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公爵家物語(オズボーン家)  作者: オサ
3年生
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3年生 その71 戦利品

71 戦利品


 ドミニオン軍先遣隊は、公子アランの警告、ザビッグの降伏、部隊長である子爵の戦死によって反抗する意志を失っていた。

「お嬢さん、警告した人間と交渉させてもらいたいのだが。」(ドミニオン語)

 自分の背後に立っている少女に話しかけてみた。降伏を宣言して、縛られるかと思っていたが、接近時に反抗する事を警戒しているようで、少女は短剣を持ったまま自分の背後を睨みつけていた。

 少し離れている母と姉は8名の戦士を2人で警戒していた。縄で縛る役の人間が来るまで、3人は強者たちの動きを封じる位置に居続けるしかなかった。

「反抗する気はない。忠誠を誓うから、向こうで倒れている男の傷の治療をしてもらえないだろうか。」(ドミニオン語)

「黙れ。」(ドミニオン語)

「出血が治まっていないようだ。このままでは死んでしまう。先程の警告では、身代金のための捕虜だと言っていた。1人分減ってしまう。」(ドミニオン語)

「侵略者を助けるつもりはない。黙っていろ。」(ドミニオン語)

 強い口調であるが、それが意志としての現れであるのか、他国語を学んだ時の人物の属性に影響されているのかは分からなかった。背後に人の存在は感じるのに、強さも戦意も感じなかった。自分を恐れずに太腿に一撃を加えた少女が弱いはずはなかった。ちらりと見た速さも、2人の女性達より少し遅いだけで、直属の部下である8人を圧倒できる速さだった。

 その実力者が戦場で戦意を持たないと言うのであれば、それは人としての優しさを持っているからだとザビッグは誤解した。

「彼らは命令に従っただけだ。貴殿の国では罪人ではあるが、悪人ではないのだ。彼らは多額の身代金を支払う財を持った家の出身だ。」(ドミニオン語)

 セーラは公女としての意識を、食堂で働いていた少女の意識と完全に切り離す事ができた。討つべき敵に慈悲を与える事も、同情を向ける事もしなくて済むようになっていた。自分の内にある食堂で働いていた少女の心と、戦公爵の娘の心を完全に分けているため、葛藤のようなものはセーラの内側には存在しなかった。

だから、彼の言葉の中で、同情を買う部分は無視できたが、身代金という言葉には反応した。

「お母様、死にかけの男は多額の身代金が取れるそうです。」(イシュア語)

「分かりました。ザビッグ男爵に部下達に反抗しないように言わせなさい。」(イシュア語)

「ザビッグ男爵、ここから兵達に抵抗しないように命じなさい。自分の命がかかっている事も伝えなさい。」(ドミニオン語)

 ザビッグの宣言の後、美女の1人が怪我人に近づくと、治療は一瞬で終わった。噂に聞いたことがある公爵家の妙薬に関心はしたが、巨体の戦士は3人の女性、特に自分の背後で警戒している少女に興味を持った。

「話をしてもいいだろうか。」

 イシュア語が流暢である事にセーラは驚いた。

「お母様、男爵はイシュア語が分かります。」

「分かりました。話をしても構いません。」

「お母様から許可が出たから、話をする事は認める。」

「ありがたい。名前を聞かせてもらえるだろう。お嬢さん。」

「セーラ・オズボーン。」

「第2公女の名前。」

「そうです。」

「先程の勝手な申し出だが、公女に忠誠を誓う。あなたを裏切らない事を、名前にかけて誓おう。」

「あなたは男爵ではないのですか?身代金を支払えば、祖国に戻ることができます。」

「戻っても敗戦の責任を取らされるだけ。」

「一族は?」

「3年前の疫病で家族は全員死んだ。男爵家に残るのは私だけ、捕えられた私に身代金を払う者はいない。」

「国が払うのではないのですか。男爵の財産から。」

「それはないな。男爵領を没収するだけだな。そもそも、私は平民から成り上がった男爵だから、家名が尊重されるような事もない。」

 平民から男爵になった武人を、国が捨てるドミニオン国の事情はよく分からなかったが、母と姉と互角に戦える戦士が自国に来てくれると言うのであれば、歓迎すべき事ではあった。

「私に忠誠を誓うという事は、公爵家に仕えるという事になるけど。簡単に決める事ではないと思うわ。」

「そうだな。捕虜として大人しく従って、敵意がないと認めてもらわないとな。」

 この日、セーラはザビッグ男爵という巨体の戦士を部下にした。


 第2戦が完勝だった事は、後世の戦術家も当代の研究家も、アランが出した王都への報告も認めてはいたが、砦に戻ってきた公爵家が最初に取り仕切ったのは、戦死した5名の葬儀と重傷を受けて戦場を離脱する事になる15名の戦士への褒賞を発表する事だった。

 そして、初戦と第2戦で捕虜になった350名を集めるとアランはその処遇を発表した。

「イシュア国の民として生きる者には、国民として、希望するのであれば兵士としての待遇を約束しよう。しばらくは、砦周辺の整備労働に参加してもらう。給金は規定の額を出すから、今後の生活費に充てるがよい。帰国を望む者は身代金と交換する事になるが、労働に従事した分は減額となる。1人1人と面談する事になる。それまでに身の振り方を決めておけ。」

 赤黒と茶の軽戦士の前にいた巨人が応じた。

「私はイシュア国に降る。私には家族はいない。公女レイティア様に敗北した。武人として、この国で自らを鍛えるつもりだ。それに部下たちの治療もしてもらった恩義を返さなければならない。家族がいる者は帰国の道を探るがいいが、第4王子はあまり評判が良くないから、帰国できない可能性がある事は覚えておいてくれ。」

「家族をこちらに招きたいというのであれば、この後の面談で申し出ろ。」

 ドミニオン国の5強の1人である男爵の降伏宣言は、捕虜兵達の動向に大きな影響を与えた。降伏の不名誉を武人が背負ってくれるだけでなく、降伏後の不安を減らしてくれた。男爵領は小さかったが、そこでの統治は理想的だと評判だった。平民が男爵位を賜った後も、平民の気持ちを残した貴族は、最下層の民から慕われて、信頼されていた。その彼が、降伏を勧める発言をしたのであれば、多くの捕虜がイシュア国で生きる事が可能であると考えた。

 そして、捕虜兵たちはその日のうちに反抗心を完全に消し去った。


 捕虜兵の仕事は、砦とイシュア国をつなぐ道の整備だった。木々を切り倒しながら道を広げ、平坦に均していった。騎馬や馬車での移動を早める効果はあるが、費用と手間に比べて効果が低いと男爵は考えた。

「セーラ嬢、イシュア国はドミニオン国と貿易をするつもりなのか。」

「分からないわ。アランは何かを考えているだろうけど。」

「この道だって、すぐに草が生えてしまう。春になれば。」

「ザビッグは、お喋りなのね。」

道の整備をしている捕虜兵の中でセーラは一緒に働いていた。捕虜とは違っての戦士スタイルの公女が監督役として、この場にいるのは分かるが、一緒に働いている意味を捕虜兵は分からなかった。

「言葉にも慣れたいし、住むと決めた以上、色々と知りたい。貿易しないとすれば、今やっている事の意味は何だ。来年の4月になれば無駄になるぞ。」

「魔石で道を石化するから。一度整備をすれば問題はないわ。」

「石に変えられる…なるほど。」

 イシュア国から輸入される魔石はドミニオン国にとっては、王族や高位貴族達だけが使用する超贅沢品であり、道の整備に使用するという発想そのものがなかった。捕虜に飲ませる水を、魔石から発生している事にも驚いたが、これから町へ行くことになれば、生活基盤が全く異なる事に驚く事になるだろうと考えた。35歳のザビッグは好奇心が刺激されていて、でイシュア国での生活が楽しみだった。

「セーラ嬢は、私の監視のために来ているのだろう。」

「そうよ。ザビッグは強いから。油断はできないもの。」

「どうして、一緒に働くんだ。側で見ていればいいと思う。」

「仕事は早く終わった方がいいでしょ。」

「捕虜の仕事を公女がするのは、問題があるのではないか。」

「国のための仕事よ。公女がすべき事よ。」

「イシュア国の貴族と言うのは、ドミニオン国とは違うのだな。」

「公爵家だけが違うのかも。特に私は普通の貴族とは違うと思う。」

セーラは父親よりも二回り大きい戦士と仲良くなりたいと思っていた。それは好きとか憧れを抱いたのではなく、自分に忠誠を誓うと言ってくれた事が嬉しかったからだった。もちろん、最愛の妻と息子、娘を流行病で失った事も、自分との共通点として親近感を持たせてくれた。

ザビッグとセーラが親子のように一緒に働く姿は、捕虜達の安心感の源になった。笑顔を見せて話をしている訳ではなかったし、意味の分からないイシュア語で会話をしていたが、そこに敵意がない事と、お互いに対する敬意がある事は捕虜兵たちに伝わった。


 モーズリー砦の収容人数500名では、捕虜達まで収容する事はできずに、彼らは野外のテント群で生活をしていた。夜間の警備がないにも関わらず逃亡者がいなかったのは、鬼人公爵と恐れている悪魔が本軍に牽制攻撃を仕掛けているとの情報が捕虜達にも流れていたからだった。

 公爵と互角に戦えると期待していたザビッグがすでに捕虜となっていて、ドミニオン軍側に最強武力を止める術はなかった。そんな中、捕虜を脱して本軍に合流したとしても、さらなる逃亡か死の二択しかないと考えた捕虜達は、自分の命を守るための選択として、イシュア国に従う事を選んでいた。

「セーラ嬢、公爵はどのくらい強いのですか?」

「アランよりも強いわ。」

「圧倒的な差がありますか?」

 昼食を取りながら、会話と言う名の情報交換をしていた。大鍋から捕虜達にシチューを配布し終わった2人は立ったまま食事を取りながら交流を深めていった。貴族だからと言う視点での疑問をぶつける事の無意味さを知った巨人は、もうその事を質問しなかった。第2公女だけでなく、公爵家の人間全員が戦場に溶け込んでいる姿を見て、公爵家が特別であるという意味が分かった。

「お父様の方が強いと思うけど、圧倒的かどうかは分からない。」

「セーラ嬢は、かなりの腕前を持っていて、気配を消せるのだから、強さを把握することができるのではありませんか?」

「気配を消す?」

「気配を消していました。私と戦っていた時に。」

「本で読んだことはあるけど、気配を消す方法を身に着けたとして、何か役に立つの?」

「・・・役に立つ事もあります。1対1で戦うような場面では特に。」

「それじゃあ、やっぱり、役立たないわね。魔獣相手に気配を消す事はできないし、集団で戦う時には役に立たないのだから。」

「そうですね。ところで、以前に公爵家に来る前は、食堂で働いていたとおっしゃっていましたが、公爵家に来たのはいつ頃の事なのですか。」

「2年半ぐらい前よ。」

「・・・・・・今が15歳で・・・。」

「そうよ。その前は北の町で庶民として暮らしていたわ。」

「もしかして、剣を始めて持ったのは2年半前ですか。」

「包丁は4歳の時から持っていたわ。」

「いや、武器をです。」

「それなら公爵家に来てからよ。」

イシュア国の話をする中で、ザビッグはセーラの情報も仕入れていた。庶子である事、公爵邸に迎え入れてもらうまで庶民として働いていた事は聞いていたが、複雑な事情があるかが分からないので、詳しくは聞いていなかった。

「2年半で、その強さになったと言うのですか。」

「そうね。でも、ザビッグよりは弱いわ。」

「セーラ嬢が私よりも弱いのですか?」

「だって、お母様やお姉様と互角に戦っていた。私は未だ勝てないもの。」

 いつもと同じように少女は話をしながらもシチューを食べ終わっていた。戦場の習いなのは理解しているが、程度と言うものがあるとザビッグは思った。そして、食事だけでなく、ありとあらゆることが、規格外だった。

 まず、この少女の認識が間違っていた。わずか2年半でこの強さを手にした事は素晴らしい事であり、傲慢になるなと口を酸っぱくして注意をするような師匠達でも褒めるしかないのに、赤目の女性戦士は自分が弱く、公爵家の中の足手まといであるかのように発言していた。もちろん、会ったことがある公爵家の4人の中で一番弱いが、そこを強さの基準にしてはいけないと思った。

 庶民出の貴族だからとも言っていたが、貴族であっても庶民であっても、未成年の少女が戦場にいる事がそもそも間違っていて、任務とか仕事という言葉で少女が受け入れて良い状況ではなかった。その事を公爵家の3人の子供達が受け入れている事も間違っていると思えた。跡取りである公子アランが14歳ながらも出陣するのは、ぎりぎり理解できるが、セーラ嬢の出陣は間違っているとザビッグには思った。

憧れと畏怖の対象であった鬼人公爵に頭を下げるのは捕虜としても当然だが、父親として間違っている行為をしていると、指摘しなければならないとも考えていた。詳細な話を聞く機会を得てからだが、セーラ嬢のためにも諫言しようと考えていた。

ドミニオン国と妻以外に忠誠を誓った少女の行く末を見たいと思うと同時に、守るための盾ぐらいにはなりたいと、巨体の騎士は願い始めていた。


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