3年生 その69 援軍
69 援軍
イシュア国とドミニオン国の国境を形作っている山地山脈地帯にあるモーズリー高原には、唯一両国をつなぐ街道があり、両国の争いは常にこの高原で行われた。その目的は、高原に隣接する山地にある湖から流れ出る水であった。何度かの戦争の後、イシュア国が高原を支配するための建築したのがモーズリー砦で、収容人数500名の中規模砦は数十度の防衛戦の主役であり、イシュア国と高原の支配権を守り続けていた。
しかし、イシュア国は水利の独占はしていなかった。魔獣との戦いに専念したいイシュア国は、他国との戦争を回避したいという事情から、不戦協定と理不尽ではない水利協定結んでいた。それでも、ドミニオン国が高原を狙うのは、水源を独占する大きな魅力を欲しているからだった。独占ができれば国土の四分の一において農地拡大が容易になるため、国の上層部で動き出そうとする者がいれば、それを止める事はなかった。
今回は第4王子が国の利益と個人の武勲のために軍を動かしていた。主力部隊の到着には時間がかかるが、高原に近い貴族達にも出陣が命じられると、主力部隊よりも早く高原に到着した。
不戦協定にある砦の最大駐在兵力50名という規定を守っているイシュア国に奇襲をかければ、砦を奪取する事も可能であるため、出陣の命令を受けた瞬間に、手持ちの兵力だけで高原へと侵入する貴族達もいた。
11年前の侵攻では奇襲が大成功して、一時的に砦を占拠した事例があるため、今回の出動でもそれを狙って動き出すのは当然だった。そして、過去の事例を今に活かしているのはイシュア国も同じだった。
3名の先遣隊が西側に見えた時、砦の物見係は隊長に報告をすると同時に、西側でテントを設置している味方に砦に戻るようにと鐘を鳴らした。逆側から侵略される可能性は皆無だが、規則通りに動いた。
「エリス・オズボーン公爵夫人です。先遣隊として到着しました。門を開けてください。」
美しく透き通るような声が砦を貫くと、兵士たちは大歓声を上げた。
「エリス様、騒がしくしてすいません。」
「いいえ、構いません。4日後に500騎が到着する予定です。引き続き、テントを立てたら、馬杭と草刈をしてください。偵察任務の報告をお願いします。」
「分かりました。とりあえず、砦内にお入りください。」
3人が大歓声で迎えられたのは、美しい女性が登場したからではなかった。容姿で言えば、女性と分かるのは、胸部の膨らみとスカート装備だけであって、3人の美しさを引き立てる装備ではなかった。紺色のマントが最下層の兵士ではない事を示していたが、それ以外の装備は傭兵の軽装備と見た目は全く変わらなかった。殺伐とした戦場に咲いた美華ではなかった。
奇襲を受けたら死地となる砦に、公爵の愛妻である夫人が来たという事実に、兵士達は大歓声を上げていた。公爵の援軍が奇襲前に到着するように動いている事の証を得た事に喜んだ。しかも、美姫と知られた2人の娘までもが砦に到着した事は、戦公爵が奇襲前に到着できると判断している証拠であった。自分の愛する女性を戦場に送る意味の重さを、死地任務を遂行していた彼らが一番よく分かっていた。
公爵が3人を先遣隊に選んだのは、最前線の兵士たちに救援が間に合う事を伝えたいからではなかった。純粋に、3人がこの場面において最強の駒であると判断しただけだった。薬品を利用して走り続ける事ができる公爵家の馬で最高速を出せるのが女性3人である事が第1の理由だった。そして、もう1つの理由は3人の弓術が群を抜いているからだった。砦が奇襲を受けた場合、籠城する事になり、その時の防衛武器は弓だった。重装備であるドミニオン国の兵士にとって、矢の攻撃は牽制にしかならなかったが、3人の矢は死をもたらす獅子の牙となり、300名程の奇襲部隊であれば十分に粉砕できた。
公爵側の予想を超えた速さで敵が奇襲を決めたとしても、3人の援軍で撃破できるという確証があったから、戦公爵は出撃を命じていた。
先遣隊が到着してから4日後、公爵率いる援軍300騎が到着した。替え馬の準備が整わなかったために200騎が遅れる事になったが、50名で砦を守っていた兵達にとっては十分な援軍だった。
「旦那様。敵300がすでに草原街道に入っています。明日の夕刻までには砦に近接します。」
砦内の作戦会議室に入ってきた旦那様に夫人が状況を報告した。その様子を見ていた守備隊隊長と副隊長は、公爵家の夫妻と公子公女が持っている緊張感に驚いていた。援軍に沸き上がっている部下達に見せた笑顔が公爵と公子から完全に消えていた。
「どこで迎撃すればいい?」
大テーブル上の地図を見つめながら、公爵が質問した。それは司令官として当然の質問であると同時に、妻がすでに周辺の地形の調査をしている事を確信している質問でもあった。
「この場所なら、背丈がある草地が広がっています。休憩に適した地点の直前なので、奇襲には適しています。」
「気付かれないように距離を取っても、弓の攻撃は届くか?」
「遠距離射撃で牽制はできます。私たち3人なら狙える距離に伏せる事ができます。」
視線を妻から娘たちに移すと、2人の公女が頷いた。
「よし、ここに今夜のうちに伏せよう。エリス、レイティア、セーラは50の弓兵を率いて、三方に伏せろ。アランの部隊が正面に立ったら攻撃を開始。敵の隊長クラスを射抜け。私が守備隊を率いて、後方から突入したら包囲を絞って、敵を降伏させる。」
作戦が決まると、兵士達が準備を始めた。到着したばかりの援軍が食事を取っている間に、公爵が守備隊を率いて出立すると、作戦が始まった。
翌日の昼、ドミニオン軍の奇襲部隊は、眼前に50名の敵軍が登場したことに驚愕した。自分達が砦に奇襲を仕掛けるために急行しているのに、逆に仕掛けられた事に戸惑っていた。そして、戸惑っているうちに、伏兵弓部隊の三方からの弓攻撃を受けると、混乱は激しくなった。
「矢は盾で防げばいい。慌てるな!」
牽制程度にしかならない距離からの矢を防ぐ事は造作もなかった。そもそも、砦を攻める場合、矢の攻撃を防ぎながら突入する必要があるのだから、その準備はしてあった。イシュア国がすでに援軍を送り込んできた事は誤算だったが、人数は同程度以下で十分に対応できた。しかも、砦を敵が出てきているのだから、戦い様はあった。
混乱を収めれば、一塊となり分散している敵の1つに襲い掛かれれば勝機があった。
「それぞれの。」
兵たちの中で盾を持たずに、指示を出している人間の声が次々と消えていった。牽制にしかならない矢の中で、三か所から放たれる矢だけ、次々と兵士を絶命させていった。木の台に立った女性弓兵は正確に盾と盾の間に浮かぶ肌色を射抜いた。
部隊長の死よりも、盾から顔を出した瞬間に射抜かれて倒れていく仲間の存在の方が混乱を引き起こした。慌てる事はしなかったが、周囲を見る事もなく、ただ盾の中に隠れるだけになった兵士達は、戦闘能力を失った。
矢の攻撃が止まった後もしばらくは盾の中に隠れる必要があった。3つの牙だけは盾から出てきた命を狩る事を止めなかった。そして、その状況下で公爵と公子の部隊が、前後から突入すると勝負は決まった。
1時間もかからずに戦闘能力を奪われたドミニオン軍奇襲部隊は、100名の死者と200名の捕虜を作り出す大敗北を喫した。50名の守備隊が閉じこもっている砦を奪取して、戦功に浮かれている夜を過ごす予定が、死体として街道で寝るか、捕虜として眠るかの2択しかない立場に追いやられていた。
ドミニオン語の大音声が敗北地に響いた。
「私は公子アランだ。武器を拾う事があれば殺す。お前たちは捕虜だ。身代金と交換するまでは生かしておいてやる。だが、命令に従わない者は、その場で殺す。逃亡する者も殺す。そして、1名の反逆者が出たら、無差別に2名を殺す。お互いに生き残りたいのであれば、愚かな事をさせない事だ。」
武器の回収と捕虜を縄で縛りながら、反抗的な動きをしないかを監視していた。ドミニオン国では、各地の諸侯が戦争を行う事が度々あり、捕虜は一種の財産として扱われていた。アランの宣言はドミニオン国の兵士達には特別な事ではなかった、ただ身代金を支払いできるのは、貴族や相当の財産を持っている傭兵だけで、アランの警告で大人しくならない者もいた。そもそも、報奨金を目的として参戦してきた傭兵たちは解放される見込みがないのだから、隙を見て逃げ出すか、奴隷として扱われるかの二択しかなかった。
逃げるのであれば、捕縛される前、混乱が収まるまでの今しかないと考えた兵士が1人いた。その兵士が群れから離れて駆けだした時、イシュア軍の誰も追いかけようとしなかった。群れから少し離れた所まで走っても、追いかけられなかった事で、自分のような傭兵は見逃してもらえると考えた瞬間、3本の矢で頭部を貫かれて逃亡者は絶命した。
「うわぁぁぁ!!」
「あああ!」
射抜かれた脱走兵とは真反対の位置から叫び声が聞こえた。それは、アランに瞬時に首を切られた2人の兵士の声ではなくて、その隣にした捕虜たちの叫び声であった。
「たった今、2名を切った。イシュア国は侵略者に慈悲はかけない。死にたくなければ、ただ命令に従え。」
警告が終わると、イシュア語でアランは味方の怪我人の数を確認した上で、薬品での治療を命じた。死者はいなかったが、突入部隊の中で8名程、剣で切られた味方がいた。公爵家の開発した傷薬で治療を終えると、初戦は砦防衛側の完勝だった。
砦内の食堂は歓声に包まれていた。
「騒ぐのは待て。隊長と副隊長は男爵位、防衛任務に就いていた者は騎士爵位を国王陛下より賜るだけではない。今回の戦勝で公爵家より報奨金金貨50枚が出る。領地は調整する事になるが、公爵領の一部となる。」
ドミニオン国から奇襲を受けると死亡がほぼ確定する防衛隊の任務の給金は非常に高く、戦争があった場合の褒賞も高額だった。ただその場合、多くが遺族への賠償金になる事がほとんどだった。今回は、その危地を脱した上、戦勝の褒美に陞爵と爵位授与が加わり、公爵家の直属の部下になれる栄誉まで与えられるのだから、その喜びは格別だった。しかも、将来の主であるアラン公子からの宣言に盛り上がった。
そして、彼らがさらに驚き、恐縮したのは、戦勝パーティーの食事会の給仕を公爵夫人と公女がしている事だった。貴族としての姿ではなく、マントを外している軽装備の女傭兵スタイルである事で、見た目上の違和感は全くなかった。ただ、装備で覆われていない顔は紛れもない美人のそれであり、貴婦人たちの中でも一流の美しさを誇っているだろう事は、兵士達にも理解できた。
戦地故に豪華な食事ではなかったが、テーブルに乗せられた食事は、食堂で出されるような良質な料理だった。それらが、公女セーラが調理をしたものだと聞いた兵士たちは泣きながら喜んでいた。
「姉上、皆、喜んでいます。ありがとうございます。」
「たいした事はしていないけど。」
「兵士たちにとっては、たいした事みたいです。」
「調味料とかを物資の中に入れてくれたからできたのよ。」
アランとセーラは食事を取りながら話をしていた。
「エリックが、持って行った方がいいと進言してくれました。」
「食べる事は大切だって、よく言っていたわ。」
「母上やレイティア姉上と交代してきます。」
「私も行くわ。」
公爵一家は公爵ギルバードと公女セーラ以外は初めて人を殺害した。セーラも8名もの命を奪ったのはもちろん初めてだった。そして、その事に動揺している者はいなかった。それは戦士としての覚悟ができていた事を証明するものであり、公爵家が毎朝行っている訓練が、極めて高い質と異様さを持っていることの証明だった。
自身の体が切り刻まれる覚悟と実際に切り刻まれた恐怖に対抗する訓練は、精神的な強さを得ると同時に、恐怖を無に変える精神構造を作る事に成功していた。自身の恐怖を極限まで減らす事ができる時、敵への憐れみはどこかに置き忘れてかのように消えていた。何も考えずに武具を奮って、敵を屠る事ができるように、公爵家では訓練をしていた。
侵略してくる方が悪い、命を失う事があっても仕方がないという言い訳を自分にする必要がなかった。敵を倒さなければ、自分が死ぬという単純な構造が、公爵家の人間の頭脳には作られていた。
1人の味方が殺されれば、暗闇の暴走時の生還率が減る。
この単純な仕組みがある限り、敵として立ち塞がった者を排除する事、屈服させる事は生き残るために必要な事で、しなければならない事ではなく、ただ生きるためにする事だった。食事が生きるために必要な事であるというのであれば、この戦場において敵を殺す事は必要な事であり、効率的に排除できるかどうかが議論の対象になるだけだった。




