勢を取る事も同時に伝えて、あくまでも警戒のためであると伝えた。

事件から1週間後、エリックは宰相の名で王城に招聘される事になった。国王の帰還までは2,3週間かかるため、年内には何の動きもないと考えていた公子は驚くと同時に、現時点で何の話し合いをするのかが分からなかった。

「宰相様からのお手紙でございましたか?」

「王城で話し合いをしたいとの事だけど。何の話をすると思う?」

 セバスチャンの入れたお茶を楽しみながら、エリックは執務室のソファーで手紙を開いていた。

「具体的な内容が何も書いていないのであれば、ケネット侯爵派のどなたかが、エリック様と会談を持ちたいと要請しただと思われます。」

「侯爵自身か、第2王妃様か、どちらかだと思うけど。我が家に詫びを入れるにしても、国王陛下が戻ってきてからの方が良いと思うし。私を侯爵邸への侵入で責めるにしても、国王陛下が戻ってきてからでないと、意味がないと思うのだけど。この考え方は間違っている?」

「いえ、私もそのように考えます。ただ、人の思惑というのは当人にしか分からないものです。」

「うん、警戒はするけど、何か準備をする?」

「ロイド様からのご連絡がありませんので、準備の必要はないかと思います。」

「そうだね。」

宰相の孫のロイドは、宰相に代わって、財務関連の新制度に対応するために財務関連業務の指揮を行っていた。改革を主導していて、多くの仕事を宰相府に差し戻した財務省側は、簡素化した書類計算の指導が負担にはなったが、それ以外の部分では楽ができるようになったため、負担は大きく減った。一方、軍備と開発に関する行政方針を決めて、税務作業に関わる決定をしなければならなくなった宰相府の負担は一方的に増えた。

「お召し物はいかがなさいますか。」

「財務卿としての仕事もあるかもしれないから。紺色ではなく、赤茶色の礼服を。」

「畏まりました。」

エリックは、公爵邸から馬車を出す前に、王都ギルドに対して改めて戦闘はないとの連絡を入れた。さらに、門外で貴族礼服の姿をわざわざ見せながら馬車に乗り込んでいた。


 王城の中央地区は王の住まいで、南方地区が行政府であった。宰相府、財務省の他にも様々な部署が存在する南地区の中に、王が行政上の御前会議をする大会議室があり、エリックはそこまで案内された。

 豪奢な部屋の中央に大きなテーブルが置かれていて、上座は王座であって空席だった。エリックの左手側の10席は6席が埋まっていた。第1王子、第1王妃、第2王子、第2王妃、第3王子、第3王妃の6人が勢揃いしていた。王子達は3名とも薄い青色の礼服を纏っているが、王妃たちは薄緑、薄紫、薄赤の簡素なドレス姿だった。首飾りのような装飾品を全くつけていないのは、この会議が行政府の会議であり、社交が必要ではなかったからでもあり、王が不在の王城で着飾る必要がないという建前を守っているからでもあった。

「宰相の招聘により参りました。」

「久しぶりじゃな。エリック公子。」

「はい。席は、隣で良いのですか。」

「ああ。」

52歳の宰相は、孫のロイドと同じ銀髪緑目で中肉中背の老人ではあったが、凛とした姿勢を崩したことがない紳士は一国の宰相の威厳を持っていた。エリックにとっては死亡した祖母の代わりに、とても可愛がってくれた祖父のような人ではあった。だが、実孫であるロイドを酷使するために姉レイティアに睨まれるようになってしまったため、公爵邸を訪問する回数が減っていき、6年前からは余程のことが無ければ公爵邸を訪問する事はなくなり、会う機会を失っていた。

「失礼します。それで、招聘された理由は?」

「公子が襲撃を受けた事件についてだ。」

「それで?」

「犯人は、ムスタフ・ゼノス、元ケネット侯爵家に仕えていた使用人で、財務省において、侯爵に理不尽な対応をした公子に怒りを感じて、独断で襲撃したと供述している。」

「元と言うと、捕縛後に辞めたのですか。それとも襲撃前ですか。」

「襲撃前との事だ。」

「なるほど。」

「処罰に関してだが。」

「宰相、お待ちください。犯人は捕らえられているのです。急いで裁断を下す必要はないと思います。国王陛下が御帰還されるまでは、もう少し時間が必要でしょう。陛下にご裁断を下して頂ければ良いかと思います。陛下のご裁断に否を言う者はいないでしょう。」

「そうは言うがな。」

 老宰相が有能な政治家である事は間違いないが、何でもできる天才という訳ではなかった。調整型の宰相として、先代のケネット侯爵を押さえつけながら、当代のケネット侯爵と派閥を上手に操っていた。国家の安定を最優先に取り組んできた事は評価に値するが、問題の根本を解決してきた訳ではないので、問題を先送りしてきたという批判を受ける事もあった。

 その宰相の思考は、国王陛下に裁断してもらう事で事件を終わらせるのが一番良い結果を生むという、エリックと同じものだった。さらに、その裁断の中に、第1王子の後継者指名を入れる事ができれば、今後10年間の安定が保証されるとも考えていた。

「エリック公子、私が宰相に要請するように依頼しました。」

「そうでしたか。マーティナ様。それで、私にどのような話を。」

「今回の事件でケネット侯爵家に望む、賠償の内容をお聞きしたい。」

 公爵夫人に及ばないと言っても、社交界の2つの華と讃えられていた第2王妃は一際美しく、公爵夫人とは違って、年相当の妖艶な魅力を持っていた。しかし、今日は簡素なドレスをまとい、妖艶さを見せることなく、毅然とした表情と態度でエリックに対峙していた。

「陛下のご裁断に従うだけです。」

「陛下のご出征中の事件であれば、残った者で解決するのが、留守を任された者の責任だと考えます。公子の意見を聞きたいのです。」

 3王子よりも一回り小さいエリックは、美少年で愛くるしい表情を見せていた。そのため、剣を知らない3人の王妃には、公爵家次男の恐ろしさが全く分からなった。話では聞いていても、この美少年を目の前にして、恐ろしさを実感することはできなかった。

「私が納得する賠償を提示しても、それを受けてくれるケネット侯爵が不在では、話をしても意味はありません。」

「侯爵は私の兄でもあります。要望については責任を持って果たさせます。」

「要望を述べても、受け入れられる事はないと思います。無意味ですから、発言を控えます。」

「金貨10万枚を賠償金として支払う準備があります。」

「襲撃前に侯爵家を辞めた男に、金貨10万枚を支払うのですか。」

「公爵家と侯爵家が争うような事はあってはなりません。侯爵のためと言う動機を述べた以上、無関係だという事はできません。」

「マーティナ様の仰いたい事は理解しました。ただ、陛下のご裁断を待つ方が良いかと思います。お互いのためにも。」

「お互いのためと言うのであれば、公子もこの場で決着した方が良いのでは。侯爵邸に侵入して、侯爵を刺した事が問題となる前に、賠償金を受け取る事が一番良いと思います。」

 穏やかな表情と口調を保っている第2王妃が憤りと苛立ちを隠しているのが分かったが、焦りを感じている様子が全くない事にエリックは警戒した。この状況では、第2王子の後継者脱落が確定する危険があるのに、ケネット侯爵を庇おうという姿勢を取り続けていた。

第2王妃は、今回の事件に関して、ケネット侯爵自身の部下に対する監督責任はあっても、兄が暗殺事件の責任を取る必要はないと考えていた。公子や公爵家が怒りを持つのは当然のことではあっても、国家安定のために賠償金の受諾で事件を終わらせるのが、唯一の解決方法だと考えていた。

「誤解があるようですから言っておきますが。私は侯爵を刺してはいません。侯爵自らが転んで怪我をしたのです。」

 第2王妃が目尻を釣り上げて公子を睨みつけた。

「コンラッド殿下が見ているのです。」

「見間違いではありませんか?」

「公子、自身の罪を誤魔化そうとお考えですか。コンラッド殿下、侯爵邸で公子が侯爵の足を刺したのを見たと報告したと聞きましたが。それは見間違いだったのですか。」

 直接視線を重ねる事はできなかったが、左側に首を向けた第2王妃が、第1王子の証言を要求した。だが、彼の言葉はエリックに向けたものだった。

「エリック殿、冗談はよしてください。」

「えーっと、冗談にして、この場は解散した方が良いと考えたのですが、第1王子は真剣に話しても良いとのご判断ですか。」

「冗談!殿下も公子もどういうつもりですか。」

 目前の美少年の雰囲気が変わった事に第2王妃は言葉を止めた。威圧感と呼ぶに相応しいものをはっきりと感じた。一瞬、何が変わったのかが理解できなかったが、すぐにサファイヤブルーの瞳が異様な輝きを発しているのに気付いた。

「しばらくお聞きください。私は侯爵邸では武器を人に向けた事はありません。ですが、侯爵も騎士達も私に武器を向けて、切りつけてきました。私には自己を守る正当な権利があり、相手の武器を取り上げて、それを返却した。その際に受け取りを失敗した侯爵が怪我をした事は、本人の粗相であって、私が刺した訳ではありません。あそこで起こった事は、今説明した通りです。私が侯爵邸を訪問したのは、ケネット侯爵家の家人だった者が私を殺そうとしたのだから、その事を侯爵に詰問するためです。短剣を携えたのは、直前に襲撃を受けた事を鑑みて、警戒のために持参しました。私には何の咎められる点はなく、そう判断してもらえるように立ち振る舞ってきました。」

「どう言い繕っても、侯爵を刺した事実は変わりません。ですが、事の発端は家人だった者の愚かな行為です。だからこそ、双方に傷が残らないように、こちらから賠償金を出すと言っているのです。」

「事実を決めるのは、国王陛下のご裁断です。私たちの証言を聞いてご判断してくださるでしょう。ところが、マーティナ様が、この場で事件の裁断をご希望と言うのであれば、裁断するのは公爵代理である私になります。それで良いのですか。」

「裁断を下すのは、宰相の仕事です。」

「いえ、マーティナ様、警察権、特に貴族同士の争いについては、宰相である私には権限はありません。そして、現在の王都には、国王陛下も陛下の代理人も不在です。その場合、貴族同士の争いに関する裁定は、王都にいる最上位階級の貴族がする事になりますから、エリック公爵代理が権限者という事になります。公爵代理が見間違いであると認定すれば、それが事実となります。例え、殿下たちの証言であったとしても。」

「私は国王陛下のご裁断に従うのみです。ただ、この場にいる全員が、賛同してくれるというのであれば、裁断を下す事をしても良いのですが。一応、私の望みを伝えておきます。ホイラー・ケネット侯爵の引退。ご子息であるセリオス卿に当主になってもらう事です。」

 ケネット侯爵派の崩壊をエリックは要求した。ケネット侯爵の貴族としての生死がエリックに握られていることを、第2王妃はようやく理解した。そして、ケネット侯爵家そのものを残す事が、公爵家の温情である事を認めなければならなかった。

「エリック殿、お命を狙われた怒り、それが分かった上でお願いします。賠償金の支払いで今回の事を収めていただけないでしょうか。ケネット侯爵は宰相や公爵と対立する事はありましたが、国に対して不忠な方ではありません。」

 第3王妃のカーラが深々と頭を下げた。その姿に心動かされたわけではなかったが、公子はすぐに返事はできなかった。元々、国王陛下に裁断してもらわなければならない案件であり、この場で何かを決めるつもりはなかった。ただ、話し合いの場を持った以上、ケネット侯爵派に釘を刺しておきたかった。アイリスや家人を狙われた時、完璧な安全を保障できる訳ではなかった。

レイモンドは信頼できる友であるし、カーラ王妃も去年の暗殺事件の後、公爵家と王家の友好を繋ぐために尽力していた。その事を含めて思考しているうちに、レイモンドが発言した。

「私は、ケネット侯爵家の代替わりに賛成です。それで、エリック殿、公爵家が納得すると言うのであれば、そうするしかないと思います。国王陛下が御帰還後に御裁断する場合にも、現場近くにいた人間として、代替わりを命じてくださるように進言いたします。」

「レイモンド、何を言うのですか。ケネット侯爵様からの恩義を忘れたのですか。」

「第3王妃様、冷静にお考え下さい。私自身はケネット侯爵から受けた恩は重いものであると理解しています。しかし、私個人と国家は迷惑に分けるべきです。国にとってより重要なのは、オズボーン公爵家です。」

「だからこそ、この場を設けてもらい、エリック殿に納得していただける方法を話し合っているのです。国のためにも、ケネット侯爵家は必要です。」

「いいえ。違います。オズボーン公爵家が比較対象となった場合、ケネット侯爵家でさえ、国への貢献度で言えば、足元にも及ばないのです。」

「レイモンド!いつから恩知らずの人間になったのです!」

「母上!恩知らずは私たちの方です。去年、コンラッド兄上の命を守ったのは誰ですか。セーラ公女です。暗殺事件を表に出さないために、セーラ公女の名誉を地に落としたのは誰です。私たち王家の人間です。そして、今回のエリック殿の暗殺事件もうやむやにするのですか。それで、ギルバード公爵が納得してくれるとお考えですか。」

 金髪金目の美少年は歯を食いしばりながら、じっと右側にいる実母に視線を向けてから、自分と同じように歯を食いしばっている第2王妃のも見た。

「公爵が、エリック殿の暗殺未遂事件に激昂したらどうなさいますか。考えるまでもなく、公爵に勝てる人間はこの国、大陸にすらいません。」

「公爵が反乱を起こすというのですか。」

 ほぼ背後から聞こえてくる実母の声は震えていた。

「反乱にはなりません。民衆は、公爵こそ国を治める真の王だと賞賛して戦いに加わるでしょう。今回の事件の時、侯爵家の周辺に集まった傭兵の数を知っていますか?1000名を超えています。近衛騎士団の中からも70名が職場を放棄して、エリック殿の護衛のために侯爵邸に隣接した貴族の屋敷で待機していました。皆が、実力を隠していたエリック殿を本気で心配して集まったのです。彼らが表に出なかったのは、セバスチャン殿が護衛に付いていたからです。ケネット侯爵邸に突入した時に動き出した彼らをセバスチャン殿が止めていなければ、コンラッド兄上が到着していなかったら、エリック殿が傷1つでも負っていたら、民衆の手でケネット侯爵は・・・。」

 この現実を示す言葉を出す事ができるのはレイモンドだけだった。王家側の人間で一番立場が低く、後継者にならない事が確定している第3王子だけが、後先を考えずに話をする事ができた。

「もう、王家には後がないのです。セーラ公女を犠牲にする選択をした時、オズボーン公爵家からの信頼を失ってしまったのです。公爵邸を訪問する機会を得て、公爵家の家族を見る機会を得ました。その中で、セーラ公女が家族に、特に、公爵と公爵夫人に愛されている事を知りました。不遇な幼少期を憐れんでいるのではありません。真に娘として、公女を大事にしているのです。それを見た時、王家はやってはならない選択をしたと思いました。今回、公爵家を、エリック殿を侮るような決定はしてはいけないのです。」

 レイモンドの言葉が続かないのを確信したエリックは、ここで話すべき事はないと言い残して御前会議室から退出していった。友と呼べる同級生に悲痛な表情をさせたことに一抹の痛みを感じたが、必要な事を話してくれたことは嬉しかった。


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