3年生 その70 強者
70 強者
初戦が終わった直後に、公爵ギルバートは50名の部下を引き連れて、ドミニオン国内に潜入した。捕虜からの情報で、敵本体の動きが想定よりも早い事を知り、遅延作戦を実行する事にした。前哨戦で勝利を得ても、2000人規模の決戦で敗北するような事があれば、イシュア国そのものが崩壊する危険があったため、公爵はモーズリー砦の戦いにおいては、戦術的には危険度の高い作戦を選択し続けた。公爵家の圧倒的武力を背景にしたゴリ押しであり、国内で闘争を続ける歴史を持つドミニオン国の定石からは、愚かな作戦に見えたが、公爵家の武力によって、愚策による戦勝を手にすることになった。
初戦の翌朝、公爵を欠いた200名の兵士たちが出陣した。その中には、アラン、レイティア、セーラと公爵夫人の4人が含まれていて、現状における砦の主力が動いた。目的地は、モーズリー高原とドミニオン国をつなぐ山道への入り口であった。ここでドミニオン軍の先遣隊と戦う事にした。
「入り口に300程度が野営の準備をしていました。」
「細い道で野営ですか?」
母からの報告にセーラが驚いた。公爵家の嗜みとして、それなりに軍事関連の書物を読んでいるため、軍事行動に関する知識は持っていた。ただ、書による知識だったため、書によって頭脳で作り出した理想と現実が大きく異なると、理解できなくなった。
「敵は、ここで攻撃を受けるとは考えていないのでしょう。近くに川もあるし、生活しやすい場所でもある。陣取った向こう側には、陣地を作りやすい広い場所があるわ。」
「ここで待って、本体と合流するつもりね。本体のための広場を空ける為に、細い道に陣取ったのね。」
レイティアに頷いたアランはしばらく沈黙しながら思考を深めた。
「姉上、敵は砦に仕掛けた部隊の成否を確認するために、斥候を出したりはしないのでしょうか。」
「この前戦った部隊は、今回の主力部隊とは別口で動いた近隣貴族の私兵集団だから、これから来る本体と、その先遣隊とは連携が取れていない。もしかすると、全く存在を知らないのかもしれないわ。」
「それでも、偵察を出してくる様子がないのは、どうしてですか?」
「油断していると言っていいのかもしれないけど、向こうは砦に先制攻撃をかけて、占領した上で、イシュア軍を迎撃しようと考えているから、こちらがここまで兵を進めているとは全く考えていないかも。警戒していないのよ。」
ドミニオン国は11年前の敗戦を研究した上で、今回の作戦を実行していた。そもそも、装備品や戦闘経験を考慮すれば、一早く砦を確保して、そこに十分な戦力を展開できれば、高原での戦いを圧倒的優位に進める事が可能だった。前回の失敗は、砦を一度陥落させた所までは良かったが、その後に十分な兵力を駐留させて迎撃態勢を整える前に、公爵の猛攻で砦を奪還された事が原因だった。
その反省を活かして、十分な速度で進軍をしているドミニオン軍が油断している訳ではなく、それ以上に素早く動く体制を作った公爵の方が1枚上手であった。戦闘以外の緊張感を緩和させる事も戦争における重要な要因である以上、戦闘が起こるはずがない場面で過剰な警戒は必要なかった。
「今夜、敵を秘かに囲んで、日の出とともに襲撃します。部隊を4つに分けます。前から母上が突入を。側面からレイティア姉上、セーラ姉上が弓で攻撃を仕掛けて、母上と合流しながら近接戦闘に切り替えてください。私が後ろから襲撃して、恐らく子爵がいるので、それを討ち取ります。各副隊長は姉上に1人ずつ付いてください。」
公子アランがこの戦場での司令官だった。
日の出と共にセーラは矢を放った。布テントに向かって放った矢が敵を傷つけた事は、彼らの叫び声で分かった。テントから飛び出してきた兵士たちを4人仕留めると、敵も盾を手にして防御態勢を取り始めた。
木々の間から飛んでくる矢を放つ敵数がどの程度なのかを見定める事ができないドミニオン軍は、盾で守ったままの状態を続けた。後方にいる部隊長である子爵の命令が無ければ、兵士達は動く事ができなかった。セーラの部隊は混乱させたまま敵の足止めをする役目をきちんとこなしていたが、近接戦闘に移行する機会が走ってこなかった。
「遅い。」
「セーラ様?」
公爵夫人の役目は、前方から突入して、テントを倒しながら、出てきた無防備の敵に一撃を加えて入り抜ける事だった。敵にも猛者と呼ばれる戦士がいるかもしれないが、状況を把握できず、装備も身に着けていない状況では、互角の勝負ができるはずはなかった。レイティアの部隊と合流して勢いを増せば、すぐにでも自分の目の前に母と姉が現れるはずだった。
「弓隊の指揮を委ねます。お母様かお姉様の所で何かがあったはず。1人で救援に行きます。母上たちと合流したら一緒にここまで来ます。その時は予定通り攻めます。もし、その前に、敵がこちら側に突っ込んできたら、撤退して後方の合流地点に向かって。」
「は。」
副隊長への指示が終わるとセーラは全速で木々の間を駆けて行った。母と姉が個人的に苦戦しているとは思わないが、部下たちを守るための苦戦は考えられた。その場合、敵の中に連携行動ができる強者の集団が存在する事になり、奇襲攻撃に対応できているのであれば、味方の犠牲が増える事が想定された。
正面から敵陣に突入した公爵夫人は先頭のテントから出てきた戦士を抜く事ができなかった。巨体の戦士は鉄のハーフプレイトと黒鉄のハルバードを装備した緑目の悪魔だった。茶色と赤黒い戦士が短剣で攻撃を仕掛けた時、重装備であるはずのハルバードが的確に攻撃を弾いていた。
二本の短剣を抜いた夫人は連続攻撃で押し切ろうとしたが、戦士の巧みな捌きに有効打を作る事ができなかった。二本の短剣よりも遅かったが、その差は僅かなもので、籠手の防御力を活かして、攻撃を通さなかった。
ギリギリまで踏み込んで、傷を負いながらの攻撃で倒す作戦ができなかった。巨体戦士の周囲に集まってきた8人の戦士達も一般兵に比べると強かった。イシュア国から見れば重装備と言える武具を巧みに扱う彼らと互角に戦えるのは、エリスだけだった。
「この9人は強い。1対1で戦わないで。」(イシュア語)
「女性と侮るな。1対1だと勝てないぞ。敵兵と分断する。」(ドミニオン語)
この公爵夫人らしき女性を捕獲すれば戦争が終わると判断した巨体は、自分の子飼いの戦士達に適切な指示を出した。
「ザビッグ・エーベルト男爵だ。名を聞こう。」(共通語)
大陸共通語で問いかけた。これだけの強さの女性で、戦場に出て来るのだから、鬼人と呼ばれる公爵の妻である確信はあったが、確認をしておくべきだと考えた。戦を終わらせる人質にはしたいが、部下たちに無礼を働かせたくはなかった。そのために、明確に名乗らせる事が必要だと判断した。
エリスが巨体の男爵と距離を取って、2本の短剣を鞘に入れた。
ザビッグは、公爵夫人としての名乗りを聞いた後、降伏を勧める事で戦いが終わるのではないかと考えた。彼女を捕虜にできれば、停戦交渉は間違いなく主導権を取ることができた。愚かな上司である馬鹿子爵には、交渉能力はないが、恐らく公爵夫人に無礼を働くだろうから、その時に自分が無礼討ちで消滅させれば、先遣隊の指揮権を手にすることができると考えた。この後すぐに子爵が愚行を犯せば、戦死したことにして消滅させてもよいと考えた。
勝手な勝利の道を描きながら、この後すぐに、自分が女性である公爵夫人を侮っていたことを後悔した。
「ベンハー!」
短剣の代わりに背後にあった弓を手にしたエリスは、ザビッグの部下の1人に矢を放っていた。頭部を狙われたと考えた戦士は上半身を大きく動かしたが、狙われた所は頭部ではなかった。矢は鎧で覆われていない左足の太股に当たった。
ハルバートを振り上げて接近戦を挑むと、エリスは右手でのみ短剣を握ると、猛攻を受け止めていた。速さが少し上回っている事は、1対1の剣士としての戦いでは圧倒的な差を繰り出す事があるが、巨体と美女の攻防は互角だった。
周囲から互角と見られた戦いだが、当人同士は全く違った認識だった。
巨体でありながら十分な速さを持ち、全ての攻撃をハルバードと籠手の動きで受け止める武技は圧倒的だった。しかも、巨体から繰り出す攻撃は、体の軽い女性にとっては凄まじい衝撃を与えるため、まともに受け止める事は不可能だった。巨人は剛力と同時に繊細な武技を持っていた。公爵夫人は、公爵家の人間以外との1対1の戦闘にこれだけ時間がかかるのは初めてであった。
伝説とも言える鬼人公爵の妻であろう女性の強さに圧倒されていた。五分五分に見える戦いも、その内実は女性の完勝だった。右手で繰り出す短剣の攻撃は、傷を与える事はなかったが、全て隙を突くものであり、巨人が躱して攻撃する余裕はなかった。辛うじて行う攻撃も全て躱されていて、距離を取るための牽制程度の意味にしかならなかった。何より、左手に持った弓を握ったままの攻防は、8人の部下への牽制になった。1対1の武技の激突ではなく、1対9の戦争を彼女はしていた。部下たちを守るというハンデを背負いながらの戦いで、公爵夫人は戦線を維持し続けた。
「突入をさせるな。もう少し時間を稼げば、体制が整う。」(ドミニオン語)
奇襲攻撃がここからだけではない事は間違いないが、この正面からの敵の通過を許せば、装備を身に纏う事もできないまま、討たれるか戦闘不能になるかの二択しか味方には許されなかった。
時間を稼いで、敵が奇襲攻撃での勝利を諦めて、撤退する事だけが、生存の道であるとザビッグは考えていた。
「私が敵を抑えます。このまま突撃して!」(イシュア語)
背後から女性の声が聞こえると、周辺の部下たちの何人かが向きを変えた。
「ザビッグ様!」(ドミニオン語)
目の前の敵が距離を取ってきたことで、振り返る事が許された巨人は、2本の短剣の攻撃を驚愕と共に受け止めた。双子としか思えない顔の女性の連続攻撃を受け止める事はできたが、体制が崩れていたため、一気に押し込まれて後退した。
双子に前後を取られた瞬間に敗北は確定するが、最初に戦っていた女戦士は巨体と離れると8人の騎士たちに攻撃を仕掛けた。
「2人で対応します。今のうちに突撃!!」(イシュア語)
巨人を娘に抑え込ませている間に、母親は道を封じている8人に突入すると2名に傷を負わせて道を開いた。
「突入部隊は無視。2人のうちどちらかを捕えれば勝ちだ。」(ドミニオン語)
完敗コースを突き進んでいる味方を救う方法が、目前の女性に勝利する事だけになると、歴戦の戦士は全神経を集中した。自国で発展した様々な武技のように型の動きは見えなかったが、美しい戦いだと思った。素早さを最重視した単純な動き、ギリギリで攻撃を避けて、一撃必殺となる鋭い攻撃を繰り出す事を繰り返しているが、どのような体制でも、その基本原理を崩さない戦い方は美しかった。
巨体と言える身に速さと技を叩きこむためにハルバードを手にした。ザビッグは突きも払いも切断もできる万能武具を華麗に扱うことができ、ドミニオン国でも五指に入る強者であり、複雑な動きにも単純な動きにも対応する技と力を兼ね備えた戦士だった。
その自分と互角に戦える女性、しかも若い女性、先程は双子と思ったが、公爵夫人にそっくりな公女の噂を思い出すと、この女性が18歳である事に驚愕した。貴族が最前線で武器を奮っている事にではなく、この年齢でこれだけの強さを身につける事ができる方法が存在している事に驚いた。
木々の間を走り抜けて、姉の部隊に姉がいない事を確認して、正面から突撃してきた兵士たちの先頭に姉も母もいない事を確認したセーラは、攻撃を続けるように指示を出して走った。
ドミニオン国が対人戦闘を繰り返す国である事を学び、武技や戦術が発展している事も知っていたが、2人を抑える戦力が存在する事は想定していなかった。しかし、その想定外の敵が間違いなく居て、2人掛かりで勝てない強さを持っているのは確かだった。
はっきりと母と姉を確認した。8人の戦士が母を取り囲み、次々と攻撃を仕掛けていた。1対1を作られると勝てないと判断しての連携攻撃は、それを見た事が無いセーラは単純にすごいと思った。もし、魔獣達が個々の強さではなく、連携の強さを持っていたら、イシュア国は存在していなかっただろうと考える余裕は一瞬だけだった。
姉が戦っている巨体の戦士は、1対1で姉を押していた。2本の短剣で槍状の武器の攻撃を凌いでいたが、少しずつ後退していた。
「やあぁぁぁ!!!」
公爵夫人の高く美しい声が戦場に響いた。母親の奇声を始めて聞いた姉妹は、その意図を正確に読み取った。敵が意識を向けた瞬間に、セーラは腰から2本の短剣を抜くと母を取り囲む戦士達に投げつけた。対魔獣戦のために鍛えた直投で2人の太腿に突き刺さった。
セーラはその様子を確認することなく、姉の方に向かった。巨体戦士の背後から接近したセーラは背にある矢入れから一本を左手で抜き取った。
レイティアとザビッグの武器が激しく打ち合った瞬間、巨体戦士は右足の太腿に痛みを覚えた。そして、その時になって始めて、自分の右側を通り抜けている少女を認識した。ここまで接近されていた事に驚いた。その驚いた一瞬で勝負が決まった。レイティアに懐に飛び込まれて、喉元に剣先を突き付けられた。
「5秒で降伏を決めろ。」(ドミニオン語)
自国語の言葉の流暢さよりも、自分の太腿に矢を突き立てた少女が脇を通り過ぎ、目の前で姉から短剣を一本受けとると、向きを変えて公爵夫人の方に向かっていた。その迷いのない動きに驚いた。赤い瞳の少女がすぐに視界から消えていた。
「降伏しなければ、皆殺しにする。」(ドミニオン語)
「分かった。降伏する。」(ドミニオン語)
「名前と階級と降伏を宣言しろ。大きな声で。」(ドミニオン語)
美しい顔立ち、青い瞳、恐らく金髪の女性は、絶世の美女と呼ばれるような公女なのであろうが、戦士そのものだった。妥協する事もなく、皆殺しができる戦士だと思わせる威圧感があった。
「ザビッグ・エーベルト男爵、降伏する。武器を捨てろ、抵抗をやめろ。」(ドミニオン語)
巨体から繰り出される低音が戦場に響き渡った。それを一番近くで聞いたセーラとエリスは、戦士達が地面に落とした武器を蹴り飛ばしたが、安堵している様子はなかった。いつでも命を絶つ雰囲気を維持したまま、他の戦場からの報告を待った。




