3年生 その79 改革の時
79 改革の時
イシュア国は大陸北部の民が、豊かな南部地域に進出した事から始まった。魔獣の巣が点在していて、魔獣達が跋扈する豊かな大地を切り開いた時から国が始まった。第1期大開拓時代と呼ばれる50年間は、税制という仕組みは存在しなかった。人々の生活を維持するために分け合う事が前提の社会体制で、貴族達も戦士団のリーダーや開拓地のリーダーをそう呼んでいるだけで、確固たる階級制度は成立していなかった。
開拓が一段落したイシュア暦51年から120年の70年間は、ギルド発展時代と国史の教科書に記載されていた。現在の国土の4分の1の広さであったが、当時の人口を受け入れるだけの土地であったため、人々は領地内を整備する事に尽力した。その中で、商業ギルドと傭兵ギルドが活動の中心となった。
国としては、魔獣の巣を管理するための資金が必要で、民衆から税の徴収を始めた。これがイシュア国の税制の始まりだった。貴族達が徴収の対象でなかったのは、この時の貴族隊は国から給与をもらって生活をしていている、魔獣を退治するための国家公務員の立場であった。
人口と富の増大が、新たな土地を求めることになって、第2次大開拓時代が到来した。121年から170年の50年間で国土は2倍に広がった。余力を使った急速な拡大の中、国家公務員であった貴族達の中から、土地を個人所有する領主貴族が誕生した。そして、多くの下位貴族達が、国家に直接所属するのではなく、共に開拓に向かった領主貴族の配下として給与をもらうようになった。他の2国と同様に国家が中央集権的な統治を行うのではなく、国家とは別系統の統治体制を敷く貴族分割統治体制が成立した。この貴族制度に伴って、領地単位での課税が始まった。
第2次開拓時代には、ドミニオン国からの移民も多数流入したが、経済史においては大量の金貨が移民と共に流入してきた影響力が大きかった。魔獣の巣の管理を優先してきたため鉱山の開発が全く進んでいなかったイシュア国と、希少価値の高い魔石を購入したいドミニオン国との利害が一致して、大貿易が成立した。この事によって、金貨の流通量が一気に増えた。さらに、その金貨を使って北部のフェレール国からは銀貨と銅貨を大量に購入する事で、イシュア国の貨幣経済基盤が確立した。171年から250年の80年間が商業発展期と呼ばれるのは、貨幣流通によって様々な経済活動が盛んになったからであった。
この期間の税制は複雑になっていった。各地域で大きな経済力を持ったギルドそのものへ課税をする法人税制が始まると同時に、流通する商品個別に物品税を課す動きがあった。特に金貨の流通量が少ない頃は、金貨の所有そのものに課税する事もあった。発展と同時に複雑化した税制が、様々な活動を徐々に締め付け始めた。
イシュア暦250年から367年までは、徐々に領地の拡大と人口の増加を実現していた。これを安定期と呼ぶ歴史家もいるが、国全体の取り組みとして領土拡大が行われた訳ではなく、停滞期と呼ぶのが相応しいと主張する者も少なくなかった。
停滞期の中で経済的に特筆すべき点は、296年に品目別税率を全廃した事だった。後世の財務卿であるメルヴィンはこの功績を度々語る事があるが、実際は複雑な計算、事務処理に腹を立てた当時の財務卿が仕事の手間を省くために、衝動的に品目別税金の徴収を停止した事が始まりであった。当然、税収が減ることの責任を取れと、独断した財務卿は貴族たちから集中砲火を浴びた。武によって階級を上げて、不本意な財務卿を押し付けられた彼は、御前会議において、国王を含んだ並み居る貴族達を罵倒しまくった。
護衛の騎士が剣に手をかける状況にもなったが、第20代公爵キャンサー・オズボーンが財務卿への支持を表明すると事は収まった。罵倒の形ではあったが、提案した税の仕組みについては合理性があった。そして、この時の改革によって、複雑な税制が解消された事で、様々な物資の流通量が増加して、税収は増えていった。
315年、イシュア国は国内の鉱山開発に成功した。規模が大きくはなかったが、国内で貨幣鋳造が可能となった事が大きな転換点と言えた。二国から貨幣を輸入する対価として支払っていた魔石を国が統合管理するようになり、今のイシュア国の経済体制及び税制が形作られた。
その税制が71年ぶりに大きく変わろうとしていた。
財務官が待機している大会議室に入ってきた財務卿代理と官長に対して起立した全員が一礼した。
「着席してくれ。」
左右10名ずつの財務官を前にして、上座に座った少年は前置きを飛ばして話を始めた。
「税務処理を、本日から第1改革案に変更する。もちろん、宰相に連絡は入れるが。財務省の決定だ。」
「エリック様、よろしいのでしょうか?帰還する前に実施するのは。」
副官長のジムが質問した。この男爵家の跡取りは数字の天才で、前財務卿メルヴィンとギルバード公爵が改革案を完成させるときに、税率調整の検証をした官僚で、この改革案の功労者の1人でもだった。
「ジム。財務卿が帰還する前だと不安になるかもしれないが。エリック様なら大丈夫だ。4人のケネット派の重鎮相手に、一歩も引く事はなかった。いや、圧倒していた。お前にも、皆にも見せたかったぐらいだ。それに、公爵がいずれ帰還してくる、しかも戦勝と共にだ。表立って一番反発しそうなケネット侯爵領の決算処理さえしてしまえば、後はどうにでもなる。」
「いや。実施については、私や皆、それにメルヴィン様の悲願であるのだから、エリック様のもと実行する事に異論も不安もないのだが。」
「別の不安があるのか。」
「エリック様も御承知でしょうが、この改善案は、税務処理を簡素化する代わりに、宰相府の業務を増やすものです。さすがに1回目の今回から宰相がロイド様に丸投げするとは思いませんが。書類提出が増える時期にはロイド様にかなりの仕事を任せる事になると思います。それが公爵家の皆様方の帰還と重なると・・・。」
「!!!」
財務官僚たちは、不安げに財務卿代理の方を見た。
改革案は単純なものだった。税金の基になる利益計算における必要経費について、軍事費、人件費、領地投資の3つ以外の項目を除外する事が改革案の根幹だった。経費と認められない部分に税率をかけて納入額を決めるのだから、これだけであれば単なる増税だった。そこで、税率を3分の2に減らす事と、軍事費と領地投資については、実費の3倍までの税控除を認める事にした。これが改革案の飴部分の柱だった。国のために軍備を整え、領地発展をする貴族を優遇する税制と言えた。
そして、税控除の倍率決定を宰相府に全面的に任せる事が、行政上の大改革にもつながった。宰相府は国庫を操って様々な政策を実施していたが、その範囲は王都といくつかの直轄領だけの事であり、国土の9割以上の開発は、各貴族に任されていた。それが停滞期と呼ばれる時代を作った原因でもあった。それが変わろうとしていた。宰相府が税控除の倍率を各領土で調整する事で、国の方針に沿った政策を、各領土に実行させる事ができるようになった。もちろん、それは宰相府の負担を大きくする事になるが、今まで財務卿に押し付けていた仕事が正しい形に戻っただけの事だった。
「エリック様。公爵家の家庭の事情に、財務省を巻き込むような事がないようにお願いしたいのですが。」
「クーガー、理屈が通じない事も世の中にはあるんだ。」
宰相に仕事を押し付けられたロイドが、姉レイティアに会う機会が激減する事を想定すると、戦場から戻ってきた第1公女が、祖父である宰相に直談判をするのは間違いなかった。そして、その直談判から逃げるために、仕事が増えたのは財務省が仕事を宰相府に押し付けたからだと言い訳をする事も想定できた。
その姉の怒りが向かうのは、財務卿代理として決断した弟か、仕事が楽になった財務官僚のどちらか、もしくは両方だった。ここにいる21名が全員集められて、理不尽な怒りをぶつけられる可能性は高かった。
「エリック様には申し訳ないのですが。姉弟の絆で乗り越えていただきたいと思うのですが。」
「クーガー、同じことを言わせないでくれ。理屈が通じない事もあるんだ。僕だけでも問題を済ませるように努力はするけど。保証はできない。ただ、そういう事になっても、精神的に辛いだけだから・・・。」
第1公女レイティアは、王家に王女がいない事から、イシュア国の姫であるとの認識が、民衆にも貴族にも広がっていた。美の双子女神であり、幼少期から宰相の孫の婚約者である事も加わり、全国民の理想的な姫であると言えた。
そして、この姫にいつも対峙する老宰相は、行政能力は高いものがあったが、国民と貴族からの評判があまり良くなかった。レイティア姫とロイド卿の仲を裂く意地悪な祖父、政略結婚しか興味のない宰相と、現実とは全く違う非難をされているのは、レイティア嬢が乙女の心を傷つけられて泣いたという事案があるからだった。
幼い姫に涙を流させたという一点において、その評判が地の底に落とされる事を知っている行政府の官僚たちは、その精神的に辛い事を最も恐れていた。
「・・・。」
税制改革に反対する貴族たちは、説得可能という事で恐れはしないが、国民の姫に涙を流させた瞬間に敗北が決定する事はみんなが恐れていた。
「よし。分かった。」
「エリック様、何が分かったのですか。」
「宰相府の仕事を減らす方法だ。」
「おお。どのような方法ですか。」
「今回だけだが、税控除の倍率認可権の一部を譲ってもらおう。国境戦争があった事から、軍備を整える貴族が増えるから、今回は全て3倍で処理する。領地投資の方は2倍で算出して、3倍に移行するかどうかだけを宰相府で決めてもらうようにしよう。そうすれば、領地を持たない騎士爵や男爵、子爵の事務はこちらだけでできる。それに、1月になったら、事務処理に関する勉強会を開催する。そこで、できるだけ理解させて、事務処理の手間を省く。さらに、1月からは5名程宰相府に出向してもらって、決算に関係する事務処理を手伝う事にする。」
「なるほど。こちらは、かなり楽になれるので、それはできそうですね。」
「それに、ロイド兄さんには、今回の改革は財務省で成し遂げたいから、手を出さないようにと頼んでおく。仕事は大変になるけど。それでいいか。」
エリックの提案に反対する者はいなかった。
財務省に積み重ねられた書類たちは、丸1日の作業で決算書類へと変わった。費用と認めるかどうかの問答があったからこそ、1枚1枚の書類を処理するのに時間がかかったが、それがない今、数字の申し子達は秒単位で書類の処理を行う事ができた。
2日後に決算書類を各貴族から派遣された財務官に見せると、彼らは抗議の声を上げた。今まで費用と認められていたものが認められないのはどうしてなのだという抗議は一蹴されたが、今までの2倍も税を納める現状に納得できる訳はなく、決算書類の受け取りを拒否したまま、各邸宅へと戻っていった。
上位貴族程、様々な費用を認められて節税ができた制度が無くなったため、上位貴族達の負担は増えたが、軍備や領地開発に力を入れていた貴族達は、増額になる事はなかった。最大の納税額を誇っていた公爵家は、そもそも費用化による節税を全くしてこなかったため、単純に税率が下がった分だけ納税額は下がった。その分は王室への献上金として国に納める事で、調整を図っていた。
ケネット侯爵家は納税額が2倍にはなったが、全体の収入を考えれば、大きな額ではなかった。また、第2王妃、第2王子の後見として、今までに多額の献上金を王室に納めていたのだから、今回の財務省の改革に対して、笑顔で受け入れていれば何の問題もなかった。
だが、ケネット派の貴族達は結果としての増税に反発した。宰相派と中立派が手を組んで、ケネット派の貴族を経済的に追い詰めるようとしているとさえ考えた。財務省から言えば、押し付けられていた仕事を戻しただけの事だが、節税を利用していた者達から見れば、節税する権限を宰相府に譲ったように見えた。そして、全ての貴族が宰相府に頭を下げなければならなくなったと、強い憤りを示していた。
その派閥の憤りを無視できずに、ケネット侯爵は最後までこの改革に抵抗する道を選んだ。エリックという成人していない公爵代理を侮っていたからこそだったが、それは大失敗へとつながった。
「もういい。当人が来ないというのであれば、財務卿である公爵家の印が押してある、この決算書を持って帰れ。約束した5日目だ。持って帰らないのであれば、公爵代理である私に、嘘を付いたとして、その責任を取ってもらう。それで良いのなら、何も持たずに帰るがいい。」
イシュア暦367年12月14日、新税務制度が開始された。




