3年生 その66 弟達
66 弟達
生徒会本部事務室から姉が出ていったのを確認してから、次期公爵である金髪青目の美男子が部屋の扉をノックした。
「開いている。」
「失礼します。」
中等部2年生の双壁であると同時に、学園の美男子ファンの支持を二分するであろう2人が、笑顔ではない表情で対峙したのは初めてであった。14歳の若者達だが、王位に一番近い男と公爵家の跡取りの背には、常に政治が乗っていた。
同じクラスの同級生として友好的に交流をしていたが、政治的背景を前面に出せば、ケネット侯爵派の旗頭と中立派の次期首領として対峙していた。宰相派の補完勢力でもある中立派は、基本的にケネット侯爵派とは敵対関係にあった。火花を散らさないまでも、お互いに警戒する存在だった。
「姉上が殿下に気持ちをお伝えしたと思います。お聞きになりましたか?」
本題を直撃してきた公子に対して王子は無言で頷いた。それは姉の気持ちを受け入れなかったとの回答を得た事と同義だった。そして、第2王子ジェイクが単なる天才少年でしかない事も分かった。
その立場から無言を貫く事が最善の選択であると理解できるが、自分自身の将来に大きな影響を及ぼすだろう場面において、自分の意志を表現する事ができないと考えている時点で、彼は自分の居場所を自分で決める事ができない人間であり、それは子供でしかなかった。
武力以外においては自分よりも優れた能力を持っている王子がとても小さく見えた。姉の思いを拒否する彼を非難するつもりはなかった。むしろ非難されるべきは姉だった。告白するのであれば、せめて半年後、さらに交流を深めてからするべきであり、このタイミングで告白に踏み切ったのは姉の失敗だと言えた。公爵家としては敵対する立場のケネット侯爵家との関係を持たない結果は歓迎できるが、姉の思いを遂げるという視点のみに限定すれば、姉の失敗だった。
だから、ジェイク殿下が姉を受け入れない事を特段非難するつもりはなかったが、姉に対して返事をしないという回答をしたと思うと、憤りをはっきりと感じた。姉が勇気と今まで公爵家で積み上げていったものを捨てる覚悟で発した思いを、受け流した事は許せなかった。
「そうですか。受け入れる事を拒絶されたのであれば。殿下に申し上げておきたい事があります。公爵家は、ジェイク殿下に含むところは何1つありません。中立派と呼ばれる派閥である事に変わりはありません。」
「分かった。」
「姉上は、これまで通りの対応をすると思います。そうする事ができる人です。ただし、姉上に必要ない事で近づく事も、話をする事も避けていただきたいと考えます。そして、公爵家は次の世代も、ケネット侯爵家を警戒しますし、その増長を許すつもりはありません。何もしてこないのであれば、こちらから何かをするつもりはありません。」
姉を利用する事は誰であろうと許さない事を明言した公子は、この時第2王子の味方になる事はないと宣言をした。姉を受け入れなかったからではなく、この件から、第2皇子がケネット侯爵派の操り人形にしかならないだろうと考えたからだった。
自分を超える天才ではあるが、得難い人材とは思えなかった。自分を超える能力を持ってはいるが、それ以上の人材をアランは誰よりも良く知っていた。力を隠し、甘えん坊の次男を演じている弟こそ、天才であり、現時点で大人と渡り合える程に成長していた。甘えん坊という所は演技ではなかったが、それを含んだとしても弟に勝る人材はいなかった。将来のイシュア家に必要なのはエリックであって、ジェイク殿下ではなかった。
加えて、王位を継ぐのに相応しいのは第一王子コンラッド殿下だと確信した。彼の功績は公爵家の手助けがあったから為されたものではあったが、無いもない所から作り上げた部分が少なくなかった。その中で自分の立場を踏まえての決断をしていた。様々な能力で次男に勝ててはいなかったが、王として一番重要な決断する事を長男王子は躊躇わなかった。
王家を様々な面で支えていた公爵家にとって、王に求める者は決断する意思であり、能力は最重要事項ではなかった。能力を磨き、支える力を持つのは公爵家の責務であり、公爵家の存在する意義であった。
ケネット侯爵もマーティナ王妃も立派な王子を育てた事に異論はないが、王になるための試練を与える事に失敗したのだと思った。試練の中で、決断力と決断するための勇気を養わなければならなかったのに、それができていなかった。コンラッド殿下を取り巻く大人たちが意図的に、試練を与えたのかどうかは分からなかったが、彼がその成長過程でいくつからの試練を乗り越えてきたのは間違いなかった。
二度と入る事がない生徒会事務室からアランは出て行った。
兄アランが生徒会事務室に入る瞬間を見たエリックは、そこに傷ついた姉がいない事を悟ったが、姉を探して何をすれば良いのかが分からなかった。
すぐに姉が出て行ったのだから、告白を受け入れてもらえなかったのは確実で、どう慰めればいいのかが分からなかった。ケネット侯爵派を潰すつもりはないが、憎しみに近い感情を持っているエリックは、姉の恋が成就しないでもらいたいという気持ちもあった。今となっては、ほんの少しだけだと言えるが、成就していたら、兄にこの気持ちをどう処理すれば良いのかと相談していたのは間違いなかったと、自分でも理解していた。
そんな自分が、姉にどんな言葉をかけていいのかが分からなかった。セバスチャンに公爵邸の常識派と言われる事があるが、それは末っ子である自分が何でも許してもらえる立場で、周囲を気にせずに正論を言い放つことができたからであって、真に常識を持った人間とは言えなかった。
「とりあえず、姉さんを探した方が・・・。」
一度見失った姉を見つけるのは難しかった。公爵家で最弱の戦士は、気配を感じ取ることと、気配を消すことに関しては最強だった。家族訓練の中で自然に身についたそれは、どのような剣士にも持つことができないレベルの特殊能力だった。
姉を見つけた瞬間、物陰に隠れてしても気づかれるのは間違いなかった。そして、気づかれて面前に立てば、何かを言わなくてはならないが、慰めの言葉は思い浮かばないし、そもそも何について慰めればいいのかも分からなかった。公爵家と王家が交わるのは避けるべきというより、禁忌に近いものでもあった。元来、そういうものだからと言って慰めるのは、慰めになっていなかった。
「最初に言えば良かったのか・・・。」
思考を言葉にする事を避けていたエリックは、冷静さを完全に失っていた。大切なものを守れなかった時、傷つけられた時、自分の力で解決ができないと分かった時、どんなに強くても混乱する事を知った。
そういう事は書物で学んではいたが、体験として初めて理解できた。アイリスと出会ってから、そういう体験を何度かしていたが、恋人に対する特別な感情だからと考えて、自分の精神構造の別場所の出来事として強引に処理をしていた。
大人ぶっていても13歳の子供であることを痛烈に自覚した。婚約者ができて、一人前の男性になった気分に浸っていたが、それは気分だけだと分かった。
「!!!」
「エリック・・・。」
部屋から出てきた兄に合流した弟が聞くべきことは結果であったが、姉が思いを伝えて拒絶されたという当然の結果を聞くだけだった。姉さんはもう少し時間をかけて動けばよかったのに、と考えた瞬間、自分が一目惚れを押し通した事が、姉に悪影響を与えたのではないかと考えた。
自分とアイリスの関係が、理想的な恋愛結婚であると姉さんに思わせてしまったのであれば、今回の躊躇のない動きの責任の多くが自分にあるように思えた。
アイリスが美少年に恋心を抱いてくれたとは思っていて、2人は恋愛結婚だとエリック自身は言い切ってはいたが、普通に考えれば、アイリスという騎士爵家の娘が、公爵家の次男の求婚を断る事はできなかった。ましてや、年齢が7歳の少女が格上の御曹司からの喜ばしい申し出を拒否できないのだから、少女が好きになり、幸せな理想的な結婚を目指すしか選択肢はなかった。
運命の出会いなどとの美談で多くの人々が歓迎してくれたが、それはアイリスが懸命に、幸せな未来を一緒に思い描けるように取り組んでいるからだった。現実は地位と権力で騎士爵家に娘を差し出すように我儘公子が命じたのであって、セーラがうまい具合に取り持ってくれたから、素敵な話としての結末を手に入れていた。
「当然、そうなるとは思ったけど・・・。」
「姉上が向かった先はどこだと思う?」
「他の生徒の目を避けるなら、馬車の停留所だと思う。」
王都の西側にある学園は、貴族街に隣接しているために、通学に馬車を利用しているのは、王都の最東端にある公爵家だけだった。
「そうだろう。」
「姉さんに、どんな話をすればいいと思う?」
1歳年上で成長期を先に迎えて、身長が一気に伸び始めている兄が苦笑いのような不自然な笑顔を見せている事に驚いたが、どうやら自分自身もそういう表情をしているようだと、兄の反応から理解した。
「・・・・・・とりあえず、1人にするのは良くないと思う。きっと姉上の事だ。公女として色々考えて・・・。」
「自分だけが悪いとか考えると思う。ただ、何を悪いと捉えているのかが分からない。」
「とりあえず、行こう。」
「うん、そうだね。」
頭の中で組み立てたものが、現実に通用しない事があるのを良く知っている2人は、姉の姿を求めて、最悪の思い出の地を離れていった。
停留所のベンチに、2人の姉が体を寄せ合って座っていた。黄金の美女が縋るようにして赤髪の女性に抱きついていて、金髪を優しく撫でられていた。
姉達が一緒にいる事は予想していたが、レイティアの方が慰められているような構図を作っている事は予想していなかった。
兄弟が目の前に現れるまで、セーラはじっとレイティアを見つめていて、その気配を察知していなかった。ただ、自分を求めてくれる姉が愛おしくて、撫でて、触れていた。
「アラン、エリック。」
顔を上げた姉の表情が、先程お互いが見ていたものと同じだった。何を言えば良いのか、何を語れば良いのか、どの気持ちを伝えれば良いのか、何から言えば良いのかが分からない時の表情だった。
言うべきことが分からないが、何をすべきかが兄弟には分かった。
エリックがベンチの前で膝をつくと、両手で姉の右手に触れた。姉の騎士になるには身長が足りていなかったから、見上げる形で姉に気持ちを伝えた。おそらく長女が伝えたのと同じことを、末っ子として伝えてみた。
左手を長女に、右手を次男に取られた公爵家の後継者は、次女より少し大きくなった身長と美男子に成長している容姿を持って、姉に触れる事にした。
「撫でてもいい?」
「え・・・。うん。」
少女から女性になりつつある姉は顔を真っ赤にして頷いた。上目遣いで自分より大きく逞しくなった弟をしばらく見つめた。少年ではあったが、男性の凛々しさを持っていた。右手が近づいてくると、恥ずかしさからか、頭を撫でてもらうためか、セーラは俯いた。
赤い髪を撫でられる事も、撫でる事も心地良かった。一緒に居る時間だけがセーラの慰めになっていた。




