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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
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3年生 その80 日の出前

80 日の出前 


 12月15日午前4時、公爵邸に侵入者が突入した。黒尽くめの侵入者は鍵のかかっていない通用扉を静かに開けると、そのまま目的地へと向かった。巨大な廊下の所々にある扉の数の少なさから、1つ1つの部屋の大きさが分かった。いつ扉から公爵邸の住民が飛び出してくるのかと警戒しながら歩みを進めるが、2階へ上がっても人影どころか、人の気配を感じる事はなかった。

 公爵邸は侵入者を防ぐ事を全く考慮していなかった。3つの魔獣の巣に対する前線基地の1つでもある館は、兵士達が自由に行き来できる前提の作りをしていた。屋敷内の各扉に鍵はあるが、毎晩使うのは、正面玄関の大扉の鍵だけで、その他の通用扉に鍵をかける事はなかった。各部屋の窓も鍵をかける事はなく、誰でも自由に出入りができた。

 目的地である第2公子エリックの部屋の前に到着するまで、5分もかからなかった事に驚いた侵入者は、鍵のかかっていない扉を開けると刺客へと変わった。

 とても大きなベッドの中央に静かに寝ている少年に対して、ベッドにぎりぎりまで接近した刺客は、短剣を右手に握って跳躍した。

 イシュア国の歴史上初、公子暗殺者として名前を刻もうとした瞬間、サファイヤブルーの瞳が輝いた。短剣を持った右手の手首を握り止めると、鳩尾を蹴り上げた。その後の一瞬でエリックは、刺客の背後を取った。うつ伏せになった刺客をベッドに押し付けながら、締め技を入れた。

締め落とす直前に部屋の灯りが付いた。

「エリック様。」

「セバス、臨戦態勢を取れ!」

 白い寝間着姿の老紳士は走る向きを変えて、クローゼットの中に入った。緊急用具の入った箱から呼び笛を取り出すと、大きく呼吸をしてから公爵邸に警報を響かせた。年に1度の訓練で発せられる音が、起床前に響いたことで公爵邸は動き出した。

 クローゼットから縄と短剣を持ち出したセバスがベッドの側に駆け寄った時、刺客は気を失った。エリックがひっくり返した顔を確認した時、それは見た事がある顔だった。ケネット侯爵が財務省に書類を持ち込んだ時に付随していた5人の中の1人だった。

「セバス。ユージンに、アイリスと夫人の所へ、いや、公爵邸に連れてきて保護させてくれ。」

「ユージンがすぐに参ります。その時に命令を。して、その刺客は。」

「名は知らないが、ケネット侯爵の従者をして、財務省に来ていた男だ。服を切り裂いて、全裸にしてから縄で縛りあげる。手伝え。」

「はい。」

 男が持ってきた短剣で服を切り裂くと、その切れ布で口を縛り上げると、全裸にしてから身動きできないように縛り上げ始めた。

「ユージン、参りました。他の者は階下と東の2階の探査を開始。」

 エリックの部屋に飛び込んできたユージンは、白い寝間着の上に腰ベルトと短剣、薬品の付いたベスト、戦闘時に使用するブーツを身に着けていた。笛の音で起床して駆けつけた戦士は、報告と同時にベッド近くの床で縛り上げられている刺客を確認した。

「ユージン、今からアイリスと夫人に事情を説明して、公爵邸に連れて来てくれ。そのまま保護する。2人の護衛を命じる。」

「は。ご命令承りました。事情とは。」

「ケネット侯爵家から刺客が来た。関係者を人質にされる危険がある。馬車で迎えに行ってくれ。」

「は。」

 命令を出し終わると同時に、刺客の捕縛を完了した。全裸にしてみれば、刺客が鍛え上げられた20代後半の戦士だと分かった。騎士ではなく、傭兵だと推測できる筋肉の付き方だった事で、身元が確かな人間ではない可能性が高かった。動機は、財務省で受けた痛手の報復であるのは間違いないが、報復の手段が余りにも稚拙過ぎた。

 財務省での衝突の翌日に事件が発生すれば、誰が考えてもケネット侯爵、もしくは派閥が動いたとしか思えなかった。暗殺に成功したとしても、ケネット侯爵家の名声は地に落ちる以外の道を歩む事は不可能だった。

「セバス。こいつは殺す事が目的ではなく、侵入だけして、警告を与えるつもりだったのではないのか?」

「そうかもしれません。屋敷に簡単に侵入でき、エリック様の寝室に辿り着く事ができるとは思っていなかったのかもしれません。」

 公爵家の一族は最強一家であった。不意を付けるような実力者ですら、国内には数人しかいないのに、刺客の任を果たせる人間は国内にいないと言っても良かった。だから、公爵邸では、公爵一家を警護するとう発想がなかった。セーラが来たばかりの頃は、密かに警戒を強めていたが、その武力の成長に伴って、他の家族たちと同じように、警護を付けないようになっていた。

 公爵一家にとって一番の危険は、人質を取られる事だった。だから、自分達より弱い警護は邪魔でしかなかった。緊急事態における臨戦態勢が発動した時、一家の住んでいる西側の2階に来ることが認められているのは、セバスとユージンの2人だけだった。複数の騎士達を倒す事ができる者だけが、人質に取られる心配がないため、同じ戦場に立つ事が許されていた。

 だから、公爵邸に侵入者が現れた時、その目的地に達する前に捕縛する事は禁止されていた。侵入に気付いたセバスが、エリックに襲い掛かるまで動かなかったのは、公爵家では適切な対応だった。

「セバス。全員に軍装を命じる。狙いと経緯はどうであれば、攻撃を仕掛けられたのだから、事を治めるために動く必要がある。」

「はい。」

「公爵邸を固める。アイリスたちが到着したら、この部屋でユージンに警護させる。外部との接触をできるだけ減らすために、通いの者の出勤を停止する。オルカにギルドと接触させるように、当面の食料はあるかもしれないが、不足なものはオルカを通して確保するように。それと、週末のお茶会は、来月の20日に延期すると連絡してくれ。以上だ。指示を出した後、セバスも軍装を。」

「畏まりました。では。」

 エリックはベッドの側にあるチェストに用意された訓練服を装備していった。毎朝行っていた訓練を活かす実戦が、人間相手の戦場ではなく、自分に対する襲撃者を撃退する事になるとは思ってみなかった。


「目覚めたか。私はお前を殺すつもりはない。だが、自害してもらっても構わないし、味方に消されても構わない。お前が私を襲撃して、撃退された時点で、お前も、お前たちも逃げ場はない。ただ、国のために、誰かのために命を使うとうのであれば、次の暗闇の暴走の時に、魔獣の巣で戦う事だ。」

 警告を聞いた刺客は1階へと運ばれると、抵抗をすることなく床に横たわったまま動かなった。彼が火をつけた戦場はすでに臨戦態勢となり、止める術はなかった。死んだところで、自身がケネット侯爵家に仕えていた事実が変えられない以上、その罪が主人に及ぶ可能性は高かった。少なくとも、強大な実力を隠して、税務改革を成し遂げた少年が、ケネット侯爵を無罪のままにするとは思えなかった。生き延びて、自分の意志で犯行に及んだという真実を伝える事だけが、主人のためにできる事になってしまった。

 恩人であるケネット侯爵と侯爵家を陥れた公子エリックを脅かすのが目的の侵入だった。公子にあるまじき弱さと馬鹿にしていた彼が、優れた頭脳を持って、侯爵を追い詰めようとしたのを見た時、小生意気な小僧を武力で脅かせば、それでうまく行くと考えていた。最初は屋内の壁に傷を付ければ良いと考えていた。簡単に侵入できた事で、警戒の緩い愚か者と侮って、部屋の中まで侵入した。

 部屋入った瞬間、公子を殺害して逃げ出す事ができると確信して襲い掛かった。公爵家が必要なのは魔獣を退治できる力を持っているからであって、自分ごときに殺される程度であるなら、殺しても国家に害はないと考えた。イシュア国がダメージを受ける事がないと分かった以上、恩人のケネット侯爵と敵対する者は排除するしかなかった。刺客には刺客の考える正当性があり、愛国心も存在していた。


 日の出直前、玄関の前で馬車が止まり、馬が嘶いたのが聞こえた。公爵邸の玄関扉の屋内側でじっと待っていたエリックは、通用口から入ってきた母娘を見て、安堵の溜息を洩らした。

「アイリス、ミクソン夫人。」

「エリック様。」

 緑髪緑目の母娘も安どの表情を一瞬だけ浮かべたが、若主、老紳士、2名のメイドの全員が皮鎧と短剣を腰に下げているのを見て、戦闘が始まる事を理解した。笑顔を見せる美少年の心遣いに感謝を述べる前に、母娘は公子に深々と頭を下げられた。

「巻き込む事になります。しばらくは、ユージンとこの2名の護衛と離れず、公爵邸で過ごしてください。」

「エリック様、お気遣いありがとうございます。頭を上げてください。」

「娘の言う通りです。私たちの方こそ、身の安全のための配慮を感謝します。」

 頭を上げたエリックは、2人が寝巻の上に折りたたんだシーツを纏っている事に気付いた。

「あ、急がせた事、申し訳ありません。夫人。今、部屋に案内します。着替えの準備を。」

「畏まりました。」

「エリック様は、これからどうするのですか。」

「皆に指示を出してから、朝食にする。一緒に食べよう。その後は、出かける事になると思うけど。あんまり心配しないでくれ。」

「はい。」

 憂いが無くなったエリックは、短期決戦への道筋を描き始めた。


「エリック様。この男を門の所に晒す事の意味は何でしょうか?」

「事件を知らせる事だな。」

「杭を打って、板を付けました。」

「よし、これを貼って置こう。」

「ぎりぎり門内に置いておく意味は?」

「とりあえず、皆に説明する。屋敷内に戻る。」

 玄関大広間に20名の戦士達が集合した。他の家人はすでに屋敷内の配置が済み、朝食の準備も進められていた。

「目的は、ケネット侯爵を引退に追い込む事。それ以外の人に被害を出さない事。以上の2点だ。」

「エリック様、騒ぎが起きた後、どう収拾させるのですか。」

「収拾する方法は分からない。そもそも、この事件が誰の命令なのかも分からない。実行犯がケネット侯爵家の従者である事は間違いないが・・・。実行犯の独断という可能性もあるが。ケネット侯爵の責任が0という事はないから、引退して責任を取る形で収める事が、一番被害が少なくなると思う。」

 公爵家側からすれば、未遂だとしても刺客を送られたのだから、指令を出した人間に責任を取らせなければならなかった。本来であれば、侯爵位からの降格が最低ラインだったから、当主の引退だけで済まそうと考えるエリックは温情的と言えた。ただ、これは被害者側からの目線であって、加害者と疑われている側が納得できるかは別で、ほぼ確実に納得できるはずはなかった。

「それが一番、被害が少ないとは思いますが。向こうに認めさせるには・・・。どうなさるつもりですか。」

「朝食を取って、少し休憩してから、ケネット侯爵邸に行く。直談判しに行く。護衛はセバス。皆には公爵邸の防衛を任せる。」

 公爵代理が決断したのだから、部下としては従うしかなかった。しかも、決着をつけるには、引退させるべきケネット侯爵を直接説得する事が、最も理に適った方法である事も理解していた。だが、武力による討伐、もしくは掣肘によって屈服させる結果にしかならないとも思った。

 セバスチャンは常日頃の役目から言えば、エリックのやり過ぎを諫める立場ではあるが、今回は諫める気は全くなかった。大型魔獣から王都の民を守る事ができる公子の命を狙うことは、国家反逆罪にも等しく、許されることではないと考えていた。


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