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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
83/198

3年生 その81 門前

81 門前 


 午前8時になるとエリックとセバスチャンが茶革の軽戦士装備で公爵邸を出発した。王都に近い北西部の貴族屋敷街区を目指して速足で歩いている2人が通過する街路には、住民の姿がなかった。朝の活動が始まっているはずの時間帯であったが、通り沿いの店舗は営業をしていなかった。

「立札の情報が広まったようです。」

「ケネット侯爵家の使用人が、公爵代理エリック・オズボーンを襲撃。撃退して、ここに晒す。ホイラー・ケネット侯爵を詰問する。と書いておいたから。」

 日の出前に明かりを灯しながら走った馬車が、ミクソン邸と公爵邸を往復すれば、公爵邸に何かが起こった事は誰でも分かった。近隣の住民とギルド員が公爵邸を伺っていると、2人の人物が門の所に出てきて、何かをして屋敷に戻っていった。

 そこに、人らしき横わたる何かと立札があるのだから、それを見に行くのが偵察の役割であり、その内容を驚愕しながら書き写すと、ギルド支部に駆け込むと同時に、近隣地域への警告を発した。

「どこも動くところが無ければ良かったのですが。」

「このまま速足で。」

「一応、諫言いたしますが。当主以外に手を出されないようにお願いいたします。私が対応するので。」

「私なら傷つけずに無力化できるが。」

「エリック様が侯爵以外の者に、手出しするのだけはお止めください。」

「分かっているけど。セバスが怪我をするような事になったら、手出しするけど。」

「畏まりました。怪我をしない間は、絶対に手出しをしないでください。お願いします。」

「分かった。」

 銀色の甲冑を纏った近衛騎士達10騎が到着した。

「役儀によりお尋ねする。役職と姓名をお聞かせ願いたい。」

 目の前で壁になるように立ち塞がれたため、エリックは立ち止まった。主の前に出ようとする老家令を手で制した公子は馬上の騎士達を睨みつけていた。

「エリック・オズボーンだ。分かっている事を一々聞くな。このまま戻って、上司たちに止める事はできませんでしたと報告しろ。」

「公子、武装の理由をお聞きしたい。」

 王都の治安を守る近衛騎士としては間違っている行為ではなかった。正式な礼式装備を纏っているか、帯剣のみであれば、エリックを足止めする事はできなかったが、明らかに戦闘態勢である軽戦士の装備であれば、治安維持の責務がある騎士団が問い質すのは当然だった。

「立札の事を聞いて、ここに来たのであろう・・・。」

「エリック様、この10人なら、傷を負わせずに無力化可能です。」

老紳士の言葉に10人の騎士達は一気に緊張感を高めて、剣に手をかけて警戒した。50歳を超えた老齢の戦士ではあるが、公爵の懐刀として勇名を馳せた戦士であり、平常時における魔獣退治においては、王都一と評されるほどの実績を持っていた。ランドルフ騎士爵が公爵家の表の剣であるならば、セバスチャンは裏の剣、魔獣の巣を切り裂く万能の刃だった。その事を知らない者は王都の騎士達の中には居なかった。

「待て!!!」

 少し離れた位置からの声に騎士達の何人かとエリックが視線を向けた。遠くで馬を降りた騎士が走り寄ってきた。

「コンラッド殿下。」

「双方待て!」

 第一王子の登場に騎士達の方が安堵の表情を浮かべていた。王子は銀色の軽装鎧という簡易兵装だったが、その胸には深紅のバラ柄のである王家の紋章を輝かせていた。1人の騎士ではなく、王子としてこの場に登場した事をそれが示していた。

「第2騎士団での全ての命令は撤回する。他の者達と一緒に、街路の脇で待機しろ。」

 美剣士ではなかったが、鍛え上げられた戦士となっていた王子は、少年戦士を見下ろした。

「おはようございます。殿下。今日は学園へは行かないのですか?」

「今日は臨時休園にした。」

「そうですか。それで、私に何か御用ですか?」

「王宮で話がしたい。来てはもらえないだろうか?」

「急用がありますので、後日お伺いいたします。」

「ケネット侯爵邸に行くのは待ってもらえないか。今から賊徒を捕えに行き、調査をした上で、公爵代理からも話を聞きたい。」

「看板に書いてある通りです。詳しく言うと、寝室に侵入した男が、短剣で私の喉を突き刺そうとしてきたので、寸でかわして捕えました。その男は財務省に来訪したケネット侯爵の従者の1人でした。私の話はこれだけです。」

「賊徒は何と言っているのか。」

「何も言っていません。だから、ケネット侯爵を詰問しに行きます。」

 第1王子のコンラッドには、エリックに対しての命令権限はなかった。王子と公子の関係であれば格上の立場で話をして、命令を出す事も可能だった。しかし、今のエリックは公爵代理であって、公子ではなかった。そして、コンラッドは王子であって、国王代理ではなかった。

 イシュア国では、爵位の地位と権限の所有は当主本人に限定されていた。妻や家族達の地位や権限は、当主の保護下でのみ有効とされていた。形式上としては、当主が家族達の命令にも従うようにと家人に指示を出したから従う事になっていた。

 エリックは公爵が出陣するに際して、公爵代理の任を与えていた。つまり、王都においてエリックは公爵と同様の地位と権限を有していて、命令ができるのは国王だけであった。本来なら、出陣時に、王都に残る王子の中から国王代理を選任するべきであったが、王家ではそれをしなかった。国王代理を選ぶことで、第1王子と第2王子の後継者争いが激化するのを懸念しての措置だった。王都で何事もなければ、正しい選択であったと評価される判断も、歴史書に記載されるような事件が起こったため、真逆の評価を受ける事になった。

「賊徒を捕えたい。公爵邸へ入る事を許可してもらいたい。」

「賊を捕えて、調査する権限は騎士団にあるので、かまいません。」

「では、今から調べに行く。その前に確認しておきたい事がある。」

「何でしょうか?」

「エリック殿は、公爵やアラン殿と比べて、どのくらい強いのか?」

 実力を隠してきたエリックの正体を知っている外部の人間は少なかったが、第1王子は知っていた。庶民として生活していたセーラを1年半で、魔獣の群れを撃退する実力者に育てる事ができる公爵家が、才能が無いとの理由で第2公子を弱者のままにしておくはずがなかった。少なくともセーラと同じだけの強さに成長させるだけの方法が存在していて、それを公子に実行させていない訳が無かった。

 強くなっても騎士と同じくらいと言う評価が間違っているのは誰が考えても分かるとコンラッドは思うが、世間ではそうではなかった。少なくとも、襲撃した賊徒は世間の評価を信じたようだった。

「父さんにはまだ勝てないかな。兄さんとは互角には戦える。」

 美少年の言葉が信じられない訳ではなかったが、さらなる確証が欲しくて、後方に立っていた老紳士と目を合わせると、白髪の軽戦士が頷いた。それは、ケネット侯爵邸で戦闘があっても、エリックが死ぬ事はないと言う確約でもあった。

「それほどに強かったのか。もう1つ聞かせてもらいたい。セーラ公女はどのくらいの強さを持っているんだ。」

「家族と比べて?」

「そう。教えてもらえるのなら、聞いておきたい。」

「今は、母様にも姉様にも勝てないけど。3年後には母様には勝てるようになるだろうし、いずれ姉様と互角にはなると思う。」

「本当か。」

「うん。母様も父さんも年齢があるから、もう伸びる事はないし。姉様はロイド兄さんと結婚したら、すぐに出産するだろうから。その間にセーラ姉さんが追いつくと思う。」

 コンラッドが驚いたのは、2人の戦士と同格になれるという事そのものだった。さらに、公爵邸ではセーラが美の双子女神と同等の実力者になれる事を確信している事にも驚愕した。

「・・・。失礼する。願わくば、剣を抜く事が無いようにしてもらいたい。」

「私もそう願います。」

 第一王子は街路の脇で待機していた騎士達を引き連れて、公爵邸の方へと馬を走らせた。

「エリック様、コンラッド殿下なら、悪いようにはしないと思います。」

「うん。この事件を託すに相応しい方だと思うけど。国王代理の権利を持っていれば、任せる事ができるのにね。」

「そうですね。ご自身も理解していて、エリック様に命令するような事が無かったですな。」

「正しい事なんだけど。第1王子として国王代理を名乗ってもいいと思うけど。事態が事態だし。」

「ですが、それですと、コンラッド殿下の身に危険に迫る可能性があります。」

「そうなんだよね。」

 ケネット侯爵側から見れば、公爵代理の権限を奮って暴走しているように見える公子の行為も、王家の後継者争いという視点を加えると、王都の騒動を一番小さくする方法であった。あくまでも、公爵家対侯爵家の構図を維持したまま事件を解決するのがエリックの狙いだった。


 貴族邸街区は完全に沈黙していた。何が起こるのかは分かっていたが、どの規模にまで発展するのかは誰にも分からなかった。

「エリック・オズボーン公爵代理だ。ホイラー・ケネット侯爵に面談を希望。門を開けよ。」

 守衛がないため、取り次ぎを命ずる事ができないエリックは、大音量の声で名乗りを上げた。門が固く閉められていることが、来訪の拒否を示していた。だが、大きな屋敷の内部には多くの人々が戦闘準備を整えて待機していて、来訪する事を覚悟していた。

「水をお飲みください。」

 水色の小さな魔石を手渡されると口に水を流し込んでから屋敷の玄関を見つめた。

「いかがなさいますか?」

「突入の事?それとも後ろの事?」

「どちらもです。」

「後ろの連中は、第4騎士団だから、向こうから仕掛けてはこないと思う。」

「敷地内に突入したら、介入してくると思います。」

「ギードン卿はいないと思うが。」

「はい。ギードン卿がいなければ、時間稼ぎはできます。」

 近衛騎士団第4師団団長のギードンは平民出身の実力者であった。武力だけでなく、優れた精神を持った騎士であり、公爵家としては傷つけたくない、戦いたくない人間の1人であった。

「エリック様。お待ちください。」

 突撃の一歩を踏み出そうと重心を動かそうとした公爵代理は、自分達に近づいてくる若い戦士の方を向いた。金髪金目の美少年が接近してきた。友とも言える第3王子レイモンドが、兄と同じ銀の軽装鎧、王家の紋章を身につけて登場した。公爵代理の任を受けてからの2ヶ月間、学園を休んでいた青目の美少年は、友の姿に懐かしさを感じてしまった事にふと笑みを零した。

「久しぶり。」

「エリック殿。」

「呼び捨てでいいよ。」

「ここは引いてもらえないだろうか。王城へ招待したい。そこで話をさせてもらいたい。」

「第2王妃に頼まれたのか。」

「そうではない。」

「カーラ様の依頼?」

「母上の依頼ではない。自分の意志で来た。」

「どう解決するつもり?」

「ケネット侯爵も王城に呼ぶ。そこで宰相と一緒に話し合いで決着を。」

 妥当な提案であるというのは、エリックも分かっているが、同時に話し合いで決着できるとは思っていなかった。公爵家と筆頭侯爵家の対立を解消する話し合いには、その上の権威である国王陛下の採決が必要だった。王がいない今の王都で、話し合いでの決着は無理だった。

 宰相が行政面での国王の代理である事を軸にして、話し合いを進めたとしても、宰相の権威と権限では両者に提案を呑みこませる事はできなかった。ケネット侯爵は行政には直接関わっていないので、宰相の下にいる訳ではなかった。公爵家は軍と財務卿に関連して行政組織に組み込まれてはいたが、軍では王の代理として活動できる資格を持ち、財務卿は内政業務の中でも、独立性が保証されていた。宰相の依頼を聞いて、考慮する立場ではあるが、命令に従わなければならない立場ではなかった。

「話し合いでどうにもならないよ。当事者同士で話をしない限りは。」

「ケネット侯爵が主導したのではないと思う。話し合いをしてくれ。」

「だから、その話し合いに来た。向こうが屋敷に入れてくれない。」

「軽装の革鎧であっても、その軍装では警戒して屋敷には入れようとはしない。王城で礼服姿にて話し合いをしてくれ。」

 侯爵が第2王子の後見である事が目立つために忘れがちではあるが、第3王子レイモンドの後見でもあった。後継者に推している訳ではなかったが、実家が貧乏騎士爵家の第3王妃を様々な面で支えていた。第3皇子にとってケネット侯爵は恩人の1人である事は間違いなかった。

「刺客を送られて殺されかけたから。」

「ケネット侯爵が指示を出していない。」

「だとしても、彼の部下が刺客だったのは間違いない。屋敷も騎士で固められていて、直談判をする前に襲撃される危険もあるから、この装備は仕方が無い。」

「王城までの安全は私が保証する。もちろん、王城の中でもだ。常に一緒にいる。頼むエリック。」

「断る。その間に、アイリスが襲撃を受けない保証は。公爵家の家人が人質にされない保証は。そんなものはどこにもない。」

「第4騎士団を動かす。アイリス嬢にも護衛を付ける。公爵邸の警備も王家が責任を持つ。信じてくれ。」

「信じる事ができないから、ここまで来ているんだ。1年前、姉さんは暗殺に巻き込まれた。その時、王家は何をしてくれた。何もしてくれなかっただけではない、姉さんが裁かれたんだぞ。今度も事件を揉み消すのか?」

「今度は、そんな事はしない。」

「だったら、王家は引いた方がいい。裁かれるのはケネット侯爵だからな。彼を助けようとするのではなく、巻き込まれないようにした方がいい。」

「王家が頭を下げても。」

 公子は友に対して始めて冷徹な表情と視線を向けた。公子達が大人びた思考をしているからではあるが、第3王子がとても幼く見えた。第1王子コンラッドは争乱を治めるために、筋を通して動いていた。心情に訴えるのではなく、国の王子として動いていた。2歳差のせいでもあり、友に甘えているせいもあって、第3王子は感情だけで動いていた。

「レイモンド殿下。私の命は、この国の矛であり、盾です。8年後の暗闇の暴走において、大型魔獣を打ち倒す矛、王都の民を守るための盾です。それを壊そうとした者達は排除しなければならない。誰のためではなく、国のため、王都の民のため、そして、公爵家の、私の家族の命のために、自分の命を守らなければならない。私が1人抜けることで、さらなる犠牲者が出るのは間違いない。」

「公爵家の大切さは分かっている。」

 分かっているが、現王家は公女セーラに対して酷い事をした。そして、エリックは庶民出の姉だから、この仕打ちを受けたと疑っていた。仮定でしかないが、公女レイティア程強くないから、国の盾にはならないだろうかと、切り捨てる事を躊躇わなかったと考えていた。それはエリックの勝手な考えかもしれなかったが、そういう可能性を完全に否定できない以上、第2公子はその線の考えを捨てる事はできなかった。

「公爵家の歴史は分かっているでしょうが。これからの事は何も考えていないように思えます。セーラ姉さんは最強の戦公爵の血を継いでいる。母が庶民だとしても尊重されるべきなのです。仮に、セーラ姉さん自身が強くなれなったとしても、その血筋に勇者が現れるかもしれない。公爵家の血筋を繋ぐという事は大切な役割であり、国への貢献なのです。その事を考えた王家の人間はいますか。アイリスの大切さが分かっていますか。暗闇の暴走の後、私とアイリスは結婚して、子を育てる。その子が次の暗闇の暴走を止める戦士になる。分家筋として。」

 第3王子は何も言い返せなかった。友と幼き婚約者を祝福した事はあり、幸せを何度も祈った事はあったが、2人が結婚した後の事を考えた事はなかった。ただ、幸せになるとだけしか考えた事が無かったから、何も言い返せなかった。

「殿下、30分後に突入します。ケネット侯爵邸に第4騎士団の人間がいない事を確認してもらいたい。それと、後ろの第4騎士団の兵士達で、小隊長がいるのであれば、セバスチャンに攻撃をさせないように手配してもらいたい。国の盾である彼らを傷つけたくはないが、一定以上の強さを持っている相手では、無傷での無力化は難しいから。」

 説得が失敗に終わったレイモンドは一礼すると全速力で護衛騎士達の所へ戻ると、エリックの言葉を騎士達に伝えた。


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