表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
84/198

3年生 その82 突入

82 突入


 侯爵家の巨大で、複雑な模様を描いている鉄製の門扉は閉じられていたが、通用口を普通に開けると敷地内への侵入は成功した。そのまま、玄関の大扉の所まで来た軽戦士は名乗りを上げて要件を伝えたが、それは開かれなかった。

「扉の向こうにいる騎士達よ。攻撃してこなければ何もしない。攻撃して来ても反撃はしないが、全てをかわすから、同志討ちと空振りでの自傷には気を付けろ。もう一度言っておく。同志討ちと空振りでの自傷には気を付けろ。」

 扉の向こう側にいる騎士達が息を潜めているのが感じられた。

「私に攻撃した事を、私が咎める事はしない。任務の失敗を理由に騎士団を退職したら、公爵家で雇ってやる。あと、私の強さに驚いてくれるのは構わないが。力試しを目的に挑みかかってくるのはやめておけ。事件が終わったら、好きなだけ相手になってやる。」

 警告を発し終えると、玄関の大扉に手をかけた。鍵はかかっていない事で、物品を破壊せずに侵入できたことを喜んだ公子は、体1つ分の隙間から邸内に侵入した。

「ふほ。」

 扉の前で待機していた8名の銀の騎士達が柄に手をかけ、中央の小隊長らしい男が警告の言葉を紡ぎだそうとした瞬間に、エリックは彼の真横を走り抜けていた。怯む事を知らない魔獣と対峙する戦士は、何よりも速さを重視しているため、対人戦闘の訓練を重ねる騎士達は遅すぎた。それに加えて、公子相手に警告を発すると言う手順を踏まなければ、剣を抜くことができない彼らは、ただそこに立っているだけの存在でしかなかった。

 公爵邸を真似て改築を進めたと噂されるケネット侯爵邸の玄関は、そのまま大宴会ができる大広間になっていた。左奥にある2階へとつながる階段の前に5名の騎士がいて、階段を上がった2階の廊下の部分にも5名の騎士がいた。

 他の階段を塞ぐ騎士がいない以上、左側2階奥に会談する相手の部屋があり、そこで待っている事が分かった。それが囮と言うのであっても、順番に部屋を探していけばいいだけの事であった。そのような小癪な逃げを実行しているのであれば、ケネット侯爵家の威信が地に落ち、派閥崩壊の危機につながるのだから、エリックにとってはどこに居るのかは問題なかった。

「これ以上の侵入はお止めください。役儀により、剣を抜かなければなりません・・・。全員抜剣。」

 階段の前の中央の戦士が剣を半分抜いた時、直前まで迫った公子がそのまま突っ込んできて、剣の柄を押し戻しながら、そのまま脇を抜けていった。話をする気がないエリックにとって、言葉を発する時間も隙にしかならなかった。剣を抜く側には躊躇いがあり、剣を抜く行為が威嚇でしかないのだから、エリックには脅威も何でもなかった。

「通すな!」

 階段の上で待機していた5人の騎士が抜剣して、階段を5段ほど降りた。前列3人、後列2人が階段を完全に塞いだ。剣を自由に動かす余裕はなかったが、公子に脇を抜かれる空間を完全に塞いでいた。エリックを傷つける事ができないように、宣言通りに騎士を傷つけないと言うのであれば、人壁になって動きを止めれば良いとの思考に達するのは自然だった。

「あ!」

「お!」

 階段を飛び上がってくる公子が、手摺りに飛び乗ると、そのまま騎士達の右側を通過した。一度抜けられてしまえば、素の速さに加えて、装備の軽重差で騎士達が追いつく事はできなかった。

 2階の廊下を疾走すると、最後の試練となる8名の騎士達が抜剣せずに立ち塞がった。武器を使わずに捕まえるだけであれば、躊躇いなく動く事ができると判断した小隊長の判断は正しかったが、実施するのであれば、より狭い階段で使う策であった。完全に隙間のない肉壁を作る事ができれば、公子を止める事は可能だったが、隙間はあった。

僅かではあったが、その隙間に両手を伸ばして頭から突っ込むと、騎士の脇腹の横を潜り抜けて、床を前転しながら立ち上がった。

目的地は両開きの大きな扉のある部屋、ここがケネット侯爵邸の主の部屋であった。把手を握って引いたが開かなかった。鍵がかかっている事を残念に思ったエリックは左腰に吊るしてある短剣を抜き放って一閃、扉の閂部分を切断した。

扉が開くと同時に、室内の2人の騎士は剣を抜いていた。1人はケネット侯爵で、もう1人は第2近衛騎士団団長のカルフ・オダフィ伯爵だった。ケネット派の武の象徴たる人物で、コネを使って騎士団に入団した事実はあるが、実力で団長職を手に入れていた戦士である事も事実であった。

「おはよう。ケネット侯爵、直談判に来たのだが・・・。」

「武装して屋敷に突入してきた以上、談判に来たという言い訳が通用すると思っているのか。」

「扉の鍵を壊したことは問題にされても、力強く握ったら壊れてしまったと言えば問題ないから。私が襲撃に来たという事にはならない。できるだけ穏便に話がしたいのだが。」

「話とは何だ。」

「要求しに来た。国王陛下が帰還する前に引退して、後継ぎに侯爵位を継がせると約せば、今回の襲撃は、実行犯の独断という事で納得してやる。」

「襲撃者が私の配下であるという証拠はあるのか。その者の名前は何なのだ。」

「名は知らないが、財務省で侯爵が連れていた細身の黒髪、黒目の男だ。」

「ムスタフか・・・。」

「独断か・・・。」

 公爵代理と筆頭侯爵の会話に騎士団団長が割って入ってきた。

「エリック殿、行き違いがあるようだ。この事件を騎士団に預けていただけないだろうか。犯人を尋問して、必要な調査をする。罪がある者を必ず裁く。」

「そうだな。オズボーン公爵家とケネット侯爵家を対立させるという陰謀を巡らせている者が、ムスタフとやらの真の主と言うのであれば、楽しい話にはなるのだが。そんな愚かな話でも襲撃者に語らせるつもりなのか。」

「そのような事はしない。騎士団の名誉、私自身の名誉にかけて、罪がある者を必ず裁く。どのような身分の高い方であっても、犯人と関係があれば、必ず裁く。」

「そういうなら、そこにいるケネット侯爵を捕縛して、罪を裁けばいい。配下の1人が私を殺しに来たのだから、主犯と疑われるのは当然だ。それに実行犯が単独で犯行をしたとしても、主としての責任があるだろう。」

「・・・。」

「・・・。」

「カルフ団長、今回の場合、保護するという名目でケネット侯爵を王城に連れていけば良かったのです。王城に逃げ込まれると、私としても手の出しようがなかった。それが政治というものだと思います。」

 軽戦士風の公子が政治を語った事に少なからず驚いた瞬間に、第2騎士団は完全敗北した。急接近を許した騎士は、何の対応もできずに剣を握っている右手首を掴まれた。激痛と共に指の力が抜けて、剣が床へと落ちた。

「ぐぅ・・・。」

 落ちた剣を遠くに蹴り飛ばしてから、エリックはケネット侯爵の方へと歩き出した。究極の兵器である事を要求されてきた公子の強さを目の当たりにして、強烈な恐怖を感じていた。その恐怖に立ち向かうために、館の主は剣を降り下ろした。

 47歳の侯爵が全盛期の強さを持っているはずはないが、剣の振りを見た公子はこの敵がこの年になっても戦士として鍛えている事に対しては敬意を払うべきだと思った。彼には彼の言い分があり、彼がしてきた事の全てが悪という訳でもなく、敵も多いが、敬意を持って従っている部下達も多かった。

公爵家が絶対的な正義でもなく、今回のエリックの突貫が様々な面から非難の対象となる事をエリックは理解していた。ただ、今後の危険を排除するためには、こうする事が最善であると判断していた。

 ケネット侯爵が降り下ろした剣を避ける事も、手首を掴んで背後に回って剣を奪い取る事も簡単だった。腕をねじ上げながら床にうつ伏せに倒した事で、剣での勝負は完全に終わった。


 第1王子コンラッドは、公爵邸の門前で実行犯を捕獲すると同時に、王都東部にある騎士団の常駐地へ向かった。そこで尋問を始めたが、実行犯は最初黙っていた。

 何も言わなければ、ケネット侯爵家が潰れる事になると伝えたことで、名前とケネット侯爵家の家人である事、主を侮辱したエリック公子を許す事ができずに襲撃を単独で行った事、との供述を得る事ができた。

「セバスチャン!エリック殿は、いつ突入を。」

「先程です。」

 騎馬から飛び降りた王子が部下たちに指示を出して、ケネット侯爵家の屋敷へと突入していった。

「コンラッドだ。私を邪魔するな。エリック殿は、どこに?」

 屋敷内に王子の声が響き渡った。巨大な屋敷に点在する騎士達の集団が、そのまま道標になっていた。倒れている者もなく、怪我を負っている者もなかった。第2騎士団が縁故で採用が多いとは言っても、一定水準の力を持っていた。イシュア国では、実力がない者は侮蔑の対象にしかならなかった。実力を隠して入団しても隠し通せるものではなかった。魔獣の巣での魔獣退治が義務でもある彼らにとって、実力を偽る事は死に直結した。賄賂も縁故も通用しない面接官が、実力なく入団した人間の生きる道からの退場を促していた。

「エリック殿、待ってくれ!!!」

 階段の一歩目。

「エリック殿、待ってくれ!!!」

廊下への一歩目。

「そこを退け。」

ケネット侯爵の執務室の空いたままの扉の中にコンラッドは飛び込んで叫んだ。

「エリック殿、待ってくれ!!!この事件は第一王子コンラッドが、宰相の許可のもと、預かる事になった。実行犯を捕獲して、最初の尋問を行った。後は、任せてもらいたい。」

 うつ伏せの侯爵に馬乗りになり、腕を固めていたエリックは、右手に握った剣で侯爵を突き刺そうとしていた。

「エリック殿、ホイラー様を殺すのだけは許してくれ。」

 第2師団団長のカルフが懇談した。公爵家と昵懇である第1王子の力を借りなければ、懇願すらも挑発になると考えた彼の判断は正しかったが、今回の言葉が挑発にならなっただけであって、エリックの心を動かす事はなかった。

 振り上げた剣をエリックは振り下ろした。

「!!!」

 右足の太股に刺さった剣を手放したエリックは立ち上がった。扉の所で立っているコンラッドに近づきながら、腰ベルトに刺してあった緑色の小瓶を取り出すと、それを差し出した。

「布で傷口を抑えながら、ゆっくりと剣を抜いてください。まっすぐ正確に抜けるのであれば、早く抜いても構いませんが。できるだけ出血しない事が重要です。剣先を10センチほど刺しましたので、この薬草を塗る時だけは、傷口にしっかりと押し込んでください。痛みには耐えられるでしょうから、できるだけ奥まで突っ込んだ方が、直りは速いです。私は公爵邸に戻ります。」

「分かった。」

 コンラッドは震えている自分自身を隠す事もなく、公子から小瓶を受け取った。13歳の学園中等部1年の美少年が、王子の言葉を無視してまでも、公爵家を害する者に対する制裁を躊躇いもなく実施した精神力に恐怖していた。

 殺さずにいた事が、第1王子への配慮であると言い張るように、わざわざ自分が部屋に踏み込んだ瞬間まで、剣を振り下ろすのを待っていた。そして、到着した瞬間、厳密に言うと王子の言葉に満足した瞬間、公爵代理は剣を振り下ろした。

この少年の第1の目的はケネット侯爵及び派閥への制裁であったが、第2の目的として王家、特に次代の王家の資質を試す事ではなかったと、コンラッドは考えた。彼の姉に全ての罪を押し付けたのは紛れもなく王家であり、第1王子と第2王子の後継者争いを激化させないという理由だけで、第2公女を犠牲の羊にした。その時点で、最強の武である公爵系に見限られていた事を自覚するべきだった。

 命を賭けて国のために働く公爵家を少しでも疎かにしてはいけなかった。その最も大事な王家の誓いを破った時、王家も国も大きく揺れてきたことを歴史から学んでいたが、それを怠った今、王家はイシュア国の王である地位を失っても仕方がない事態へと進んでしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ