3年生 その72 着陣
72 着陣
イシュア暦367年11月3日、遅延作戦を終了した公爵ギルバードが砦に帰還してきた。5日後にドミニオン軍2000の本体がモーズリー砦を攻撃できる位置まで進んでくるとの情報をもたらした。
作戦会議室に、公爵家5人、砦の守備隊長、副隊長2人、公爵直属の援軍500名を運営している小隊長10名、そして、ザビッグ捕虜兵が集まった。
「ザビッグ殿、第4王子ベルンハルトの事を聞きたい。」
「はい。彼は勇猛果敢な戦士であり、戦術にも優れた人物です。」
「強さと言うと、貴殿と比較して、どの程度の力を持っている。」
「私には勝てないでしょう。ですが、小隊長の方々には負けないでしょう。」
捕虜に馬鹿にされたと言う者も無ければ、憤りを表情に出す者もなかった。軍として規律があるというより、1つの生命体として全てが連動していて、その意思は公爵を自由に動けるようにする事だった。捕虜兵が作戦会議参加する事も、公爵が捕虜に対して敬意を払って会話をしている事に対しても、忠言する者も無ければ、嫌な顔をする者が誰一人いなかった。
「戦術に優れているというと、ドミニオン国内ではどのような戦績なのだ。」
「3000規模の大きい戦では負けたことはありません。500名程度の小さい戦では、敗北を受け入れて撤退をした事はあります。撤退時はほとんど犠牲を出す事がないため、戦に関する評価は高いです。4人の王子の中で後継者として有力視されています。」
「今回の出兵が、後継者争いのために、私を倒すというのが目的であるとの噂を聞いたが、事実なのか?確証がないなら、貴殿の意見を聞きたい。」
「届いた命令書には、高原の水利権を奪う事が目的であると書いてありました。ドミニオンでは3年程、凶作ではありませんが、不作が続いていて、農地拡大を行政の課題にしています。ただ、隣接領から少し離れた私に先遣隊としての出兵命令を出したのは、公爵に私をぶつける意図があったと思います。狙いは、公爵を打倒する武勲を得ることだと思います。」
「貴殿が捕虜になっていることを知っているのに進軍を止めないのはなぜだと思う?」
「私の代わりに公爵にぶつける駒を用意していると思います。ドミニオン国内には私より強い者が4名います。そのうちの誰か、恐らく槍使いのトリスタンだと思います。彼は第4王子の指南役でもあります。他の3人は派閥が異なるため、参戦はないと思います。」
鬼神公爵がしばらく思考していた。ザビッグは武人として、何を組み合わせて戦術を練っているのかを聞いてみたかった。個人の武勇ばかりが目立つが、初戦と第2戦の完勝を考慮すると、公爵の戦術眼も優れているのは確実だった。
「2日後に国王陛下が着陣するとの報告が来ていたな。アラン。」
「はい。先代のノーランド侯爵と共に着陣予定です。王都からの兵士1500、侯爵が補給物資を整えてくださり、補給隊500名も同行します。」
青目の美男子親子が鉄製の騎士武装をしていれば、威風堂々という言葉が似合った光景を見る事ができるが、2人は女性陣と同じ軽装備の姿だった。装備品で言えば、10名を率いる小隊長の方が階級が上に見えた。だが、紛れもなくこの砦の司令官であり、戦場の支配者になるのは、公爵であって、その言葉が多くの兵士達の運命を決めた。
「陛下が到着されたら、守備隊全員の叙任式を行う。そして、後方になるが、この地点に捕虜と一緒に向かって、開拓作業をしてもらおう。」
「公爵閣下、我らは決戦前に開拓地へ行くのですか。」
「そうだ。犠牲は少なくしたいが、次の戦いで犠牲者0という訳には行かないからな。」
「我らも戦います。」
「それはならん。お前たちは守備隊の任務を果たした上、初戦と第2戦で大勝利に貢献した。男爵、騎士爵を得るに相応しい功績を上げた。」
「ですが、公爵閣下や援軍に来てくださった方々は未だ戦うのでしょう。それなのに、我らだけ戦を終わらせる訳にはいきません。」
「気持ちは分かった。だが、開拓地へ行ってもらう。領地の褒美とは言ったが、建物1つない荒地なのだ。周辺の調査をして、魔獣の巣を発見すれば、討伐隊を組んでの戦闘もある。安全な場所に行くわけではない。」
「しかし。」
「良く考えろ。今から開拓を進めれば、来春の作付けを大規模にできる。これは国力を上げる意味でも重要なのだ。陛下が来られてから詳細は話す事になるが。とにかく、これは命令だ。それにな、今から来る援軍にも功績を分けなければならないのだ。」
公爵の命令に逆らえる者はいないが、守備隊長の気持ちを部下たちは理解できた。ただ、ザビッグだけは公爵の言葉や指示に違和感を持っていた。国が違えば、細かい感覚が違うのは当然だが、大きな違いがあると感じた。
一番重要な事が守備隊の今後の生活の事であるかのように、作戦会議で発言している公爵もまた、娘達や息子と同じように自分の常識で考えてはいけない事を悟った。
11月5日、イシュア国王ブレッド・ウェルボーンがモーズリー砦に到着した。総勢1500の兵を率いた国王は、深紅のマント以外は質素な装備品で身を包んでいた。他の騎士と同じ性能と見た目の鉄鎧と一般兵への支給品と同じ剣を装備していた。
華美な装飾を好まない君主は、砦に入るとすぐに守備隊が集まっている広場に急行すると彼らをねぎらった。さらに、その場で爵位授与式を行った。
騎士爵を持っていた隊長、副隊長の3名は男爵に陞爵した。50名の守備隊隊員は騎士爵を授与された。
「戦地故、祝賀会は開けぬが、後に開催する事とする。全軍、祝意を。」
国王の声で砦内も、砦外の兵士達も歓声を上げた。攻め込まれれば死が確定すると言われていた砦防衛隊任務を受ける事そのものが勇気の証であり、1名も欠けることなく2度の戦闘で勝利したことは、公爵の指揮と援軍があったとしても彼ら自身の武勲であり、巨大な武勲と言えた。
国内で勢力争いの戦争を繰り広げているドミニオン国との違いを感じ、それを羨ましいと思ったのはザビッグだけではなかった。国の頂点にいる国王と公爵が、最下層の傭兵ごときを大切にする姿は、侵略国家で生きてきた人間にとっては信じがたいものでもあった。仮に部下たちの心を掴むための演技だとしても、心を掴むための演技と言うのは、そのまま部下たちへの配慮に他ならなかった。
兵たちが昼食を取っている間、砦内の会議室へと首脳部が集まった。国王、公爵一家、前ノーランド侯爵、第1騎士団長、第2騎士団長、公爵直属騎士団長、砦守備隊長、そして、ザビッグも会議室に居た。
「シール卿、この度の物資支援に感謝する。」
「当然の事をした、と言いたい所だが、公爵に頼みがある。」
「はい。何でしょう。」
モーズリー砦は軍の直轄地として公爵家の支配地となっていて、唯一隣接しているのがノーランド侯爵領だった。その侯爵領に南接しているのがオズボーン公爵領の飛び地領であった。前侯爵は国境守備の観点から、侯爵領の一部と公爵領の交換を提案した。
「その地域が手に入れば、我が領地の2つの開拓地と侯爵領の国境地域を繋げる事ができる。」
「そうなる。代わりにこの町と所属する騎士団をノーランド領に譲ってもらいたい。処遇はもちろん、公爵領の時と同じだ。」
「分かりました。交易の繋がりを保つためにも、財務担当の人間を派遣することは認めていただきたい。」
「メルヴィン卿であれば、任せられるな。」
国王の目前で行われた交渉のため、それは国の決定ともなった。この時、新男爵の3人の領地と所属が確定して、公爵から正式な辞令を受ける事になった。決戦に参戦するために国王陛下に直訴する予定だった砦守備隊長は、機先を制された事で、公爵閣下の指令通りに戦線を離脱する事になった。
「前哨戦について、公爵、公爵夫人、アラン次期公爵、レイティア嬢、セーラ嬢、緊急出陣した騎士団の功績を大とする。戦後に褒章を渡す事になるが、取り急ぎ必要なものはあるか。何でもよい。」
国王より正式に次期公爵を認められたアランが挙手した。14歳だが大人びた表情と体格は子供のものではなく、父親の若い頃を知っている人間は、逞しさだけでなく、懐かしさを感じていた。
「新開拓地への魔石の運搬と使用の許可を頂きたいと思います。」
「公爵領の備蓄を使うのか。」
「はい。ただ、飛び地の領地の備蓄も使う予定です。」
「許可しよう。」
新開拓地で陣頭指揮を執る事になっているアランの思考は、戦場からすでに切り離されていた、父が勝利する戦地への心配は全くなく、次期公爵として全身全霊で打ち込まなければならないことは、新領地の開拓だった。
「次はレイティア嬢か。」
美しき公女も挙手していた。
「陛下、私達は新領地の開拓に向かいますが、優秀な行政官の手が足りません。宰相府より人員の派遣を希望します。」
第1公女の要求は当然の内容であるが、王都から来た戦士たちは全員苦笑いを見せた。慌てているのは次期公爵である弟だった。
「姉上、ロイド兄上を呼ぶのは無理です。王都からは騎士団が2つも抜けているのです。王都の宰相も大変なのです。兄上の力が必要でしょう。」
「陛下が取り急ぎ必要な要望とおっしゃったから、必要な人材を要望しただけです。」
両親は娘が婚約者ロイドに関して要求を出した時、説得を成功した経験がないので黙っていた。妹は止められるはずがないと口を出す気はなかった。弟だけが、国王陛下の御前でさえ暴走を躊躇わない姉を止めようとした。
「姉上、国に必要な要求を聞いてくださっているのです。個人的な要望を聞いている訳ではありません。」
「アラン、陛下は褒章としての要望を聞いてくださるとおっしゃったのです。個人的な希望が少しぐらい入ってもいいはずです。」
「レイティア嬢、残念だが、宰相も孫の力が必要であろう。ロイドを引き抜く事はやめてもらえないだろうか。」
「陛下、君主の二言はよろしい事とは言えません。」
「何でもと言ったのは私の落ち度だ。」
「いえ、落ち度ではありません。優秀な行政官の派遣をしていただければ良いのですから。」
「姉上・・・。」
「分かった。レイティア嬢。婚約者との結婚を王宮の大広間で行う事を許す。それで納得してくれぬか。」
「・・・仕方がありません。陛下の御意に従います。」
「他にはないか。すぐにできないものもあるが、個人的な要望でも構わぬ。」
セーラが挙手をした。様々な貴族達が混在しているのであれば、庶民出の小娘が軍議につながる会議室にいる事さえおこがましいと非難される場面で、発言を成そうとしていた。だが、戦士として戦っていた者は第2公女がその資格を持っていると知っていたし、シール老は息子から王都での情報を得ていたので、庶民出である故に様々な風を王都に吹かせている少女に期待していた。
「国王陛下、これから開拓地に向かう時、我が国に所属を移す捕虜兵達も連れて行く事になっています。可能であれば、国民と認めていただき、戦での罪があるのならば、罰を決めていただきたいと思います。不安に思っている者もおります。」
ザビッグと一緒に働き、食事をしているのだから、セーラは他の捕虜達とも言葉を交わしていた。心優しい美しい顔立ちの少女が彼らの信奉を受けるのに時間はかからなかった。公爵夫人や第1公女が捕虜兵の前で活動する事があれば、その信奉は分割されていただろうが、2人は捕虜兵の面談を担当していたため、それを受ける事はなかった。
「うむ。国民とする事には何の問題はないが。捕虜兵の処罰か、我が国では損害を与えた分の賠償金を支払う決まりがあるが。個々の捕虜兵が誰を傷つけたなどの詳細が分かるのか。」
「戦闘中の事も聞き取りをしましたが、誰が誰をという事を証明する事は難しいです。」
「そうであろうな。捕虜兵たちは、戦争の主導者ではない。戦争全体の罪による罰を課すのは適切だろうと思うか。公爵。」
「我が国の民となるのです。罰を与えずとも良いかと思います。」
「お父様、お言葉ですが。!!・・・。」
国王と公爵の会話に割り込んだ事が不敬に当たると気付いて言葉を止めたが、国王はそうは考えていなかった。
「よい。意見があるならば申すが良い。そもそも、功績者の要望を聞く場なのだ。」
「はい。捕虜達からドミニオン国の事を聞きました。向こうでは領主間の小競り合いでも、相手を捕縛して身代金を要求したり、奴隷として売るような事をするのが普通だそうです。だから、捕虜達の中には、イシュア国の国民になるのではなく、奴隷にされると誤解している者もいます。私もそうではないと説明したのですが。」
「セーラ嬢の説明を信じないとは、どういう事なのだ。」
「私が捕虜兵を憐れんで、嘘を言って、慰めていると思い込んでいるようです。」
「なるほど、本当は奴隷として連れていかれるのに、絶望させないように、セーラ嬢が嘘を言ってくれていると考えているという事か。なるほど。確かに、絶望した捕虜達が暴動を起こさせないように、希望を与える策と見られても仕方がないな。」
国王の視線がセーラの背後に慄然と立っている巨体の男に向かった。公爵がめったに見せない笑みと共に報告してきた武人に興味があると同時に、公爵家で雇い入れるのであれば、その資質の一部でも見ておきたかった。
「捕虜のザビッグよ。捕虜達が受け入れる事ができて、これが今回の戦争での最終的な罰であると考える事ができる罰とはどのようなものだと考えるか?」
後ろの方を振り向いたセーラが頷いて見せた。
「はい。罰としては開拓地での労役と金貨30枚分の罰金が適切かと思います。そして、新開拓地での住民となる事を認めていただければ、皆も惜しまず働くと思います。」
「なるほど、どうだ、公爵。」
「2年半分の罰金であれば、適切かと思います。」
「セーラ嬢はどう思うか。」
「はい。私も適切な罰かと思います。ただ、戦士として身を立てたいと考えている捕虜もいましたので、訓練参加への許可を出すのが良いかと思います。」
捕虜達の処分が決まり、その中でセーラ嬢が活躍した事を巨人から聞いた捕虜達は、美の女神とは異なる呼称を与えた。巨人を従える女神が正しい呼称であったが、しばらくすると言いやすい形の巨人の女神とセーラは呼ばれるようになった。




